天才は時代に打ち克つことが出来るのか
プロローグ
これは中国史上、初めて詩を書いた男の物語である。
古来、中国には詩らしきものがあった。しかしそれは口承の神話であり、特定の作者のものではない。
この太古の時代に一人の天才が現れた。その後中国に生まれた文人は、彼を文学の父として敬愛した。李白も杜甫、そしてあの魯迅さえも。
しかし、時代は彼の活躍を拒んだ。彼の作品を憎んだ。読むことが禁止され、彼が生きた記録も抹殺された。
それはなぜだろうか。それを知るため彼の数奇な人生を少しばかり話すこととしよう。
この物語の主人公が生まれたのは、中国の争乱時代であった。
世界史を習った人ならピンと来るだろう。戦国の七雄である。
ただこの物語を読む上で、知っておきたいのが7か国の来歴である。
大きく分ければ、7か国は、中原と夷狄の国に分かれる。
中原――天下の中心と呼ばれた黄河流域には、そこを拠点とする韓・魏・趙・斉・燕という5か国があった。
5か国は「我こそは聖なる中華文明の中心」を自負し、古王朝の正統な後継者の立場を争っていた。
一方、辺境には2つの夷狄の国があった。それが西戎が生んだ秦、そして南蛮が生んだ楚である。
この2つの国は、文化程度の低い国と言われていた。これは私が言っているのではない、当時の中原の人々が言っているのだ。
この程度の低い国のひとつ、楚に一人の赤ん坊が生まれた。これが主人公である。名前は屈平という。