SSR先輩とNRな僕と。~ミステリアスなソシャゲ廃人先輩が俺からガチャ運を吸っていく~
最近ラブコメ的な作品をあまり書けていなかったので書いてみました。
ぜひ、最期までお読みいただければ幸いです。
「よし、なんとか時間内に倒せたぁ……」
ゲームクリア、と画面に表示されたスマホをベッドに投げ出し、俺は大きく伸びをする。
もう2時間以上緊張し続けていたのだ、何も考えずボーっとする時間こそ、一番の報酬であるのは間違いない。
――ブーッ、ブーッ
「おおう……」
ベッドに投げたばかりのスマホが規則的に震える。その長さからメールやチャットアプリなどの通知ではなく、着信だと分かる。
時間は夜10時を回ったところだ。こんな時間に不躾に電話してくるなんて、心当たりは1人しかいない。
僕はぼーっとしようとした頭をなんとか強制再起動させ、スマホを拾い上げる――ついでにベッドへダイブした。
「……もしもし」
『やーやー、後輩君!』
耳に当てたスマホから、夜中だとは思えない元気な声が聴こえてきた。
「なんですか、先輩」
『なんですかって、分かってんだろー? っと、もしかして負けちゃった? 負けちゃった!?』
「随分嬉しそうですね……」
俺が負けたと思ってテンションを上げている彼女は、先ほどまで俺が頑張ってプレイしていたスマホゲームを同じくプレイしている同好の士というやつだ。
というか、それくらいしか接点が無い……のだけれど、国内で5本の指に入る有名ゲームとはいえ、案外身近なプレイヤーは見つからないもので、先輩にとって、そして俺にとって、お互いに稀少な存在であるのは確かだった。
「先輩は勝ったんですか」
一応、そう聞いておく。
俺達のプレイしているゲームは『ボンズ・レイド』という。ストーリーが用意されておらず、ただひたすら小問的なクエストをクリアしていくという、通称ハクスラゲーというやつだ。
そして、勝った負けたと話しているのは10時――正確には9時59分59秒まで開催されていた超高難易度クエストについてで間違いない。
超高難易度クエストは毎日何かしらが開催されるが、今日はその初降臨日だったのだ。
当然先輩も挑戦していた筈……そして、彼女はなんとも現金なことに、“勝った時だけ連絡してくる”のだ。
『ふふふ、聞くまでもない。ちなみに既にスクショを送付済みだ!』
想像通り、先輩は勝利したらしい。この人は随分と気分屋で、落ち込んだ結果の時は自分から連絡してこないのだ。
今日のクエストは随分難しかったので、先輩は負けたんじゃないかなーとどこかで思っていたのだけど、全くそんなことは無かったみたいだ。
「おめでとうございます」
『むむっ、悔しがらないってことは後輩君も勝ったってことだなぁ? ちぇっ、自慢できると思ったのにな』
マウント取れると思ったの間違いでしょう、という言葉をグッと呑み込みつつ、チャットアプリを起動する。
そして先輩との直通チャットを開き……もう20分も前に送られてきていた画像を見る。
「げ……ゴリゴリの課金編成じゃないっすか」
『課金じゃないよ、無課金だよ?』
「そう、なんでしょうけどね……」
『ボンズ・レイド』は自分が持っているキャラクターから4体選び、更にフレンド(もしくは赤の他人)のキャラクターを1体選んでクエストに挑むというゲーム性だ。
キャラクターの入手方法は大まかに3つ。
1つ目はクエストをクリアしてキャラクターをドロップさせること。
2つ目は先に似ているが特定の条件を満たした際の報酬として手に入れること。
そして3つ目はガチャだ。
ガチャは今やスマホゲームでは無い方が珍しいとされるシステムで、虹色に光る石だったり、チケットだったりを消費してランダムにキャラクターをゲットすることができる。
石は新しいクエストをクリアしたり、これまた何か条件を満たしたり、不具合のお詫びだったりで配布もされるが、無際限に手に入れようと思えば課金するしかない。
だから、ガチャで手に入るキャラクターは基本的に“課金キャラ”と分類され親しまれている……親しまれているっていうのか?
先輩のスクショに表示されたキャラクターはフレンドのものも含めて全て課金キャラだった。それも今回のクエストにピッタリハマった最適正なキャラばかり……。
「よくこんなキャラ揃ってましたね」
『そろそろハマるんじゃないかって念のために育てておいたのだ。わっはっはっ』
カラカラと笑い声をあげる先輩に俺はただただ苦笑する。
俺と先輩は同じ“無課金勢”。引きたくて引きたくてたまらないガチャを、なんとか配布される石だけでやりくりする貧乏人だ。
それなのに、俺と先輩が所持している課金キャラを比べれば……きっと、先輩は俺の10倍は持っているだろう。
ガチャというのだから当然外れはある。キャラクターにはレアリティが付与されていて、高いレアリティになるほどガチャからは出づらいし、その分強い。
最高レアのSSRキャラになると、確か10%くらいか。まぁ、本当に欲しいキャラや使えるキャラはその10%からも更に絞られるので、1%だったり、0.1%だったり……更に出すのはキツイのだけど。
そう、キツイ筈なのだ。キツイ筈なのに……先輩はあっさりそれを引き当てる。
とんでもないリアルラックの持ち主なのだ。無課金のくせに、重課金者と見紛うほどに稀少で強いキャラクターを揃えている。
『でっ、後輩君はどうなんだい』
「期待してるところ悪いですけど、勝ちましたよ。スクショ送りますね」
『なあんだ。せっかく君にマウント取れると思ったのにさぁ』
「本音漏れてます」
底抜けに明るい先輩の声を聴きつつ、俺は勝った証拠であるスクショを送り返す。
それを見た先輩は……なんとも感心するように溜め息を吐いた。
『うーん、いつ見ても惚れ惚れする無課金編成だねぇ』
「……馬鹿にしてます?」
『まさかっ! これは感動だよっ!』
俺のスクショに並んだキャラクターは先輩とは対照的で、ガチャではなくクエストクリアや報酬で手に入る“無課金キャラ”ばかり。
無課金キャラは課金キャラと同様、最高ランクのSSRキャラもいるが、性能は一枚劣る。
『相変わらず君はナイスなポリシーを守っているねぇ。無課金縛りなんて中々貫けるもんじゃないよ』
「別にやりたくてやってるわけじゃないですけどねぇ!」
俺だって本当ならガチガチにクエストに適正を持つ強い課金キャラが使いたい!
ただ、持っていないのだ。ガチャを引けど、引けど……微妙なキャラばかり手に入る。
俺は先輩とは対照的な引き運の持ち主なのだ。
先輩がSSRなら、俺は対象に最低レアリティのNR。
まさにソシャゲが生んだ光と闇と言えるような関係なのである。
◆◆◆
「ふわぁ……眠い……」
翌日。
高校生らしく、なんとか6時間授業を乗り切った俺であったが、終日眠気に悩まされ続けていた。
原因は昨日の先輩からの電話だ。
あの人は何か嬉しいことがあるとすぐに電話で報告してくるのだ。
そして、案外お喋りな先輩は一度電話を始めれば中々切る機会を与えてはくれず、脱線に脱線を重ねて、気が付けば長時間通話になっていることも少なくない。
昨日の場合は、大体5時間くらいだった。おかげで俺は寝不足だ。……まぁ、楽しかったからいいんだけどさ。
「はぁ……さっさと帰ろ」
放課後になり、部活に遊びにと散っていく生徒達に倣い帰り支度を済ませた俺だったが、鞄を持って立ち上がったタイミングでスマホがぶるぶると震えだす。
「げ……先輩」
表示された名前を見てつい表情を歪めてしまったが、出なかったら出なかったで面倒臭いので、渋る気持ちを必死で押し込み、その電話に出る。
『やあ、後輩君っ。今日は部室に来るだろー?』
「いや、帰ろうかと……」
『来 る だ ろ ?』
「……ハイ」
電話越しに放たれた強い圧に、俺は頷く以外のことはできなかった。
俺と先輩を繋ぐものがソシャゲ以外にもう一つあった。
『オカルト研究部』。所属者は先輩と俺だけだ。
どういう意図で創られた部なのか俺は知らないが、今の活動はもっぱら、『ボンズ・レイド』を楽しむだけの部になっている。いいのか、それで。
とにもかくにも、一度行くと言ってしまったのだから、俺の放課後はこのオカルト研究部に塗りつぶされることになった。
部室棟の隅も隅、教職員でさえ碌に立ち寄らず、廊下の電灯さえ点滅しているような過疎地にオカルト研究部の部室はある。
放課後の時間帯だと日当たりも悪く、廊下の脇に雑に積み上げられた机の脚には蜘蛛の巣が張っている。
そんな妙に雰囲気のある廊下を歩いている時間が、俺はあまり好きじゃなかった。
非常に緊張するのだ。この時間は。
「……すみません」
部室に辿り着いた俺は、何度か深呼吸をした後、そのドアをノックした。
「ノックなんてしなくてもいいのよ。貴方はこの部の部員でしょう」
間髪を入れず、凛とした声が返ってきた。
ドア越しでも一切の抵抗を感じさせない、きっと今まで何人も虜にしてきたであろう雰囲気のある声が。
さて、ここでおさらいしよう。
このオカルト研究部の部員は俺と、そして昨日ド深夜まで電話に付き合わせてきた、自由勝手な先輩だけだ。
つまり――
「失礼します……」
「ええ、どうぞ」
部室の中にいた人は、もう何度も目にした筈なのにそれでも見惚れてしまうくらいに――キレイな人だった。
日の光を弾き輝く艶やかな黒髪、理的な清廉さを思わせる鋭い瞳。
神様が何度も何度も試行錯誤して美を追求したかのような、正に女神なんて揶揄されそうな美人が、窓の外を眺めていた。
妙に哀愁のある雰囲気で。
「私は悲しいわ、後輩君」
「な、何がでしょうか」
「だって貴方、私が誘わなければ真っ直ぐ帰っていたでしょう。せっかく昨日は共に熱い夜を過ごしたというのに」
「あ、熱い……!? 誤解のある発言をしないでくださいっ!」
「誤解? こんなところに来る物好きなんて、それこそ私と貴方以外いないと思うのだけれど、いったい誰に誤解されるというのかしら? いいえ、いったい“どんな”誤解をされるというのかしら?」
先輩は綺麗な唇を愉快気に吊り上げつつ、ぐっと顔を寄せてくる。
「い、いや、それは……!?」
「ああ、私にはさっぱり分からないわ。いったい、何が、どう、誤解されるのか……聡明な貴方から直接聞きたいわね、村松君」
「そ、それは……すみません、何となく勢いで」
まさか、その熱い夜という言葉から連想される誤解を自分の口から語るわけにもいかず、俺は白旗を上げるように頭を下げた。
そんな俺を見て、先輩はクールに微笑む。
そう、先輩。彼女が先輩だ。
彼女の名前は柊瞳。俺の一つ年上の高校2年生ながら、大人びた独特の雰囲気を放つ有名人だ。
交友関係は殆ど無く、常に一人でいるらしいが、噂話は毎日耳に入ってくる。
噂といっても、今日登校している姿を見かけたとか、目が合ったとか、その程度のものだけど。
成績は非常に優秀で、全国模試でそれこそ全国一位を取ったことがあるなんて話もあったが、
――模試なんて受けたこと無いわよ。だって折角の休日だもの。一日中ゴロゴロしてゲームしまくりたいじゃない。
なんて、馬鹿真面目な顔で返されたので、そういうことなんだと思う。
先輩はそういう人なのだ。
クラシックかジャズか、そういった高尚そうな音楽の流れる部屋で、紅茶を飲みつつ読書を楽しむなんて姿の似合いそうな大和撫子然とした見た目に反し、ゲームのサントラを愛し、エナジードリンクを片手に、スマホかコントローラーかを握っている、重度のゲーム中毒者なのだ。
今も、窓際の席に優雅に座りつつ、涼しで、どこか憂いを感じさせる視線を手元のスマホに落としているが、
「先輩、何やってるんですか」
「周回」
これだ。
ちなみに周回とは同じクエストを何度も何度も繰り返し、クエストクリアで得られる報酬を集めることである。
先輩は教室でも暇があれば周回しているらしく、真剣な表情でスマホを見つめるその姿から、株取引で何千、何億という金を指先一つで転がしているなんて噂が立ったこともあった。
しかし、実情を知っている俺であっても、もしかしたらそうなんじゃないかと思えるほどに雰囲気のある人だ。
この人、リアルで会うとどこか別次元に生きている感じがするというか、息が詰まりそうになるんだよなぁ。
電話だとメチャクチャ親しみやすいのに。本当に同一人物かよ……いや、同一人物なんだけど。
「ちょっと、後輩君。どうして問題集なんて広げているのかしら」
「いや……明日当てられそうなんで、予習でもしておこうかと」
家に帰れないので、代わりに部室で勉強をしようとする俺に対し、先輩はどこか不機嫌そうに睨みつけてきた。
「そんなことに時間を使うなんて勿体ないわよ」
「いや、学生の本分は学業ですよね?」
「学業なんてできたってクソの役にも立たないわよ。どれ、見してみなさい。優秀な先輩が答え全部教えてあげるから」
なんて堂々と不正を提案し、問題集を奪って答えを書き始めてしまう先輩。
ああ、見る見るうちに問題集が参考書に変化していく……!
「こんなことより、後輩君。ちゃんとボンズレの公式アカウントはチェックしてる?」
「え、いや……俺、ツブヤイッターやってないんで」
ボンズレとはボンズ・レイドの略称であり、公式アカウントというのは、ボンズ・レイドの運営が情報発信しているSNS『ツブヤイッター』のアカウントのことである。
最新情報が得られるので、プレイヤーの殆どはフォローしチェックしていると思うのだけど、俺は親の方針でSNSの類は禁止されていた。
「駄目よ、そんなんじゃ。学生の本分はSNS徘徊なのだから」
「いや、聞いたこと無いですよ!?」
「私が定めたの。良かったわね後輩君。今貴方はトレンドの最先端にいると言っても過言では無いわ」
「いや、過言でしょ……」
ふふん、とドヤ顔で笑う先輩だが、美貌のせいで随分と様になってしまう。電話越しで同じ会話をしたらウザいだけなのにな……。
「それで、公式アカウントがどうしたっていうんです」
「なんでも、今日の16時にガチャ更新したらしいのよ」
「えっ」
「そう、新イベ。まったく、平日の夕方になんて、学生に優しくないわよね、この運営」
そう少し愚痴りつつ先輩はどこか嬉しそうに見えた。
それもその筈、俺達ソシャゲ―マーにとってガチャは何よりも大事なイベントなのだ。
俺達が毎日、炭鉱夫の如くせっせと石を掘り集めているのはガチャを回すためだ。
そして新イベントは正にガチャを引く口実の一つになる。みんないつだってガチャを引く言い訳が欲しいである。
「後輩君、何も私はただただガチャが引きたいという欲望に駆られているわけではないのよ」
「何に対する言い訳ですか、それ」
「私はオカルト研究部としての本分を果たしたいだけなのよ。その為にガチャがあるというだけで」
「いやいや、だから誰に言い訳してるんですか」
ソシャゲのガチャにまつわるオカルトは様々存在する。
例えば、ホーム画面に表示されるキャラを変えるとか、ユーザーネームを運営に媚びたものにするとか。
ガチャは確率によって制御されたものだが、その絶対を何とか自分に都合の良いように変えられないかとあれやこれや画策する様を、ネットなどでは“オカルト”なんて言ったりする。
まさか、このオカルト研究部のオカルトが、そういう意味でのオカルトなんて誰も分からないだろう。俺だって最初分からなかったもん。
「それで、今日はどういうオカルトを試すんですか」
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれたわね、後輩君」
あ、今電話越しの先輩がちょっと顔を覗かせた。
「私はガチャの引きを左右する最重要ファクターは、ガチャを引くプレイヤーのメンタルだと考えているの」
「いや、画面の向こうに俺達の精神状態なんて全く関係無いと思うんですけど」
「お金は寂しがり屋でいっぱいあるところに集まってくると、いけ好かない成金は言うじゃない? それと似たようなものね。幸せなプレイヤーの元に、最強SSRは舞い降りてくるのよっ!!」
最早、ミステリアスな柊瞳は消え去り、電話越しで馬鹿話を延々繰り広げてくる先輩がそこにはいた。
興奮したように鼻息を荒くし、ガチャを引くという行為に取りつかれてしまっている。
「それで、後輩君は引かないの?」
「当然引きます」
そんな先輩を俺はむしろ好ましく思う。だって俺もガチャに取りつかれた哀れなゲーマーに過ぎないのだから。
「後輩君はどういうオカルトを試すのかしら」
そんな俺に先輩は微笑みつつ、先ほど俺が聞いた言葉をそっくりそのまま返してくる。
どういうオカルトを試すかか……ふふふ、俺が信奉しているガチャ最適論は一つしかない。
「俺はズバリ……無心です!」
「あー……物欲センサー回避ね。ていうか貴方も精神論じゃない」
物欲センサーはあながち馬鹿にはできない。
探し物をしている時には見つからないが、それを諦めると突然ふっと出てくるなんて話に近い。
SSRは臆病なのだ。こっちが血眼になって手に入れようとすると怖がって隠れてしまう。
しかし、逆に求めていない感を示せば、案外向こうからひょこっと顔を見せてくれるのだ。
「というわけで、無心の10連ガチャ!!」
「なんだか矛盾を感じさせる発言ね」
先輩の呆れたような声も無心の俺の耳には一切入ってこない!
俺は大量の石を代償に、レアガチャを10回連続で引く!
SSRが出る確率は約10%……つまり1枚はSSRが出る計算になる筈!!
SSRが出る確定演出は残念ながら出なかった。しかし、確定演出が無かったからといってSSRが出ないというわけでは……!!
「あ……」
「見事に爆死ね」
スマホに表示されたガチャ結果画面には、無情にも1枚たりともSSRは表示されてはいなかった。
最高レアが当たらず、完全に石を無駄にしたガチャ結果……即ち爆死である。
爆死はソシャゲ―マーにとって一番の敵だ。
頑張って時間を掛けて溜めてきた石が一瞬で無に帰すのだから。
それこそ、引退の二文字も頭を過るほどに深いダメージを与えてくる。
「ああ、なんか泣きそう……」
「ドンマイ、後輩君。けれど貴方も懲りないわね。その物欲センサー回避にいったい何度敗北すれば気が済むのかしら」
「ぐ……で、でも、欲求を抑えた分爆死の痛みも和らいでますから……ッ!」
「泣きそうになっている時点で十分大ダメージでしょう」
先輩はそうツッコんでくるがしかし、物欲センサーをビンビンに張っていたら精神的ダメージはもっと大きかっただろう。
それこそ泣き出していたか、スマホをぶん投げていたか……真実は並行世界の俺のみぞ知る、だ。
……いや、仮定を立ててもやっぱり爆死してんのかよ、俺。どんだけ爆死癖がついてるんだ。
「次は私の番ね。ほら、後輩君、いつもの」
「えー……」
「はい、抵抗しない」
先輩はそう俺の前まで来ると――すっと腰を下ろした。俺の膝の上に。
ぐっ……いい匂いがする……! 一瞬にして鼻腔を支配した先輩の香りに、元々爆死でノックダウン寸前だった俺はそれとはまた逆ベクトルの攻撃に意識を奪われそうになるも、太ももを抓ってなんとか意識を保つ。
おお、俺よ。こんなところで死んでしまうのは勿体ない……!!
「あ、あの、先輩」
「なぁに?」
「いつも聞いてますけど、なんで俺の上に座るんですか……!?」
「幸福度を上げる為よ」
先輩の顔は残念ながら後頭部しか見えていないが、その声で笑っているのはハッキリわかった。
「爆死した人の前で神引きをする。それ以上に幸せなことなんか無いじゃない」
「このドS!!」
そう、先輩はこういう人なのだ。
先輩にとって俺は踏み台なのだ。そうなのだ、そうなのだ……べ、別に泣いてなんかいないぞ。
「ふふふ、幸福度がどんどん高まっていくのを感じるわ。SSRちゃんたちも私の幸せオーラに惹かれて今か今かと出現の機会を伺っていることでしょう」
「ガチャは所詮確率。先輩の幸福度なんか関係無いですよ……!」
「物欲センサーをびんびんに意識していた貴方には言われたくないわね。はいっ、10連っ!!!」
先輩は高らかにスマホを掲げ、10連ガチャをタップする。
掲げた時に先輩がもたれてくる重みもぐっと大きくなって、密着率もぐぐぐんと上がる。
制服越しに先輩の体温がしっかりと伝わってきて妙に熱い。
「さぁ、来い。来い。来い!!」
俺の膝の上ではしゃぐ先輩は、学校中の誰もが一目置くミステリアスな美女などではなく、俺だけが知るただただゲームが好きな女の子だった。
そんな彼女にドキドキと心臓を波打たせていることなど、彼女は気が付いてもいないのだろう。
先輩は興奮が最高潮に達したように、スマホの画面を食い入るように見つめながら立ち上がる。
先輩の熱が離れたことに、心臓が破裂せずに済んだホッとした感情と、ほんの少しの寂しさを覚えつつ、心を落ち着けるように深呼吸をしていると。
「見なさい、後輩君っ!」
先輩は嬉しそうに、鼻先にスマホを突き付けてきた。
「どうよっ! SSR3枚! それに新キャラもしっかり出てる! 疑うまでもなく神引きだわっ!!!」
そう笑顔を浮かべる先輩に、俺は何も言葉を返すことができなかった。
爆死した人に神引き自慢するな、とか。
人から運を吸い取るな、とか。
色々そういう文句はあるのだけれど。
でも、やっぱり。
先輩のこの無邪気な笑顔を見ると、全部吹き飛んでしまう。
文句も、引退の二文字も。
そりゃあガチャの引きもスペックも、SSRな先輩に比べて俺は爆死の似合うNRかもしれないけれど、でも。
そんな先輩を独り占めできるのは、きっと、今この地球上では俺だけなのだから。
拙い文章ではございましたが、最期までお読みいただきありがとうございました。
よろしければ、今後の創作の励みにさせていただければと思いますので、
是非、下記の★評価、ならびに感想など頂けるますと大変嬉しく思います。
また、別に幾つか作品を公開しています。
お時間が許しましたら、是非ご覧いただければ幸甚です。
お付き合いいただき、ありがとうございました!