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ユリア・カエサルの決断  作者: 遠藤遼
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ユリア・カエサル、女好きで借金まみれの残念美少女

 ローマにやってきて、二週間ほどの時間が過ぎた。


 結論から言うと、ユリアはダメな子だった。


 ユリアの家に居候のように住まわせてもらいながら俺がローマに適応する一方、属州勤めの終わったユリアは元老院議員に就任した。おめでとう。


 就任したのだが――


「ユリア・カエサル、元老院議員に就任しました。ローマとあなたのために働きます」


 そう言って、とにかくかわいい女の子やきれいな女性とみれば年上年下かかわらず声をかける。贈り物をする。あ、ちょっと待て。また新しい女の子に――


 おかげで借金はうなぎ登り。「女たらしで借金まみれの巨乳女」を地で行っていた。


 まあ、おかげでユリアの素顔がだんだんわかってきたけどな。


 いや、『カエサル』としての仕事を考えれば、元老院議員にならないとそのあとのもろもろも成り立たないわけなんだけど。


 だが、暇さえあれば女性のおしりを追いかけているだけに見えるので、こいつが国政に口を挟んでいいのか理解に苦しむ。


 ヘラクレス神殿での誓いもディアナへの誓願も忘れてしまったのだろうか。


 このままでは、十七歳にして全ローマ女性完全制覇とかいう取り返しのつかない方向に世界を変えるのではないかと心配になってくる。


 それとも俺はすでに彼女を間違った方向へ導いてしまったのだろうか。


『ユリウス・カエサル』の伝記も読んだことはあるが、俺だって細かいところまで覚えているわけではない。だから、日々の自分の行動がすべて的確なのか自信はない。


(ディアナとの約束もあるけど、最終的にはこいつが自分で英雄『カエサル』の人生を選び取らないといけないから、あれこれ未来のことをバラすわけにも行かないし)


 そんな悶々とした思いを抱えていたある日、珍しくユリアの家に男性のお客さんがやってきた。それも三人同時。あまり気持ちのいい予感はしなかった。


「ユリア・カエサル殿、任地からのご帰還、お疲れ様でした」


「ああ、みなさんもお変わりなく」


 ユリアが飲み物を勧めるが、誰も口にしようとしない。


「任地ではさぞ、ご活躍だったことでしょうな」


「いやいや、それほどでも」


 世間話がよそよそしい。そのよそよそしさが、お互いの関係を物語っている。


(こいつら、借金を返してもらいに来た商人たちじゃないか)


 物陰で話を聞いていると、徐々に会話がお金関係の方に移っていく。


「そろそろ、お約束していたお金の方、ご返済いただきませんと。元老院議員になられた以上、晴れやかな身になられた方がいいではありませんか」


 かろうじて愛想笑いを浮かべているが、男たちの目は殺意すら感じさせる。


「たしかにそうだな」と、ユリアがうなずく。男たちがちょっと息を吐いた。


 しかし、ユリアは一枚も二枚も上手だった。


「みなさんの方からお金について切り出していただいたのだが」と、ユリアは飲み物を飲みながらくつろいで話し出した。


「元老院議員に就任したお祝いとして、幾ばくかご用意願いたい」


 思わずずっこけた。こいつ、いままでの会話をガン無視しやがった。


「なっ……」ほら、商人のみなさまが硬直してるじゃないか。


「新しい元老院議員に支援を贈れば、みなさん方は篤志家として尊敬されるだろう」


「いやいやいやいや」思わず声に出してしまった。


「誰かいるのですか?」と、男たちのひとりが声を上げた。ヤバ。


「ああ、セイヤか。せっかくだからみなさん方に紹介しよう」


(やっかいごとに巻き込まないでくれ)


 内心抗議するも、こんなに堂々と呼び出されて無視する度胸もありません。


「あ、ど、どうも。初めまして。セイヤと申します……」めっちゃ緊張するんだけど?


 男たちが一斉に俺の顔を見つめる。


 そんなににらまないでね? ただの通りすがりの異世界人だよ?


「その掘りの浅い顔つき、どこの属州の出身者ですか?」


「属州ではない。異世界人だ」


「「異世界人――!?」」


 異世界人といってもタダの高校生だからな? 借金の肩代わりとか絶対無理だからな?


「ユリア殿のところに異世界人ですか?」


「うちに来た異世界人だ」


「「ほほおー……」」


 男たちが互いに顔を見合った。


「異世界人といえば――」「そうだ、過去にたしか――」「いや、しかし――」


 男たちが自分たちでこそこそと話し始めた。間が持たない。ちらりとユリアを見ると、ユリアは楚々と飲み物をすすっていた。無関係の俺を助けろよ。


「わかりました、ユリア殿」と、中心人物らしき男が愛想笑いを全開にした。


「お金をお返しいただくのはしばらく待ちましょう」


 どうしてそうなった? 男たちは三人とも、商売っ気のある笑顔に戻っている。


「それと、もう少しご入り用とのことでしたが、どのくらいご用意しましょうか?」


 そのあと金銭貸与に関する契約事項を取り交わし、男たちは退去していった。


 なぜか三人の商人たちは去り際に、俺と握手を交わしていった。


 玄関先まで彼らを見送り、扉を閉めたユリアが、ほくほくの笑顔で振り返った。


「ありがとう、セイヤ!」ユリアが俺をきつく抱きしめた。


「な、な、な――っ!」ユリアの身体のぬくもりやら柔らかさやらが大変なことに――


「セイヤはひょっとして……私の幸運の源なのかっ!?」


 どうやら俺の幸運体質は、ユリアの借金問題にもプラスに働いてしまったらしい。


「セイヤ名義で借金すれば、もっといけるんじゃないか!?」


「マジやめて」


 それ以来、ユリアは女性議員宅にお邪魔するときには必ず俺を同行させるようにした。


「セイヤは異世界人で元老院に登院できないだろ? だから挨拶回りに同行してもらってセイヤを売り込んでおこうと思ってな」


「どう考えても売り込んでいるのはユリア自身だよな?」それもお近づき的な意味で。


 何しろ行き先が、元老院議員の半分を占める女性議員宅にほぼ限定されている(一部、男性議員の奥様もいた)のだからバレバレである。


「すごいぞ、セイヤ。セイヤがいると、女性議員の受けがいい! 百発百中だ!」


「そりゃよかったな」


「さすが私の幸運の源だ! ディアナ神に感謝の寄進をしよう!」


 異世界人なんて珍しいから、会話の種にはなるからな。


 そもそもユリアは爽やかな美人だし話も面白い。身だしなみにも凝っていて、外出前には長衣のひだがいかに美しく見えるかと、小一時間はリヴィアにダメ出しをしている。


 そんなわけで宴席では人気者だったし、何よりまめだった。


 名前はもちろん誕生日も好みの品もぜんぶ把握していて、宴席に招かれるとどっちがホストだかわからないほど至れり尽くせりで対応する。


「相手の家を訪問するとなれば手土産のひとつも用意しないとな」


「へえ。俺のいた国では手土産にはお菓子とか持っていくけど?」


「お菓子か。金貨をこっそり渡したいとき、金貨を隠すために用意することはあるが」


「何かいまヤバい話が聞こえた気がするけど、聞かなかったことにするね」


 こいつは江戸時代の悪徳商人か。


「で、何を用意するんだ?」


「相手は美しい女性であり、手土産を用意するのはこのユリア・カエサルだぞ。半端なものは絶対に用意しない」


 つまり、金に糸目をつけない。


 美しい布や長衣、宝石や金細工、珍しい書物や各地の物産品に到るまで、贈り物をガンガンに送っている。おかげで借金がさらに急上昇。当然の帰結である。


 モノを送るだけではない。女性への手紙も、紙もインクも厳選してまめに書く。


 おしゃれと女性への贈り物で膨大な借金が出来たというのはうそではないようだ。


 まさに「女たらしで借金まみれの巨乳女」である。


(ひょっとして、ユリアの借金も女好きも、俺が同行するせいで加速してないか?)


 だが、口説いた女性と口づけを交わしたりとか、そういう親密な接触を求めたりはしない。ハグまでである。ちょっと安心した。完全に百合の花を背負われてしまっていたら、無理ゲーすぎる。まあ、心の方はこれ以上ないくらいにメロメロにして奪っていくのだから、世の男性(時には夫)から見たらかえってタチが悪いよな。


「相手の女性に笑顔になってもらいたい。美しい女性の笑顔は何にもまして素晴らしいじゃないか」と、実にイケメンなセリフを残し、今日も借金は膨らんでいく。


 そのユリアの希望通り、ユリアから一度でも贈り物をされてもてなされた女性は心からうれしそうな笑顔になっていた。そして彼女のファンになる。ついでに俺の顔も紹介してはくれるから俺も女性議員を中心に顔が知れられるようになっていた。


 ユリアと同行するのは楽しいのだが、それゆえにこそ一方でこの女好きは何とかならないものかと日に日に頭を痛めるようになった。


「他の女の子の話ばかりする彼氏を持った女子の気分だ……」「何か言ったか?」


 元老院関係以外の女性にもユリアは幅広く目を向けていたからである。

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