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【美品✨】GUCCI トートバッグ

作者: 相川 健之亮

欲しかったものがやっと手に入る。



私は大手の銀行に一般職として勤めているが、給料が多いわけではなく、将来のための貯金を考えると、生活はそんなに余裕がある方ではないと思う。

ただ、27歳にもなると、大学時代の同級生たちもブランド物に見を包むようになり、彼女たちを見ていると自分の物欲も刺激された。


ブランド品が欲しい。

ただ、できるだけ安く手に入れたい。

そんな思いで、スマートフォンの画面をスライドしていた。



控えめなデザインに惹かれて目当にしていたGUCCIの黒いレザートートバッグがメルカリに出品されたのは一昨日のことだった。


「【美品✨】GUCCIトートバッグ」


そう表示された画面をスライドしていく。

写真を見る限り新品同様で、値札や領収書も付いているから本物で間違いなさそうだ。


しかも定価が55000円のところ、15000円で出品されており、私はすぐに購入した。


購入後の取引画面では出品者も親切で、私が受け取りやすいように2日後の19:00〜21:00で日時指定してくれていた。


私は届くのを心待ちにして、そわそわしながら過ごしていた。



そして、購入してから2日後の夜8時すぎ。


ピンポーン


と家のチャイムが鳴った。


私は嬉しさを抑えながら玄関のドアを開けた。


「どうも。」


そう言って立っていたのは黒いジャケットを着た、小太りの男だった。

男は遠慮がちに懐から大きめの紙袋を取り出すと、


「あの、家が近かったので、直接来ちゃいました。」


と言った。


私はよく分からず、「ええと、メルカリですよね。私、頼みました。」とだけ言った。


男は何か言いたそうにしていたが、紙袋を私に手渡すと、「ありがとうございました。」と一礼してそそくさと帰っていった。



玄関を閉めて、私はようやく頭の中で状況を整理できた。


今の男性は、おそらくトートバッグの出品者だったのだろう。

送付先として表示された、私の家の住所が近場にあることが分かったので、直接届けに来たということだろう。


まあたしかにその方が送料も浮くし、確実に届けることができる。


そんなこともあるんだな、くらいに思うだけで、私は特に気に留めずに、紙袋に入っていたトートバッグに夢中になっていた。




だが、その次の日、また8時にチャイムが鳴った。


玄関先にはまたあの男が立っていた。


「ええと、あのバッグ、お気に召していただけましたか?」


俯きがちに男はそう言った。


私が「はい。すごく良かったですよ。」と返すと、


「ええと、もしよければ早めに受取評価をお願いします。」


と言った。


そういえば、受取評価をするのをすっかり忘れていた。


「あ、すみません。今日やっときますね。」


男は微笑しながら「よろしくお願いします。」と言って、帰っていった。


その後、私はすぐに受取評価をした。

そして、これでこの件は終わり、そんなふうに思っていた。




しかし、男はその次の日もまたやってきた。


私は玄関を半分だけ開けて、「どうされました?」と聞いた。


男はまた俯いて、「あの、また新しい商品、アップしたので、よかったら覗いてみてください。」


と言った。

男は壁に手を添えて、緊張をごまかすかのように、指先で壁をとんとんと叩いていた。


今度はメルカリの宣伝か。


私は呆れながら、「分かりました」とだけ言ってドアを閉めた。




男は次の日もやってきた。

そして、その次の日も。

決まって夜の8時に、黒いジャケットを着て、おどおどしたような調子でやってきた。


男は、独特の体臭がした。

形容し難い、嫌な臭いだった。

まるで、カメムシのような。


そして、指先で壁をトントンと落ち着きなく叩いていた。



さすがに気持ちが悪く、我慢のできなくなった私は、近くに住んでいた大学時代の男友達に相談した。


被害の内容を話すと、その男友達は「任せとけ」と言うと、もう一人の男友達を連れて、ストーカー男を待ち伏せしてくれることになった。


男は決まって夜8時に来るため、たしかに待ち伏せするのは容易だった。




男友達が用心棒として待ち伏せしてくれていた日も、夜8時にチャイムが鳴った。


私は部屋の中にいたが、玄関の外で何やら口論が起こっているのが聞こえた。


ドアに耳を当てると、


「すみません、すみません」

「ふざけんな!」

「きもいんだよ!」


そんな声が聞こえた。


そして、何やら取っ組み合いをしているような音も聞こえてため、私はたまらずドアを開けた。



待ち伏せしていた二人の男友達が、倒れているストーカー男を蹴りつけていた。


ストーカー男は鼻血を吹き出していた。

腹や頭を腕で庇いながら、


「すみません、すみません」


と呻くように言っていた。



息を切らした男友達たちが蹴るのを止めると、ストーカー男はヨロヨロと立ち上がった。


そして、「すみません、すみません」とまた呻くように言いながら、脚を引きずって廊下を歩いていった。


一人の男友達が石を拾うと、


「二度と来んじゃねえぞ!」


と言って、ストーカー男に投げつけた。


石は左肩に当たり、ストーカー男は肩を抑えた。

そして、一瞬こちらを睨めつけるようにして振り返ると、またヨロヨロと歩いて帰っていった。


男が帰った後は、玄関の辺りにあのカメムシのような臭いが少しだけ残っていた。




次の日から男は来なくなった。


やっと開放された。

そう思った。


そして、手に入れたGUCCIのトートバッグ。


想像以上に良い代物で、レザーもしっかりしていて、肩にもフィットした。


職場に行く時も、休日出かける時も可能な限り身につけるようにした。


周りの視線がトートバッグにそそがれている気がして、優越感に浸った。




そんな日々を過ごしていたある日、家に帰ると妙な違和感を感じた。


冬なのに、部屋の中が生暖かい気がする。

そして、かすかに妙な臭いがする。

あの、カメムシのような。


私は気がつくと警察に電話していた。


あのストーカー男が、部屋に入ってきたのではないか。そう思うと、怖気がした。



すぐに警察官が来て、簡単な捜査をしてくれた。


しかし、誰かが侵入した形跡は一切無いという。

特に何かが盗まれたということもなかっため、警察官はすぐに帰ってしまった。


ただ今後は私のアパートの周辺を重点的に見回りしてくれることになった。



しかし、この奇妙な現象は続いた。


部屋に帰ると、やはり生暖かい空気とともに、臭いを感じるのだ。


その度に警察を呼んだ。

しかし、アパートの防犯カメラには何も写っておらず、部屋の中にも何も形跡は挙がらず、逆に私の方が不審がられるという始末だった。


試しに部屋の中にカメラを設置してみたこともあるが、特に何も成果は得られなかった。


まるで床や壁から、あの生暖かい空気と臭いが滲み出ているかのようだった。




そして最近、部屋で寝ていると、あの音を聞いた。


トントントン


という、壁や床を軽く叩くような音だ。


私はすぐにあのストーカー男が指先で壁を叩いていたことを想起した。


電気をつけて、部屋をくまなく探すが、音の原因を見つけることができない。


そして、また寝ようとすると


トントントン


と聞こえる。


外から叩くような音ではない。

明らかに、部屋の中から鳴っているのだ。


そして、あの気持ちの悪い、生暖かい空気と臭いが部屋に充満し始める。


あのストーカー男がすぐそばにいて、指先で壁を叩きながら私を凝視しているのを想像して、今にも発狂しそうだった。




だが、もう良いのだ。


外で会う人達には、私の部屋の中なんて、見えないし感じられないのだから。


部屋の中でカメムシの臭いがしようが、変な音がしようが、どうでも良いのだ。




私はそれより、もっと欲しい。


自分を着飾ることができるブランド品が。






毎日、部屋の中に溜まっていく、バッグやコート、ハイヒール。


私はそれらを並べて、満足気に鑑賞する。


高級感のある肌触りを、触って確かめる。


私は今日もきれいになれる。

そんな自己陶酔に浸る。



あのカメムシの臭いはもうしなかった。


私自身がその臭いに慣れてしまったのか、もうわからなかった。


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