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そして最初の「詩」が生まれた

そして最初の「詩」が生まれた


 獄中の屈平は子蘭の乱心を聞き、直感した。愛すべき故国も遅かれ早かれ滅びる。

 彼はまず、獄中で自らの死をもって子蘭抗議しようと思った。


 殷から周へ政権交代した時に、周の粟を食む事を恥とし隠棲して餓死した伯夷はくい叔斉しゅくせいのように・・・。

 しかし、彼は隠者聖人のように達観はできなかった。

 悔恨と慚愧が彼の心に食い込み、締め上げる、堪えがたい苦しみに襲われ喘ぎ続けた。

 そして彼の脳裏には「自殺」の2文字が浮かんでくるようになった。

 薄暗い囚獄の中でうずくまり考えを巡らすと、決まって悲嘆と憤怒が沸き上がってくる。そして幾度となく発作的に死の感情が沸き上がってくる。


 しかし彼は死ねなかった。

 彼の心の奥には、死を拒ませ、自分へ訴える何かが沸々と醗酵してくる。はじめ、それが何か分からなかった。

 苦しみの中で彼はその声に耳を澄ませ、正体を探した。

 それは、今際いまわきわに立たされる楚の民の怨嗟だった。彼等は胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。

 それは文字を知らないものが、何かを訴えたい悶えであった。

 伝達手段には、文字がなければならない。人がその人の感情や想いを読み取るためには、ことばを文字として書きとどめなければならない

 しかし彼等心の中に沸き上がる内面的感情を、形で表せないのだ。

 言語を絶する憤激と煩悶の数日を経て、遂に彼は境地に辿り着いた。


 獄卒に筆と墨を求めると、彼は壁に向かい、一心に何かを書き始めた。

 彼は取り憑つかれたような凄まじさで、筆を走らせる。彼は夜眠る時間をも惜しんだ。壁の一面がビッシリと文字で埋まるや、次の壁へと書き進めた。

 書いている途中、時折耐えがたき激情が沸き上がる。彼は苦しみもだえ、奇声を発し、狂人の如き呻きを吐き散らす。

 そして暫くすると我に返り、また書き続けた。

 獄卒は死線を越えた男の風貌に身震いした。

 かくして、四方の壁は数万言の文字で埋まった。

 墨がなくなった。彼は歯で自分の腕の皮を引きちぎり血を筆に付けると、床に書き続けた。

 

 当時の中国は、まだ文学という概念がなかった。詩もなかった。何かを訴え、書き残そうとしても、手がかりもない。

 彼は経験・学殖・観察・筆力を尽くして亡国・楚を書き始めた。自らが一生かけて情熱を傾けた楚を後世に記さないでは、死んでも死に切れない。

 まず彼はリズムとして楚の伝統民謡を詠み込んだ。人は生きるために働き。ささやかな生活を営み、そして朽ちてゆく。過去から、そして未来永劫へと続く生活。その哀切や苦楽を歌い込んだ。

 次に楚独特の巫詞を詠み込んだ。楚の巫詞は南国のロマンに溢れた言祝ことほぎであり、時に空想的・時に情緒的、情熱的でもあった。それは楚の人々の子守歌であり、彼等の原風景である。

 最後に思い浮かんだのは、楚の神々しい原生林だ。楚を潤す清らかな水や光、萌え盛る草や甘美で花々を残らず詠み込んだ。

 楚の人々の素朴な風俗と習慣、生きる喜びも死の悲しみも。彼の目には楚の人々が色鮮やかに浮かび上がってくる。楚のもつ美的感動を凝縮して表現した。

 この創作では屈は自分の身の上を殆ど書く気にならなかった。これは自分でも不思議に思った。

 中原へ劣等感を抱き、文明国に追いつき追いこせと、彼は走り続けた。しかし彼はこの極限状態下で見出したのは、中原ではなく、楚の美しさだった。

 そして楚の開放的なロマン溢れる文化を大らかにそして幻想的に謳い上げていた。

 それには自分でも驚いた。しかし彼の思考はもはや歯止めがきかない。定型を尊ぶ中原と異なり、楚の詩は句数がバラバラ。そして句末には楚独特の発音「兮」が織り込まれる。

 そして徐々に楚の訛りをふんだん含んだ独特のファンタジックな音調が生まれてきた。


 屈は必死に書き続けたが、作品の優劣は分からなかった。そんなことはもう、どうでもよかった。

 最後の筆を擱いたとき、屈は気を失った。これが中国最初の文学作品『離騒りそう』の誕生である。


 牢に繋がれながらも意気軒昂な屈の充実ぶりに、子蘭は狂い出しそうな嫉妬を感じた。

 子蘭はまず屈の書いた作品に「謀反」の疑いをかけた。

 

 そして、「今後は一句を書く毎に、指1本を切断する」と命じた。

 それを聞いた屈は、まったく意に介さなかった。

 彼は毎日一句ずつ書き続けた。

 そして毎日1本ずつ指を切断されていった。


 羌中道而改路    我が鯨父は正気を失った(左小指切断)

 初既與餘成言兮   父は固い約束を誓ったのに(左薬指切断)

 後悔遁而有他    子蘭の陰口に騙されてしまった(左中指切断)

 餘既不難夫離別兮  私はその父親を見捨てなかったが(左人差指切断)

 傷靈脩之數化    騙された父は我が身を許さなかった (左親指切断)


(上の五句で左掌全ての指を切断された)


 楚亂曰已矣     楚は崩壊し復活は不可能だ(右小指切断)

 國無人莫我知兮   楚を助ける人なく我が名も抹殺された(右薬指切断)

 又何懷乎故都    だが人々は悲しく故郷を思う(右中指切断)

 既莫足與為美政兮  もはや国を元に戻せないのなら(右人差指切断)

 吾將從彭咸之所居  私は命を絶ってでも楚を救いたい(右親指切断)


 ここで10本の指が全て切断され、屈は文字が書けなくなった。

 それでも屈は不敵な表情で子蘭を睨み付けた。

 楚制では国士は死刑に出来ない。

 子蘭は急遽「楚字」の創設した。

 そして屈の書いた文字を「旧字」として使用を禁じた。

 いや、これだけでは屈平を黙らせることは出来ない。

 思案した子蘭は、楚の人々の記憶から未来永劫抹殺する悪魔の方法を思いつく。


 それが国諱こくいである。

 国諱こくいは作品冒頭で少し紹介した。

「能」がいみなであったから「悩臣」と書き換えた話である。


 中国では、死者に対する愛惜の情から、君主名と同音の一文字を指定し、その使用を禁止する。

 子蘭王は詔勅でこう述べた。

 ――国諱トシテ「平」ヲ欠字トス

 鯨王のゲイと屈平のヘイは、当時の楚音では同音であった。

 これにより、楚では「平」という文字は、書くことが禁止され、欠字なので「 」となった。


 そして詔勅を出したその晩、子蘭王は自決した。

 子蘭にとって屈は、因縁のライバルであり、衆目の比較の対象であった。

 鯨王の寵愛を奪われ、無能の悪太郎、楚廷の恥さらしと足蹴にされた。

 その体面・面目・自尊感情は終生傷つけられ、その恨みは骨身に染みていた。

 誠に憑つかれた様な復讐の月日。子蘭の屈に対する感情は憤怒がすべてであった。

 嘗て憎き鯨王が座っていた玉座で子蘭王は「我勝テリ!」と絶叫して割腹した。

 即位後わずか1月での崩御。血まみれとなった亡骸の懐には自筆の遺詔が残されていた。

 ――諡ハ忽トス。忽ト同音ノ「屈」ヲ国朝ノ欠字トス

 これにより、「屈・平」は両方欠字となり、かつ何人も彼を思い出すことも禁止された。

 この物語の主人公の名前は、遂に書くことが出来なくなった。

 以下本文では忽王の詔勅に従い、彼の名前を「  」と記しておく。

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