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最終章

 その後、秀一はアルディとジェームスと一緒に、定期的にメソポタミア刑務所へ通い、遺体を順に埋葬していきました。そして、大分時間はかかりましたが、掃除のほうも済ませると、A.Iのアシェラは実に喜んでいたものでした。


 4月にティグリス・ユーフラテス刑務所へ行ってから、約半年ほどかけてそこまでの作業を終え……刑務所内の物資も、大体のところすべて村のほうへ運び終わりました。物資のほうは、まずは村長や他の長老たちの元に奉献し、部落のみんなで平等に使ったり、分け合ったりするということにしたのですが、風邪薬や絆創膏や包帯など、少しくらいは自分たちのものとして取っておきもしました。


 その頃にはもう、涼子も第二子を出産していたのですが……彼女自身もショックを受け、秀一自身もショックだったのは――その子に右腕がなかったことでした。正確には、右腕の肘から下がなかったのですが、涼子の出産後の落ち込みようといったら、秀一はそばで見ていて痛々しいほどでした。


 村の女たちも随分心配し、交替で様子を見に来てくれ、それだけでなく、子供たちの世話や家事のほうも随分手伝ってくれたものでした。その後、涼子も精神的ショックから立ち直り、再び前以上に子供を可愛がるようにもなりました。


 明日翔アストと名づけられた、肘から下のないこの次男が生まれた頃、長男の秀宇翔シュートは三歳になっていました。村の女たちはみな(男たちもですが)、このキリシマ家の子供を実に可愛がりました。うまく言えないのですが、他民族の子どもという以上に何か――このふたりの子供にはどこか独特の、特別な様子のようなものがあったそのせいでしょう。


 秀一も涼子も、自分たちを親馬鹿と心の中で失笑しつつも、「うちの子たちには何か、特別なものがある」と感じていたかもしれません。殊に、母親の涼子にはその思いが強かったようなのですが、秀一も同じくらい息子たちのことを愛していました。明日翔の片腕がないのを見て、非常なショックを受けつつも、立ち直ったのは父親の彼のほうが早かったかもしれません。涼子のほうが暫く産後鬱を患っていたこともあり、秀一は自分がしっかりしなくてはと思っていましたし、とても不思議なことですが、この赤ん坊には腕があるとかないといったことを忘れさせる特別さがあったと言えます。


「わたし、妊娠中に何か悪いことをしたのかしら……」


 産後鬱の期間中、夜、眠る前になると、この言葉を涼子は何度も繰り返しました。


「これは、一体なんの罰なの?わたし、今まで出来る限り一生懸命がんばってきたわ。それなのにどうして……っ。どうしてあの子には腕がないのっ!?」


「涼子、おまえは本当に一生懸命がんばってるよ。君は俺にとって最高の妻で、元気な子を二人も生んでくれて、本当に感謝してる」


 秀一は一体何度この言葉を、妻のことを抱きしめながら語ったことでしょう。また、重労働を終えてから、暗い顔をした妻の待つ家へ帰るのはつらいものですが、このことにも秀一はただ黙ってじっと耐えました。彼女が子育てに追われ、夕食を作っていなかった時でさえ、妻に対し声を荒げたことは一度もなかったくらいでした。


 そして、そうしたすべてに耐えられたのは、秀一にとっても涼子にとっても子供の存在がとても大きかったといえます。シュートはますます可愛い頃合を迎え、今では「パパ」や「ママ」といった片言でなく、随分色々な言葉をしゃべれるようになりました。また、家によく手伝いにやって来るスーやハダサやミリアも、この人見知りする内気な子どもの魅力にすっかりめろめろだったと言えます。


 一方、アストは何故か、シュートの時ほど手がかかりませんでした。二度目の子で慣れたから、というよりも――まるで、母親の悲しみを知っているかのように、夜泣きもあまりせず、ママの手を煩わせないような赤ん坊だったのです。


(赤ちゃんが母親に気を遣うだなんて、そんなことあるかしら?)


 涼子は、次第次第にそのことに気づくようになってから、産後鬱の地獄から回復してゆきました。そして、右手があろうとなかろうと、この子はこんなにも輝くばかりに美しいのに、どうしてそのことにもっと早く気づかなかったのだろうと思ったのです。


 その後、子供はふたりとも、シュートもアストも、手がかかりながらもすくすく成長していきました。そして、その後五年が過ぎ――シュートが八歳、アストが五歳になる頃には、このオアシスを中心にした部落は、以前にも増して大きくなり、人口のほうは秀一たちがやって来た頃の三倍ほどにもなっていました。


 当然、人口が増えれば食糧が必要になります。秀一はあのあと、ティグリス・ユーフラテス刑務所から他に、かぼちゃやブロッコリーやパプリカなど、色々な種類の種を持ち帰っていましたから、畑のほうではたくさんの種類の作物が彩り豊かに実るようになっていたと言えます。そして秀一はこうしたことすべての責任者のような立場になっていました。正式に村の長老に任命されているわけではなかったにしても、村の誰もが彼に一目置いていましたし、秀一はこの時三十七歳になっていましたが、昔、平和な日本に暮らしていた頃の面影は、今はもう彼にはありません。村の他の男たちと同じように黒いヒゲを蓄えた彼は、もう中東のこの場所にすっかり馴染んだ土地の人間でした。もはや、仮にこの場所に、世界の日本人の生き残りが来て彼を見たとしても――自分の同国人であるとは、とても信じられないくらいだったに違いありません。


 天災でその年の収穫が駄目になりそうだった時以外、日々は穏やかに流れてゆきました。秀一はとにかく、朝から晩まで真っ黒になるまで働き、涼子は家事仕事をよくし、子供たちの世話に毎日明け暮れていました。シュートとアストは、村の子供たちの間でも人気者で、どの子たちとも仲良く遊び、誰かをいじめるとか、仲間はずれにするとか、そうしたことは不思議と一切起きませんでした。そして、特に誰か大人が注意するでもなく、それがとても自然なことだったのです。


 この頃、ただひとつ秀一と涼子の間で悩みがあったとしたら――息子のアストのことだったかもしれません。アストは、毎日一度は必ず両親にこう聞きます。「ねえ、父さん、母さん!ぼくの腕、一体いつになったら生えてくるかしら?」と。


「ぼくね、毎日神さまにお祈りしてるの。そしたら天使がね、『いつか必ず両手がそろいますとも』って約束してくれたんだよ!ムーサの奴は、『そんなこと、あるもんか』っていつも言うけど、先生はね、『アストの夢はいつか叶うかも知れない』っていつも味方してくださるの!」


 この<先生>というのは、アルディ・ラシック先生と、ジェームス・オルフェン先生のことです。実際のところ、ジェームスのほうは教員免許も持っているということでしたし、もし仮にそのような免許などなくても――ふたりとも大卒でしたから、小さな子供たちに読み書きや計算や世界の歴史を教えたりするのは、それほど難しくないことだったと言えたでしょう。


 シュートはいつでも学校で成績が一番でしたが、性格が内気で、そうしたことを鼻にかけることがなかったため、子供たちに好かれましたし、アルディもジェームスも、シュートはもっと上級の学校へ通うべきだと、秀一や涼子によく言っていたものでした。そしてアストは片腕がないながらもサッカーが得意で、その他、駆けっこでも他の子供たちに負けたことがなく、やんちゃで天真爛漫な、とても優しい子でした。


 そして、アルディやジェームスがアストの夢が『いつか叶うかも知れない』と言ったことには、理由がありました。世界はまだ滅んだというわけではありません。特にアメリカにはワシントンなど、自然災害からも核攻撃からも逃れることが出来た大きな都市がいくつかありましたし、復旧・復興が進んでいけば、以前と同じ科学水準を保っている病院が必ず現れるでしょう。そうすれば、今はiPS細胞の技術を応用した医療技術で、足や腕、あるいは体の臓器など、自分のDNAを培養して新しいものを造ることが出来るのです。


 ジェームスもアルディもよく、「いつまでもここにいるつもりじゃないだろ?」といったようなことを言います。少なくとも彼らはそのつもりだということでした。イギリスという帰れる祖国はなくても、まだアイルランドがあるし、他の生き残った諸都市がどうなっているのかも知りたいから、いずれはここを出ていくと思う、と……(ちなみに、アルディはスコットランド系、ジェームスはアイルランド系でした)。


 けれど、秀一にも涼子にも、その気はあまりないかもしれませんでした。「君たちには子供がいないから、そのような新たな旅にでるのもいいだろう」とはふたりとも言ったりしませんでしたが、長男と次男が毎日元気に学校へ行く姿を見ていると、今はもうあまりそうした気持ちにはなれなかったのです。唯一、アストの腕のことを考えて、無理をしてでもアメリカへ……といったことは考えなくもありませんでしたが、仮にアメリカまで到達できたところで、向こうが今どういった状態なのかもわかりません。何より、アストが障害のあるせいで仲間外れにされているのならともかく、そんなこともないのですから――右腕があって学校でいじめにあうのと、右腕がなくても周囲の人々に受け入れられているのとどちらがいいかといえば……断然、それは後者だということに、秀一の意見も涼子の意見も一致していたのです。


 もう、彼らふたりは……いえ、桐島一家はもう、ティグリス・ユーフラテス川付近の土地の人間になっていました。言うなればここが第二の故郷ということです。そして第一の故郷である日本はないのですから、実はまだ日本の土地はそこにあって、僅かながらだが生き残った人がそこにいる――という確かな情報でも入らない限りは、もうここの慣れたコミュニティで暮らすのが、子供たちにとっても自分たちにとっても一番の幸福だろうといったように、彼ら夫婦は考えていたのです。


 毎日、とりあえず何かしら食べるものがあって、一生懸命働き、隣人同士が助けあうのが当たり前で、その村の中にしっかりとした居場所と呼べる場所がある……秀一も涼子も、それ以上のことは何も望みませんでした。また、ここ以上に文明の発達した場所であっても、ここと同じ以上の幸福が得られるといったようにもまったく考えなかったのです。


 それでも、秀一は時折、今の生活に不満があるということではなく――特に深い意味もなく、何か虚しいような気持ちに襲われる時、アルディやジェームスのことを誘ってティグリス・ユーフラテス刑務所まで出かけていくことがありました。今、この場所はキャラバンや、この土地を通りかかる者のちょうどいい宿泊施設になっています。


 そしてたまたまそうした人がいれば、トルコの状況やエジプト、パキスタンやインドの情勢についてなど、煙草を吸いながら彼らの話を聞いたり、ちょっとした物々交換をしたり……このことは秀一にとってとても良い気晴らしでした。時に彼自身、彼らと一緒に酒を飲み、一晩刑務所に泊まってから翌日家に帰るということもよくありました。


 また、秀一がアルディやジェームスと出会ったあの遺跡の入口、彼らはそこを探索することがありました。というのも、秀一がジャンキーからもらったスコープと時計、あれをメソポタミア刑務所で充電し、暗視ゴーグルとして使用することが出来ましたし、他に刑務所の地下倉庫にも暗視ゴーグルがありましたから、ジェームスとアルディもそれを使用するのと同時に、松明、また何かがあって松明が消えた時に備え、ランタン(これも刑務所にあったものです)、それに手回し懐中電灯を片手に、三人で遺跡の調査を開始したのです。


 その地下遺跡はとても広く、誰か地位ある人の墓なのではないかと思われる、白いコンクリート状の艶々した棺がいくつも並んでいました。墓を暴けば、おそらく頭の部分なのではないかと思われるところに人の顔が描かれ、逆のところには足に似たものが描かれています。その墓は187センチあるアルディよりも高く(ジェームスは182センチ)、上部から棺を見た場合、どのようになっているのかは、梯子でも持ってこないことには観察できませんでした。


 少々不思議なことに思われるかもしれませんが、三人とも、あれだけ科学の発達した世界に元は生きていながら、<太古の王の呪い>であるとか、何かそうした種類のことを信じていました。ですから、死者の霊たちに失礼にならないようにと細心の注意を払いながら奥のほうへ奥のほうへと進んでいったのです。


 最初に出会った時、ジェームスとアルディが言っていたように、遺跡の内部はなんとも不気味な様子でした。ふたりが「おそらくシュメール文明の遺跡ではないかと思う」と言っていた、もしその通りであるのだとしたら――シュメール文明というのは、紀元前三千年頃に栄えた文明ですから、今から五千年も昔の遺跡ということになるでしょうか。


 壁の両面にはびっしりと楔形文字や、あるいは石を彫って絵が描かれており……それが墓所だけでなく、通路を歩く間も左右どちらの壁にも続いているものですから、三人とも何か息苦しい感じがしました。そして、おそらくここがこの遺跡の中心部分ではないかというところに出ると、その墓所は他にあるこうした場所のどこより、煌びやかな感じがしました。その墓には宝石が嵌めこまれて輝いていましたし、もし三人が盗掘目的でここへ入りこんだのだとしたら――早速とばかりそのサファイアのような青い宝石や、トパーズのように見える黄色い石、アメジストのように見える紫色の石など、そのすべてを削りとって地上へ持ち帰っていたことでしょう。


 遺跡のすべてを歩きまわってみますと、この立派な墓を中心にして、他に左右対称にこの王(正確には王かどうかはわかりませんが、秀一たちは話す時、この場所のことを<王の墓>と呼ぶことにしていました。また、仮にここが王の墓所でなかったにしても、その昔、相当身分のある人であったことは間違いありません)を守るように、棺の安置場所が設けられているのです。


 古くさい考え方だったかもしれませんが、この遺跡の中から何かを持ち帰った場合……天井が崩れてくるのではないかと三人は考えていましたし、太古の墓所に眠る人々の霊を呼び覚まそうとも思ってはいませんでした。そこで、隅々まで探索すると、もう一度この場所へやって来ようとはしませんでした。三人は、ティグリス・ユーフラテス刑務所にあった縄や、いらなくなったボロのような衣服、あるいはシーツ類などをうまく繋ぎあわせ、一本のロープとし、それを入口の床の杭にくくりつけて進んでいったのですが――それでも、この王の墓所の一部が崩れて戻れなくなったというような場合……おそらく命はなかったでしょう。


 また、秀一は、ジェームスやアルディが他にも見つけたこうした出入り口から他の遺跡も探索しましたが、そちらの壁のほうには、彼らの話によるとノアの箱舟についての物語やギルガメシュ叙事詩のことが描かれているということでした。三人とも、そこから何かを奪おうとか、墓を暴いて色々なことをもっと詳しく知ろう……というつもりではありませんでしたので(アルディとジェームスの場合、今もイギリスが存在していたら、祖国へ飛び帰って調査団とともに徹底的に調べる気持ちはありましたが、何分今はこうした御時勢ですから)、とにかく敬意を持ってその場所を訪れ、時には無意識のうちに「わたしたちは何もしません。ただ通りすぎるだけです」とか「王に失礼がありましたら、何卒お許しを」などと口走ることさえあったものでした。


 ただ、本当にそうした地下の凝集したような闇には、人の魂を芯から震わせ、冷たさで振るえ上がらせるような何かがあったのは確かです。そして、こうした洞窟探査が大体のところ終わり、ジェームスとアルディがここを徹底的に調査し、研究できないのが残念だ……と、何度目になるかわからない溜息を着いた日のこと――秀一は夢を見ました。


『あなたはもう二度と、自分の好奇心を満足させるために、ああした洞窟のひとつにでも入ってはならない』


 秀一は、いつも通り、自分の家で妻や息子たちと一緒に寝ていたはずでした。けれども、気づくとその部屋には誰もおらず、それでいて背後の景色に溶けた透明な存在の誰かがいるということが――何かの存在の重い質量のようなものによって、秀一にははっきりわかったのです。


 秀一はその、目に見えない<霊的存在>に驚き恐れるあまり、布団から飛び起きると即座にその場にひれ伏しました。彼にはもう一度顔を上げて、その者がいると思われる開いたドアのほうに目を向ける勇気さえありません。


「も、申し訳ありませんでした。何も俺は……わたしは、あそこに眠る人々の霊を呼び起こしたいとか、そうしたことは一切頭にありませんでした。けれども、わたしのしたことが先祖の霊の方々に失礼にあたることでしたら、何卒お許しください」


『そうではない。ただ、あそこには悪い霊たちがたくさんいる。あなたは知らないだろうが、わたしはあなたと友人たちがああした墓所に入るたび、あなたがたに害が及ばぬように守っていた。もしそうでなければ、悪さをする霊が今もこの家にいて、また、あなたの友人たちの家にもいて、大変なことになっていたであろう。ゆえに、あなたはもう二度とあの場所へは近づかぬように。わたしは、これからあなたとあなたの家族をある場所へ導く。おまえの心に見るべきところはないが、あなたの妻の心の清らかさゆえに、わたしはあなたをも祝福しよう。ここを出て、近くにあるオアシスへ身を寄せよ。そこには今は何もないように見えるだろうが、いずれそこも発展し、大きな都市国家となろう。もっとも、あなたはそこまで国が固く立つところを見ることは出来ずに死ぬ。だが、あなたの息子から出る者がいずれ偉大な者となり、その国の王となる。しかし、あなたは息子のいる天国で妻とともに憩うことが出来る』


 秀一はこの時、これが半ば現実で、半ばは夢のような場所なのだと気づいていました。ですから、目を覚ました時、この<聖なる方>のように思われる方の言った言葉を忘れぬようにと、一生懸命覚えておこうとしました。そして、最後、その方がどこかへ去りそうな気配を感じた時――思いきって顔を上げ、こうお訊ねしたのでした。


「あのっ、あなたは神なのですか。もしそうでしたら、お名前を……」


「…………………」


 この時、透明で見えないのに、重い質量があるように感じる存在は、何かの言葉を呟きました。けれども、秀一には聞きとることができず、そうして目を覚ましていたのです。


「セザール、なんてちゃって……」


 秀一がムニャムニャと寝言を呟いていると、涼子が夫を起こしにきました。


「秀一さん、起きて。朝ごはんが出来たわ」


「あっ、ああ………」


 この時、ビクッとして秀一は起き上がりました。彼は寝起きはいいほうなのですが、毎日、妻が起こしにくるまでは、先に目覚めるということがほとんどありません。


「俺、今なんか言ってた?」


「セザールがどうとかって……わたし、昔セザール東京っていう名前のマンションに住んでたことあるのよ。だからどうしたってこともないけど」


「そ、そっか……」


 夫がまだ寝ぼけているらしいと思った涼子は、秀一のことは放っておいて、今度は子供たちを起こしにかかります。それから、食事の皿を床の上に並べていきました。


 秀一はシュロの葉で編んだ敷物に座ると、息子たちと並んで食事をし、その後軽く身支度を整えて、仕事へ出かけていきました。シュートとアストとは、彼らが学校へ到着するまで一緒になります。そして、「父さん、バイバイ!」、「お仕事がんばって!」という声に送りだされて、秀一はオアシスのそばにある畑のほうへ出かけてゆきます。


 そして、農作業をする間中、ずっと今朝方見た、不思議な夢のことを考えていました。秀一にもうまく説明できませんでしたが、とても神聖な印象の、普段見る夢とは種類がまったく異なるように感じる夢でした。彼はこれまでにも不思議な夢や変わった夢を見たことはありましたが、そうした夢よりもさらにずっと上の……あの透明な方の語ったことはいずれその通りになるのではないかと確信できるような夢でした。


(悪い霊から、俺やジェームスたちを守ってくれていた、か……なんにしても俺は、もう二度とあの場所へは行くまい。それに、俺に見るべきところがないというのも、実際当たっていることだ。だが、妻の清らかな心のゆえに……)


 秀一は苦笑しつつ、あの<聖なる方>の語ったことは正しいと、自分でもそのように認めました。けれど、妻の涼子の心の清らかさゆえに祝福してくれるというだけで……彼にはそれだけでお釣りが来るほど十分なことだったと言えます。自分が神のような方の前に無価値な者でも、妻のゆえに彼女自身と息子たちが幸せになれるのなら……それが秀一にとっても一番の幸福でしたから。


(あと、なんだっけ。そのうち、ある場所へ導くとかなんとか……近くにあるオアシス?このそばにオアシスなんかあったかな。あったらもう、誰かがとっくに移住してると思うけど……)


 他に、自分の息子――この場合は、シュートとアストのいずれかからか、その両方からでしょうか。王になる者が出るといったことについては、秀一はただ首を傾げるばかりだったと言えます。もし仮にそうなのだとしても、あの<聖なる方>が語ったとおり、自分は自分の孫、あるいは曾孫か玄孫かわかりませんが、自分の子孫が王になったとしても、それを目で見ることは出来ないのです。けれども、王になるくらいですから、経済的に豊かで幸せな生活を彼らが享受できるということなら……それは秀一にとっても、喜ばしいことではありました。


 そして、最後――『あなたは息子のいる天国で妻とともに憩うことが出来る』という言葉……秀一は、この最後の言葉に、少し不吉なものを感じたかもしれません。何故といって、普通であれば、死ぬのは親のほうが先なはずです。けれど、あの方は『息子のいる天国で妻とともに』と言いました。ということは、自分や妻より先に、シュートやアストが死ぬということなのだとしたら……と、そこまで考えて、秀一は首を振りました。


 この日、秀一がそんなことを考えて仕事をしていると、学校の終わった子供たちが農作業を手伝いにやって来ました。今は秀一の家でも牛や羊や山羊を飼っておりましたので、人に頼んで放牧してもらっているそうした家畜を小屋のほうへ連れ戻したり、エサや水を与えたり――作物も今では種類のほうが随分豊富になりました。キャベツやブロッコリーやきゅうりやにんくにくなど……秀一は、ティグリス・ユーフラテス刑務所にあった小さな図書館に、農作業や酪農・牧畜に関する本があるのを見つけて、それを持ち帰っていました。もちろん、涼子に訳してもらうためです。その他、そこの書棚にあった本のうち、多くを持ち帰ってきたのですが、そのほとんどは今学校に置いてあります。子供たちはその本に書いてあることを母親である涼子に読んでもらったりして育ちましたので、今ではその暗記した物語を兄弟で交互にしゃべったりしながら、作物の収穫をしたりするのでした。


 秀一はその日一日、この夢の内容を妻に話すべきかどうか迷いましたが、夜になって子どもたちが寝てしまい、夫婦ふたりで布団に入る段になると……やはり、妻に隠しごとは良くないと思い、すべて話してしまうことにしたのです。


「まあ……なんだかとっても素敵な夢ね。もしそれが実現したら、わたしたちの子孫は王さまになるということだわ」


「でも、俺たちのこの目で見れるってわけじゃないけどね。だけど、俺に価値はないが、涼子の心が清らかなので、祝福しようっていうのは、なんかわかるなって思った。だけど、涼子はどう思う?俺はこのあたりに他にオアシスがあるだなんて、知らないし見つけたこともない。それはジェームスやアルディや、他の村の男たちもそうだと思う。ということは、<近く>っていうのは、あの語った人の感覚として<近く>なんであって、俺たち人間にとってはちょっと遠い場所なんじゃないだろうか?でも、今とりあえずなんの不自由もなく、子供たちも元気に学校へ通っているのに……あの聖なる方が夢でそう語ったからなんていう理由で……何もない場所で一からやり直すだなんて、馬鹿らしいとは思わないかい?」


 確かに涼子も、夫の言いたいことの意味はわかりました。けれども、彼女は小さな頃から色々な本を読んで育っていましたので、秀一の言う夢の中の<聖なる方>の言うとおりにしたほうがいいのではないかと思っていました。何故といって――大きな歴史の流れの中で見れば、今自分たちが住んでいるような場所は、今栄えていても、天災、あるいは疫病などに見舞われれば、滅びるのは本当にほんの一瞬のことだからです。


「秀一さん、わたしはその夢のお話、ちっとも馬鹿らしいとは思わないわ。それに、あなたやジェームスやアルディたちを、悪い霊から守ってくださったのでしょう?その方の言ったことをもしまともに取り合わなかったとしたら、もうわたしたち、その方に守ってもらうことも、祝福していただくことも出来なくなるっていうことなんじゃないかしら?」


「確かに……そうかもしれないな」


 秀一も心の中では、あの<聖なる方>の言うとおりにしたいと思いながらも、もし涼子の態度が「子供たちも元気に学校へ行ってるのに、何言ってるのよっ!」というものだったらとしたら、そう強硬に事を行おうとは思っていなかったのです。


「じゃあ、本当にいいのかい?何もないオアシスで、また一から土地を耕して、収穫する作物を植えたりしなくちゃいけないんだよ?もちろん、そうしたことの大半は俺がやるにしても……きっと何かと大変で、こんなことなら元いた村にずっといときゃ良かったみたいになるよ。最初のうちはね」


「いいわ。じゃあわたし、あなたに約束するわ。どんなことがあっても前の村に戻りたいだなんて、そんなこと言わないって」


「本当かい?けどまあ、俺はそんなオアシス、今のところ発見してもいないわけだからね。もしそんな場所がどこにも見つからなければ、まあそう無理をして今すぐどうこうするっていうのはよしておこう」


 その後秀一は、あたりに自分の知らないオアシスなどというものがないかどうか探してみましたが、やはりそのようなものは半日~一日で帰って来られるような場所には、どこにもありませんでした。


 そして、彼や涼子が一旦、このことを半分忘れかけた頃のことです。秀一が人に頼んで放牧してもらっている羊が一匹、いなくなりました。彼は人から何かのお礼にこうした家畜をもらったりして、今では羊を五匹、牛三頭、山羊を六匹飼っていました。そのうちの、羊の一匹がいなくなったのです。


 もちろん、人によっては「たかが羊一匹くらい……」という価値観の人もいるでしょう。けれども、ここの部落ではそうした考え方はしません。こうした貴重な家畜がいることで人間が生きていかれるのですから、いなくなった時にはよくよくその行方を探すのです。それに、この羊は特に、シュートとアストが名前をつけて可愛がっていたものですから――秀一としては余計に探し求めずにはいられませんでした。


「ユキーーーーーッ!!」


 らくだに乗って砂漠の中を探しまわり、三日した時のことでした。目当ての羊は見つかったのですが、捕まえようとしても羊のユキは逃げていくのです。そこで、秀一はさらにユキを追っていったのですが、この雌の三歳の羊はすばしっこくどこまでも逃げてゆきます。そして秀一が再びその姿を見出すと、まるで彼のことを待っていたかのように、やはりまた逃げてゆくのです。


「こら、待てっ!!こっちはもう三日も時間を無駄にしてるんだぞ。神妙にお縄ってやつにつけっ!!」


 こうして、羊のユキとの追いかけ合戦の果てに、秀一は――見たこともないような美しいオアシスに到達していました。最終的に、そのオアシスの中でユキのことを捕まえたのですが、秀一はこの日、その場所で簡易テントを立てて眠ることにしました。


『ここが、わたしがあなたのために選んだ場所である。今いる群れを離れ、ここへ越してきなさい。そうすれば、必ずあなたも、あなたの家族も祝福される』


 朝、薄ら寒い空気によって目覚めると、秀一は前に夢の中で語っていた方と同じ声を聞きました。秀一は、その時オアシスの椰子の樹の下に立っていて、とても青く澄んだ水の色を見ていました。すると自分の背後から、そのように語る方の声を聞いたのです。


 秀一は、恐れ多さのあまり、後ろを振り向くことが出来なかったのですが、それでも、振り返ってもっと色々なことを聞きたいと思い――振り返るべきか、振り返らざるべきかと迷っているうちに、ハッと目が覚めていたのです。


「夢か……」


 けれども、一度前に見た夢がここでまた繋がり、秀一は再び強い確信を得ることが出来ました。このオアシスはとてもいい場所でしたし、灌漑農業についてはもう何年も学んできていましたから、家族四人で、きっとどうにか出来るだろうという見通しもありました。


(何より、子供たちも大分大きくなってきて、手がかからなくなってきたからな。学校のほうは、涼子が自分でも教えられるくらいの内容だって言ってたし、きっと家族四人で協力すればなんとかなるに違いない)


 とはいえ、こうした<不思議な声の存在>がなければ、とても秀一はそのようなことを決断できなかったことでしょう。また、村の人々も驚きました。けれども、秀一は村長や長老たちに次のように説明していました。つまり、道のりとして三日ほど西へ行ったところにもうひとつ拠点があれば、何かあった時に連携しあえていいのではないか、と。この理由によってみな納得し、秀一が出ていく先のオアシスには、数家族がついて来るということになりました。


 こうして、秀一は新しく見つけたオアシスで、新生活をはじめました。最初はみな天幕暮らしでしたが、やがて日干し煉瓦によって以前住んでいたのと同じ住居を造って住みはじめ……羊や牛や山羊を飼う傍ら、灌漑農業によって作物を作り、一年目、二年目と農作物の実りは祝福されました。三年目、病害虫による被害が許されましたが、このあたりは二毛作であり、日本のように冬に備え、秋に収穫して春を待つ――といった農業形態ではありませんでしたので、それでどうにか凌ぐことが出来ました。


 そして四年目……秀一と涼子にとって、大きな試練となることが許されました。次男のアストが病いに倒れたのです。風疹やはしかなど、そうした病気とは思われませんでした。いつまでも高熱が続き、解熱剤を使っても下がらず、前の村の医術師にも診てもらいましたが、彼にも原因がわからず、薬師の女性からもらった薬だけが唯一の頼みの綱でした。


 ですが、アストが病いに倒れて二十日も過ぎた頃……少しだけ病状が持ち直しました。すると、彼はそれまでしゃべるのもつらそうだったのに、体を起こすと、突然色々なことを語りはじめたのです。


「お父さん!ぼく、天国の夢を見たよ。天使たちがね、そのうちぼくのことを迎えに来るの。だから、ぼくのことは心配しないで。ぼく、言ったでしょ。いつかぼくの右手は生えてくるって。昔から天使たちがずっとそう言っていたのは、そういう意味だったんだ。だからぼくもう、何も怖くないよ」


 確かに、アストは昔から「天使がどうこう」ということをよく話していたのですが、秀一も涼子も、<子供の無邪気な話>として、あまり本気に受け止めていませんでした。ですからこの時も、自分たちの可愛い息子が死ぬとは思ってもみず、少しばかり病状がよくなったのを見て――これからアストは快方へ向かうだろうと、希望的な観測しか胸に抱いてはいませんでした。また、息子の言うこうした言葉についても、この時には熱に浮かされているだけだとしか思っていなかったのです。


 ところが、一時期持ち直したかと思われたアストの容態は、今度は前以上に病いのほうが重くなり……そのまま天国へと召されてしまったのです。この前日、息子からしつこく、「父さんも母さんも、天国を信じてるでしょ?ぼく、そこへ先に行って待ってる。でも、神さまや天使や天国を信じてない人は、そこに来れないんだ……だからぼくの言うこと、お願いだから、信じて」と熱にうかされた息子に何度も言われ、ふたりとも「信じるよ。信じるとも」、「信じますとも、可愛い坊や」と、泣きながら答えるばかりでした。こうして、父や母や兄に体のどこかをさすってもらったり、あるいはぎゅっと抱きしめてもらいながら……その日の夜のうちに、アストは天に召されてゆきました。秀一や涼子にとっては、自分の息子のほうこそが、まるで天使のようだと思われるような子でした。


 息子の葬儀が済むと、秀一と涼子はアストの話していたことを思いだし、また、このオアシスへやって来た時にあった<聖なる方>の言葉のこともあらためて思い出すと――オアシスの傍らに神殿を建て、そこに自分たちをここへ導いた神さまのことを祀るということにしました。


 と言いますのも、あれ以来同じ<聖なる方>から何かの顕現があったり、夢の中で示しがあったこともなく、彼らは生活の忙しさに追われ、いつしか自分たちを悪霊から守り、啓示を与えてくださった方のことを忘れていました。けれども次男の死によって、むしろ<聖なる方>の存在のことをまざまざと思いだし、つくづく最初からこうしていたら良かったと後悔しました。もし最初からそうしていたなら、自分たちの天使のように可愛い息子は死なずにすんだのかもしれないのにと、そう思って……。


 他に秀一たちについてきた、数家族――スーやハダサやミリアの一族――も、この神殿建設には、とても協力的でした。秀一たちは、もうそうした神がどうとか悪霊がどうとかいうことを云々するのがナンセンスなくらい、科学技術の発達した世界に生きていたはずなのに……それに、もし神がこの世に存在するのなら、何故あんなにも凄惨な戦争を許したのかという議論もあったでしょう。けれども、あの戦争のことで神という存在を責めるのは筋違いではないかという感覚が、今では秀一にも涼子にもあったかもしれません。結局、ああした言葉に尽くせない悲劇的な出来事が起きたのは、人間がいつしか本当の神ではなく、自分たちの造りだしたA.Iという名の神に聞き従っていったからだという部分が、あまりにも大きいような気がしたからです。


 そして、秀一が息子のアストをその傍らに埋葬するための神殿を建設しようと心に決めた夜のことでした。再び、あの<聖なる方>が現れて、神殿の造り方について、細かい点に至るまで指示してくれたのです。神殿の奥行きや高さ、使う材料などに至るまで……秀一はこうしたことを他のみなに話して、どのくらい信じてもらえるだろうかと心配でしたが、不思議と彼らは秀一の言うことをすべてそのまま信じてくれました。


 部落にはひとり、彫刻を手がけるのが上手な男がおり、神殿の柱や壁の模様については、彼がそのすべてを手がけてくれました。神殿の奥には左右に天使がおり、お互いに翼を触れ合わせているという彫像が置かれ、女たちは神殿を飾るための布を丁寧に縫ってゆきました。普通に考えた場合、普段の生活の労働の他に、こうした作業が増えるというのは、疲労を増すことでしかないと言えたかもしれません。けれど、誰もがこの神殿に関する作業について不満を口にする者はおりませんでしたし、みな喜びをもって神殿に関する仕事のひとつひとつに務めていました。


 初めのうち、秀一が祭司の役目を果たして、その後初めての土地の収穫物については、まず真っ先に神殿の神に捧げるということになりました。それから、神殿の中でも聞いた、あの<聖なる方>の言われたとおりに、香を調合してこれを天使の像の前で焚きました。その向こうに<神>である方が現れても、姿を見ずにすめば秀一は死なずに済むことが出来るというそのためです。


(もし、俺がまだ東京に住んでいたような頃だったら……俺はおそらくタブーを破って、香の向こうの神の姿を見ようとしてしまったかもしれない。だが、今はそんなことをすれば、自分は雷にでも打たれたようになって即死するだろうとわかっている。その違いが、今の俺にはなんとも有難くて仕方がない……)


 実際のところ、秀一が心をこめて祭壇の前の祭具を整え、心の底から<神>である方を恐れていたからこそ、香を焚いた煙の向こうに<聖なる方>は姿を現してくださったのでしょう。仮に秀一がタブーを破って煙の向こうを覗いたところで、そこには何も見ることは出来なかったに違いありません。ただ、秀一にはわかっていました。確かに<聖なる方>の顕現があると、神殿内の空気は一変するのです。そして秀一は、これから村が発展していくために必要なことや守るべき掟について<神>から教えを受け、それをみなに知らせるのと同時に、文書としても表わして保存することにしました。


 それは、大雑把な枠組みで言うとしたなら、<人が生きるのに必要な命の掟>でした。この時秀一は、感覚として自分よりも圧倒的な力を持つ「大いなる存在」である方を<神>として崇めることになんの抵抗も感じませんでした。そのくらい、この方が聖なる力、聖なる香気のようなものによって満ち満ちておられるように感じていたからなのです。


 こうして、秀一はこの<聖なる方>御自身の定めたとおり、週に一度は仕事を休み、この<神>である方を崇めました。毎年、定められた時に収穫物や動物の生贄を捧げ、村の繁栄を願いもしました。といっても、この<神>である方御自身がそうした捧げ物を求めたというのとは、それは少し違ったかもしれません。と言いますのも、<神>と呼ばれるほどの方にとって、人間の収穫物や家畜などが一体どれほどの意味があるでしょう。けれども、それらについて人間が「本当に心をこめて」捧げる時……そうした収穫物の初物や家畜の生贄は初めて価値を持つのです。言うなれば、人間たちがどれほど<神>を畏れているかの試金石としてこれらのものは捧げられていたといっていいでしょう。また、こうした事柄を通し、秀一が部落の長として権威を持ち続けることが出来る――という側面も、これらの祭儀の内にはありました。


 このように、オアシスの中央に神殿をもうけ、そこで神である方を礼拝するようになってから――この<聖なる方>に、エデンと村に名づけなさいと言われてから――村ではますます農作物の実りが祝福され、家畜が病気になったり、子供が死産で生まれるということもなくなり……秀一が部落の長となっているこのエデンは繁栄し続けました。やがて、元いた村からも、噂を聞きつけて移住する者も増え、秀一たちが移住して十年後、村は町と呼んでもいいくらいの規模に大きくなっていたといえます。


 町には大きな通りも出来、みな揉め事もあまりなく、協力しあって仲良く暮らしていました。秀一も涼子も、このことを<神である聖なる方のお陰>と感じるのと同時、神殿のそばの墓地で眠る我が子のお陰とも感じていました。きっとあの優しい子が、犠牲として神に捧げられたからこそ、今自分たちは色々な面で祝福され、幸せを味わうことさえ出来ているのだと……。


 そしてその後、さらに何年もの歳月が過ぎゆき、秀一は六十二歳、涼子は六十一歳になりました。息子のシュートは三十歳になった時、ようやく結婚することになるのですが、彼の結婚の経緯については奇妙なところがあったかもしれません。


 と言いますのも、<神である聖なる方>が神殿の香の煙の向こう側で、こう秀一に語りかけたからなのです。『あなたの息子は、この村の娘と結婚してはならない。いずれ必ず外から縁談が来る。その時を待て』と……育った環境がそうさせたものか、ジェームスとアルディが彼を可愛がって教育を授けたからかどうか、シュートは年頃になっても女の子というものにあまり興味を示しませんでした。といって、男性のほうに強い興味があったというわけでもなく、とにかくいつも本を読み、自分でも詩を書いたりして静かに過ごすことを好んでいました(本人は恥かしがって人に見せようとしないのですが)。


 そのような性格のシュートでしたが、それでも秀一や涼子が強いて「おまえもそろそろいい年なのだから」と言って、町の適当な娘と結婚させようとしたなら、親思いの彼はおそらく両親の言うとおりにしたでしょう。けれども、<神である聖なる方>からそのように告げられたことを話すと、「じゃあ、僕は待つよ」とシュートは答えていました。しかしながら、秀一がそのように<神である聖なる方>から聞いたのは、シュートがまだ十七歳の頃のことです。そして、それから何年しても『外からの縁談』などというものは、一向もたらされませんでした。もちろん、前にいた村のほうからも、そのような話は幾度もありました。けれどもこの場合は、「まったく外の、外部の」という意味であると秀一にも涼子にもわかっていましたから、彼らは時折気を揉みながらも、とにかく待ち続けるということにしたのです。


 まわりの人々にもよく「そろそろ孫の顔を見たくはないのかね?」とか、「うちの娘でいいならひとり、誰でも可愛いのをやるよ」といったように言われるのですが、とにかく秀一も涼子もひたすら辛抱強く待ち続けました。何より、『あなたの息子から、将来王となる者が出る』というのは、そうした意味だと思っていましたから……。


 そしてとうとう、その時がやって来たのです。彼はエデンよりももっと西の、昔、イスラエルのあったあたりの集落からやって来た男でした。男は町の広場にある水飲み場までやって来ると、噴水のまわりにいておしゃべりしていた婦人たちに、「水を飲んでも構わないでしょうか?」と訊ねました。


 男が余所者であることは、見慣れない格好や連れているラバを飾る装飾品などから見ても明らかでした。けれども、茶褐色の肌をした男があまりに疲れた様子なのを見て、女たちは互いに「好きなだけ飲むといいよ、旅の人」と優しく言ってあげたのでした。


「ああ、ありがたい」


 男は、年の頃は三十代前半で、頭のほうは綺麗に剃り上げており、耳には金の耳飾りをしていました。麻の茶色い衣服を着、高価に見える靴まで履いているところを見ると……おそらくはどこか高貴な家に仕える使用人ではないかと思われます。


 親切な町の女たちは、ラバも水を飲めるように家畜用のかめも貸してやり、他にラバが腹をすかせているだろうと、飼料まで分けてくれました。


「御親切、痛み入ります。ところで私は、この町の王さまに会いたくてやってきたのです。どうすればお会いできますか?」


 女たちは視線を交わしあうと、その中で一番年長の、スー・シャリアが答えて言いました。彼女は腕のいい薬師でしたので、エデンの町の多くの人々から尊敬されている女性でした。


「どれ、うちの息子をひとつ使いにやろうじゃないか。何ね、おたくさまがいきなり王というか、まああたしたちゃそんな呼び方はしてないがね、王さまといってもあの人は間違いじゃないだろうね。あたしたちみんな、あの人のお陰で生活のほうが随分豊かになったしね。まあ、おたくさまが村長むらおさに突然会いにいっても、あの方は気にもしないだろうよ。けれどまあ、あたしたちもおたくの素性なんて何も知らないわけだから、そうするのが礼儀ってものなんだろう。ま、おたくはとてもいい人そうには見えるがね」


「いえ、まったく貴女さまのおっしゃっるとおりで」


 男は恭しくスー・シャリアに向かって礼をしました。


「是非、そうしていただければと存じます。何分、私と致しましても、王さまに失礼があってはいけないと思うものですから……」


 その場にいた女たちはみな、名前もわからぬ男に対して好感を抱きました。そして、スー・シャリアが息子を呼び、彼が「外の遠いどっかから、誰が来たっていえばいいの?」と聞いたもので、その時男はこう答えました。「サレムという町の王、メルキゼデクさまの使い、レヴィが大切なお話があって参ったと、そうお伝えください」


 その時、秀一はいつものように畑にいました。彼は町一番の権力者といってもいい立場だったかもしれませんが、相も変わらず朝から晩まで、町のみんなと一緒に真っ黒になって働いていました。そして彼が、こうした農作業の傍ら、最近はじめた養蜂業のことにあれこれ思いを馳せていると……スー・シャリアの息子がやって来て、「村長さあん!なああんか、外からねーえっ、お客さんが来てるんだって!」と、いかにも嬉しそうに告げたのです。


「外から?それはバラム村からということかい?」


 バラム村もエデンも、どちらも今ではひとつの町といって差し支えありませんでしたが、秀一は今も、町の人々に村長と尊敬をこめて呼ばれています。


「ううん。ぜんっぜん違うの。なんだっけな……サレムっていう町の王さまの、メル……メルデキデスとかいう人の使いのレヴィっていう人が、村長さんにとっても大切なお話があってはるばる遠くからやって来たんだって!」


「そ、そうか。それで、その人は今一体どこに?」


 この時、秀一の頭には実は、すぐにはかつての<神である聖なる方>との約束のことは、まるで思い浮かびませんでした。エデンにもバラムにも、時々キャラバンが宿を借りるということがありますが、彼らが前に何度か、「昔、イスラエルと呼ばれていた場所に今、メルキゼデクという名前の力ある王さまがいる」と言っていたことは覚えていました。今はこのメルキゼデクという人が、昔、イスラエルだった場所のほとんどを治めているということでしたから。


「んっとね、村の中央の水飲み場にいるの。とっても疲れたご様子で、でも母さんたちに『水を飲んでもいいですか?』って、ちゃん聞いてから飲んだんだよ。あと、ラバを連れててね、ラバも喉が渇いて腹をすかせてるように見えたから、村の女の人たちはラバにも水を飲ませてあげて、エサも分けてあげたの」


「そうか。それは良かったな。じゃあ、これからちょっと俺がその人に会ってみよう」


 秀一はそう言って、小麦畑のまわりにいた人々に合図すると、自分はとうもろこし畑の間から「よいしょ」と外へ出て、スー・シャリアの息子のホクトと一緒に町へ続く道へと歩いてゆきました。ちなみに、ホクトという名前は、秀一がスーから頼まれて名づけた名前でした。日本の漢字で表わすとしたら、もちろん言うまでもなく<北斗>と書きます。


「ねえ、村長。母さんがさあ、村長自ら旅人さんのとこまでやって来たんじゃ、なんか『安っぽい』って言ってたよ。だから、村長さんは自分のおうちで奥さんと待ってて。そしたらオイラがさ、あの感じのいい旅人さんを村長さんちまで連れていくから」


「そうか、なるほどな」


 まるで他人ごとのように秀一が感心して言うと、北斗はまだ七歳であるにも関わらず、笑っていました。


「もう、しっかりしてよお。あの人、見た目は良さげな人っぽいけど、よその人だから結局、どんな人かなんてわかんねえもの。だからさ、あとからうちの父ちゃんとか、さり気なく村長さんちに連れてくよ。あと、村の他の男の人なんかもさ」


「そうだな。ま、そのあたりはホクトが適当にやってくれ」


 秀一は、自分の家の前でホクトと別れると、白塗りの自分の屋敷で余所からやって来たという客人のことを待つことにしました。中で家事仕事をしていた涼子にもそのように伝え、秀一はターバンを取ると、それを巻き直すことにしました。他に、衣服のほうも新しいのに着替えるということにします。


「でも、どうしようかしら。出してあげられるのは、パンとあとは果物が少しあるきりだわ。他には干しぶどうの菓子とぶどう酒くらいしか……その遠くからやって来たっていう人に、失礼にならなけりゃいいんだけど」


「いや、あるもので構わんさ。そのかわり、夕食は少しいいものを食べてもらおう。いい牛の肉を焼いたのや、とうもろこしのクリームスープや何かそんなものをね。その人がどこから来たにしても、真心さえ見せれば蔑むといったことは決してあるまい」


 キリシマ夫妻がそんな話をしていると、例の客人がホクトに連れられてやって来ました。「おじさん、こっちだよ!」と言う、ホクトの可愛い声が窓から聞こえてきます。


 涼子が窓から外を覗いてみると、確かにそこには、一目見て<よそ者>とわかる背の高い男の姿がありました。また、様子から察するに、何か物騒な用件でやって来たようでもないようだと、彼女は見てとりほっとしました。


「やあ。これは、どうもどうも」


 レヴィという客人が玄関の敷居をくぐると、秀一は席を立って彼のことを出迎えました。第一印象としては相手のことを(良さそうな男だ)と感じましたが、さりとて、彼がどんな用件でやって来たのか、秀一にはとんと思い当たるところがありません。


「お初にお目にかかります。私は、かつてその昔はイスラエルと呼ばれた領土を現在治めておられます、メルキゼデクさまの従僕でレヴィと申す者です。実はあなたさまに折り入ってお願いがございまして……」


 そう言ってレヴィは、立っている秀一の前に跪くと、まるで彼を礼拝するように頭を下げています。


「ええと、その御用件というのは、一体どんなことですか?それに、あなたはメルキゼデク王のしもべであって、私のしもべというわけではないのですから、どうか顔を上げてください。そうでないと、あなたの話をよく聞きもしないうちから、あなたの願いごとを聞いてしまいそうです」


「実は……私の仕えるメルキゼデクさまは少し不思議なお方でして。王として非常に賢い方でもあられるのですが、先読みの預言者としての力もお持ちでして……そこで、ある幻がメルキゼデクさまに示されたのです。ここから――つまり、私どもの住むサレムの町から、遠く離れた東のエデンという場所に、神の言葉をいただいて、まだ嫁を娶っていない王の息子がいる、と。そして、メルキゼデクさまの娘のひとりをその方に嫁がせるようにと、そのような託宣が王にお下りになったのです。そこで、メルキゼデクさまが信頼を置く侍従のひとりである私めを、王はお遣わしになったといったような、そのような次第でして……」


 おそらく、元イスラエルがあった場所からここまでというと、1000キロ弱はあったでしょう。それを、ただ自分の仕える主人が「そうおっしゃったから」というその言葉だけを信じて、遠く旅をしてくるとは……秀一はこのレヴィという男に対して、それだけでも十分信頼に足るような何かを感じることが出来ました。それに、彼を遣わしたメルキゼデク王の侍従に対する強い信頼感をも感じることが出来たかもしれません。この男であれば、きっと自分の命に忠実に応えてくれるだろうとの……。


「そうでしたか。確かに、あなたの――いえ、メルキゼデクさまの、というべきですかな。おっしゃるとおり、うちには息子がひとりいます。正確にはふたりおったのですが、次男のほうは十歳になるかならないかで天に召されてしまったものですから。それで、うちの長男のシュートは今三十になります。この歳でまだ結婚していないというのは、このあたりの村の風習としては珍しいことなのですが、実は私もある時……今、村に祀られている神に、こう語られたことがありまして。息子のシュートには、同じ村の娘を娶ったりすることなく、外から女性を娶るようにと。そこで、そのような縁談が外からあるはずと思い、ずっと待ち続けているうちに――息子は今年三十になったのです。かつて神にそう語られてから、もう十三年にもなるのですが……」


「そ、それは……まさしく運命というものでありましょう。正直私も、こうしてあなたさまにお会いするまでは、少しばかりメルキゼデクさまのお言葉を疑うところがありました。けれども、今はこうして苦労して砂漠を旅してきて本当に良かったと思います。メルキゼデクさまが王の御子息に嫁がせたいとお考えになっているのは、末娘のリベカさまのことでして。とてもお綺麗な方で、今年二十三歳になられました。まあ、容姿の点は保証することが出来ると思うのですが、少々ご性格のほうに問題が……ゴホッごほっ。いえ、なんと申したらいいでしょう。少々気のお強いところがあると言いますか、ご自分の申したいことははっきり言う性分と言いますか……ですがまあ、唯一お綺麗ということだけは保証できるかと存じます、ハイ」


 レヴィが微妙な言い方をしたため、秀一と涼子は顔を見合わせました。この場に今、シュートはいません。他の村の人々に混ざって、彼もまた小麦畑で働いていましたから。


「一応、息子のシュートにも聞いてみなくてはと思うのですが、私どもがずっと待ち続けたのは、メルキゼデクさまの末の娘さんで間違いないように思います。ちょっと今、畑のほうに人をやって呼んで来させます。なので、少々お待ちを……」


 そう言って秀一が立ち上がると、ちょうど折りよくシュートが家に入ってくるところでした。外に立っていた男たちが(彼らは盗み聞きしたかったわけではなく、余所者が何か害をなしはしないかと心配していたのです)気を利かせて、先にシュートのことを呼びに行かせていたのです。


「あ、あの、初めまして……」


 シュートはもともと内気なだけでなく、人見知りする質でしたから、もう三十歳にもなるのですが、どこかもじもじしていました。


「おお!これはこれは、初めまして。お初にお目にかかりまする。私、元イスラエルがあった国の全体を治めておられます、メルキゼデクさまの従僕レヴィと申す者でございます。我が王メルキゼデク王は、大変不思議な方であられまして、哲学、自然、文学、科学……その他色々なことに通じておられまして、天におられる神なる方とも、祈りをとおして通じておられる方なのです。そこで、ある時メルキゼデクさまにある託宣が下ったのでございます。メルキゼデクさまには息子が三人、他に娘が四人おありになられるのですが、ただひとり、末娘のリベカさまだけが、今もお手許においでになって……言うなれば、末娘のリベカさまはメルキゼデクさまにとっての秘蔵っ子といって良いでしょう。何より、メルキゼデク王が修めておられる学問のすべてを学びたがっておいでで――リベカさまもあまり御結婚といったことには興味がなかったようなのですが、メルキゼデク王に託宣があって以来、「そういうことなら、嫁いでもよい」と、そうおっしゃっておられました。この託宣というのが、東のエデンという町の王に、まだ独り身でいる息子がいるので、その方とリベカさまを結婚させると良い……といったような内容のもので、そこで私が王の信任を得て、このように出向いてきたといったようなわけでして」


「そ、そうなんですか」


 シュートは確かに、十七歳の頃に父からそのような話を聞いたのを覚えていましたが、あれから一向なんの変化もなかったため、半ば以上そのことを忘れかけてさえいました。けれども今のレヴィさんの話を聞いていて、そのリベカという名前の女性に少しばかり……というより、かなり――興味を持ったかもしれません。お父さんのメルキゼデク王が修めておられる学問に興味があり、哲学や自然や文学、科学といったことに興味があるらしい、という部分に特に。


「とてもお美しい方らしいぞ。年のほうは今、二十三歳だとのことだから、おまえよりも七つ年下かな。シュート、どう思う?」


 秀一も涼子も、至極真面目な顔をしていました。と言いますのも、やはり一国の王さまの娘ということは、やはり責任が大きいですし、性格が合うかどうかというのもあります。けれども、秀一の元に来た、あるいは来ている、来続けている神なる存在と、サレムの王であるメルキゼデク王にこの託宣をした方とは、同一の存在ということから見ても……この話を引き受けるべきだというのは、三人ともわかっていたと言えます。


「どんな方なんですか?王さまの娘さんっていうことは……生活水準も僕らと違うでしょうし、果たしてこんなところへ来て、僕の奥さんなんてやって、楽しいものかどうか……」


 すると、レヴィはどこか(とんでもない)という顔をしていました。


「いえ、我々のほうの生活水準というのも、決してそう高いということはありません。また、リベカさまもあまりお料理とか家事がお得意というわけでもなく……グホッ、ガハッ。あ、失礼致しました。変な咳が出てしまいまして……ですが、結婚してよそへ嫁ぐというのはそういうことですし、その部分についてはリベカさまも覚悟しているようでして、ハイ」


「この話、このまま進めても大丈夫か、シュート?その、神殿のほうでそのように託宣があったからこそ、今まで私たちもずっとそのことを信じて待ち続けていたわけだし……」


「うん。もちろんわかってるよ、父さん。ただ、向こうでこっちのことを気に入らなかったどうしようっていうか。だって、そんないいところのお嬢さんが、僕みたいな……言ってみれば七つも年が上のオッサンと……だから、大丈夫なのかなと思って」


「…………………」


 先ほど、レヴィはメルキゼデク王の末娘のリベカさまは容姿の美しい方だと言っていました。ですから、王の娘ということもありますが、彼女と結婚したがる男性というのは、これまでにも随分たくさんいました。けれども、リベカさまは大変なファザコンでいらっしゃるので、どのような立派な殿方にも心がなびくということはなかったと言えます。


 また、今回のことでリベカさまは大好きなお父さまの元を離れなくてはならないことをとても悲しんでおられるのですが――また、同時にこれは尊敬する父王のためにもなることだとわかっておいででした。何故といって、もし仮に東から大きな軍がやって来た場合、他に軍の拠点となる町があるかどうかというのは、非常に大切なことでしたから。


 また、このことについては秀一も認識していました。今は、バラム村もエデンの町も平和に過ごしていますが、今後、アフガニスタンやパキスタン、インドといった国の中からこちらに遠征しようという軍隊が現れた場合……あるいは、アフリカの方面からそのような強大な軍が現れたような場合、<後ろ盾がある>というのは非常に重要なことです。


「その、リベカさまはあまりそのう……こう申してはなんですが、男の方に興味のないところがありまして。ですから、個人的な意見ではございますが、シュートさまは少し――おそらくはリベカさまの御趣味に合っているのではないかと思われますが……まあ、家事などはお母さまに根気強く教えていただいて、そうしたこともまた、そもそも神さまの結ばれた御縁ということで、我慢していただくということで……その他、こちら様でもリベカさまに気に入らないことがあっても、神さまの名の下にどうにか堪えていただくということで……」


「まあ、王さまの娘さんですものね。お食事とかお掃除とか……最悪できなくても、わたしが代わりにすればいいことですし。わたしとしては、いいご縁談だと思います。ただわたし、心配なんですの。ほら、この子は今はもうひとりっ子ですし、わたしたちにもし何かあったらと思うと、なるべく早く身を固めて欲しいと思って」

 

「では、このままお話のほうを進めてもいいということで、メルキゼデク王にはお返事しても構いませんか?」


 レヴィは桐島家の父母とその息子を見、少しばかり話してみて、すっかり安心していました。確かに、生活水準のほうは下がるかもしれませんが、本質的な問題はそうしたことではないのです。レヴィは「あのご家庭ならばおそらく、リベカさまでもやっていけるでしょう」とお返事できることをこの時大変嬉しく思っていました。


「はい。息子もわたしたちの意志も同じものですので……大切なお嬢さまを息子の嫁にいただくわけですから、こちらから正式にご挨拶に行くべきと思いますが、何分、昔と違って今は飛行機ですとか、便利な乗り物もないですし、この砂漠の中をサレムの町まで行くというのは……」


「わかっております、わかっております」


 レヴィは殊更自らを卑下するように、跪き、片手を上げて頷きました。


「しもべひとりだけでも、ここまでやって来るのは大変でございました。ですから、私ひとりサレムの町へ引き返し、こちらの御意向をメレキゼデクさまにお伝えしたく思っております。そうしましたら、今度はリベカさまをこちらへお連れして……こちらさまのお気に入りましたら、そのままお輿入れということに……」


「ですが、一度くらいやはり、お互いに家族同士で会うくらいのことはしておいたほうがいいのではと思うのですが……」


 秀一は考えこみました。ですが、想像するに、サレムの町はここより遥かに――あるいは数段上の文化水準を保っているものと思われます。それは、従僕だというレヴィの格好ひとつ取ってみてもわかることでした。このエデンの町だけでとってみたとしたら、一番偉いはずの秀一よりも、彼のほうがよほど村の長老か神官か何かのようでしたから。


 そこへ、自分たちのような田舎者が出かけていって、むしろリベカ王女に恥かしい思いをさせるのだとしたら……向こうからこちらへ来てもらったほうがいいのかどうか。


「いえ、ご心配には及びません。メレキゼデクさまは優れて高い王であられる方。シューイチさまやリョーコさま、それにシュートさまにお会いになっていなくとも、大体のところ、本当はすべてわかっておられるのです。では、しもべは早速明日、サレムへ向けて出かけますが、どこか馬小屋にでも今夜は宿を借りられますでしょうか?」


「いえいえ、とんでもありません。是非、今夜はここにお泊りください。狭苦しいところですが、息子のシュートには今晩、別のところに泊まってもらうことにしますから」


 ここで、外にいたスー・シャリアが玄関口から中に入ってきて言いました。


「その方のことはうちで引き受けようじゃないか。もちろん美味しい食事付きでね。それにしてもめでたいねえ。このまま四十になってもシュートが独り身だったらどうしようって、みんなよく話してたからね。そのお姫さまが性格にちょっと難があろうと、こんな田舎へ来てくれるっていうだけでもありがたい話じゃないか。いやあ、本当に良かった良かった」


 涙もろいスー・シャリアは、この時点ですでに瞳に涙を滲ませておりました。彼女にとってシュートというのは、小さい頃から知っている、孫のように可愛い子でしたから。


 こうして、その晩、レヴィはキリシマ家で歓待されたのち、夜はスー・シャリアの家のほうで眠り、朝は彼女の手作りの朝食を食べ……お弁当と携帯用の食糧を涼子にもらって、再び自分の騾馬に乗って旅立ってゆきました。


 あれから――というのは、第四次世界大戦後ということですが、この砂漠以外の外の世界がどうなっているのか、秀一たちは噂でしか聞いたことがありません。また、昔と違ってその噂が本当なのかどうか、テレビやインターネットで調べて知るという術もなかったわけですが、キャラバンたちから入る話としてはこういうことのようでした。核が落ちてのち、世界の気候は変わり、どこの国でも作物が実らず、多くの国が大変な飢饉に見舞われたこと、そのことによる餓死者と、原因不明の伝染病によっても痛めつけられ、この世界全体として、今どのくらいの人類の生き残りがいるのかも、わからないということ……。


 また、秀一にとってそうした噂話の中で一番喜ばしかったのが、実は日本についてのことでした。嘘か本当かはわかりませんが、あのあと、地図上から一度消えた日本という国では、再び大地が隆起し、昔の日本と形は違ったにせよ、大体同じ場所に小さな島がいくつか形成され、そこでは今、火山活動が非常に活発だということだったのです。


 この時秀一は、長男シュートと、ずっと待ち詫びていた嫁との間にまだ見ぬ子供が出来、さらにその子にもまた子が生まれ……そうして増え広がった子供のうちの誰かが、いつかかつて日本のあった場所へ旅することもあるだろうかと、そんなことを夢見ていました。


 ですが、このサレムの王メレキゼデクの娘がこの半月ほどのちに、輿入れの大行列とともにやって来ると、秀一たちもエデンの町の人々も実に驚いたものです。それぞれ百頭ばかりの牛や羊や山羊、またそれだけでなく、それらの家畜を世話する従僕を三十人以上も引きつれて、またリベカ王女自身は実に立派な日除けのついた御輿を、これもまた従僕たちに担がせてやって来ていたからです。そして、この中には道案内のためにレヴィも一緒にいました。


「あ、あの方ですよ、王女さま!」


 刈った小麦を束ねている、色の白い男を指差してレヴィは言いました。それはエデンの町の外れでのことで、向こうからもこちらの行列は見えているでしょうが、何分百メートルばかりも離れていましたから、彼が煌びやかに宝石で飾られた御輿に自分の花嫁が乗っているとわかっていたかどうかは定かでありません。


 一方、レヴィに話しかけられたリベカは、御輿の横にある窓を少しだけ開いて、レヴィの指差した方向をちらと眺めました。目を細めてそちらを見てみると、確かにレヴィの言っていたとおり、容姿のほうはそう悪くもないようです。


「ふうん。遠目に見たってだけじゃよくわからないけど、なんだか色の白い軟弱な感じのする男ね。それに、サレムに比べると町のほうも随分田舎なのでしょ?お父さまの頼みだから仕方ないけど、それにしても気が重いわね。これからはただの平民の嫁として自分の夫にかしずいて暮らさなければならないだなんて……」


「シュートさまは平民というのとは訳が違います。このエデンの町一番の権力者である方の御子息であられるのですから」


 ウォッホン、と白々しく咳をついてみせるレヴィのことを、リベカは軽蔑の眼差しによって見下ろしました。そして、扇子でしきりと顔を煽ぎながら、長旅の疲れに溜息を着いていたのです。


「町の一番の権力者の息子だっていうのに、平民のひとりみたいに汗水流して働いているのは何故よ?もしかしてあの人の両親はあの人を憎んででもいるの?」


「違いますよ。ただ、このエデンの町ではすべての人が平等なのです。シュートさまのお父上もまた、同じように毎日汗水流して働いておられるそうですよ。ほら、学校で社会の時間に習いませんでしたか?ここ、エデンの町は言うなれば、社会主義でやっているのですよ。とにかく、一見して、私はそのように思いましたがね」


「へえ、そう」と、リベカは感心したように言いました。「正直わたし、今も社会主義というのが絵に描いた餅以上の何なのかがよく理解できないわ。この世界を滅ぼす原因になったロシアという国が、その昔社会主義だったってことだけど、それだと何かがまずかったから、その後資本主義に移行したわけじゃない?それに、今はきっと町の規模が小さいから、そんなシステムでもうまくいんじゃないかしら。だけどそのうち、不満を持つ者なんていうのが現れてクーデター起こしたりとか、そんなことしてるうちにおかしなことになっていくのよ」


「…………………」


 リベカさまのお答えぶりに、レヴィは今日も口を噤むだけでした。彼女は大体こうした物言いによって、自分の父親以外の人々をやりこめてしまうのです。大変物識りで、頭のよい方でもあられるのですが、レヴィの見たところ、これから彼女が嫁入りするキリシマ家にも、そうした教養の高さがあるようでした。


 レヴィはそのことを、部屋に置いてあった本や、また夕食の場などで、さり気なく引きだした会話などから知っていたのです。彼らもまた、メルキゼデク王と同じく、その昔、実に文明が発達していた時代、世界がどんなふうだったのかを知っている人たちなのだ、ということを……。


「ま、それじゃ、その反乱分子なんてものがいたら、リベカさまが成敗なさったらいいですよ。なんにしても、シュートさまはお優しい御気性の方のようです。私が唯一心配だとしたら、あの優しそうな方がリベカさまの気の強い御性格にうんざりされるのではないかということだけですからね」


(あーっ、頭痛い……)というように、レヴィが額を押えていても、リベカさまのほうでは御輿の小さな窓から彼のことを見下ろして、ほほほ、と笑うばかりだったと言えます。


「まあ、見てなさい。結婚すると決めたからには、わたしもそれなりにうまくやっていくつもりでいますからね。とにかく、酒飲みでなく、ギャンブルもやらず、妻に暴力を振るいそうもない男というのはいいわ。知性の点でちょっとくらい物足りなくても、そんな欠点は見逃してあげることにしましょう」


 レヴィはそれ以上は何も言わず、後ろの家畜の様子を見にいくということにしました。エデンの町の入口まではあともう少しです。そうして隊列の点検をすませてのち、レヴィはこの一団の先頭に立ち、町で最初に出会った者に、「シュートさまの嫁御が参られたことを知らせてください」と頼みました。


 すると、町の入口にある広場でゴザを編んでいた男は、驚いた顔をしてすぐにすっとんでいったものです。エデンの町の広場がすぐ、数多くの家畜の群れとリベカ王女の従僕とで溢れると、そこにいた町の人々はどうしていいかもわからず、ただ遠巻きに事の成り行きを見守っていました。また、彼らがもっとも期待し、なるべく近いところで見たいと願ったのが、「実に美しいご様子をしておられるらしい」と噂の、シュートの嫁となる予定の王女さまのことだったかもしれません。けれども、煌びやかな御輿に乗ったまま、下りてくる気がないらしいと見てとった人々は、「こりゃあ、大変なことになったもんだ」と、小声で囁きかわしはじめました。


「きっと気位が高いのさ」、「一国の王女さまだものねえ」、「ありゃシュートの奴、今から尻にしかれそうでねえだか」などなど……その後、広場にやって来たのは花婿であるシュートではなく、秀一と涼子でした。そして、レヴィが「これからあなたのお義父さまとお義母さまになられる方ですよ」と小声で言うと、リベカ王女はようやく御輿を地面に下ろさせたのでした。


 そして、侍女のひとりがフットスツールを地面に置くと、リベカはその上に宝石で飾られた繻子の靴をのせ、そうして町の人々の前にようやく姿を現したというわけです。


 秀一と涼子が自分たちの義理の娘となる王女と初めて出会ったのは、広場の噴水そばでのことでした。そして、リベカが御輿から下りてきてみると、彼女は彼らが――いえ、エデンの町の誰しもが予想していない容姿をしていたと言えます。


 服装のほうは、涼しげな麻を染めて刺繍で模様を織りだしたものを着ており、耳には耳輪、手首にはブレスレット、首には豪華なサファイアのネックレス、額には蛇のついた金の額環サークレットをしており……いえ、それらはあくまで、リベカ王女の容姿を飾るだけのものにすぎません。


 リベカ王女は、すらりと背が高く、茶褐色の美しい肌をしていました。容姿のほうはほっそりしており、髪のほうはとても艶やかで黒々としていました。瞳のほうは青かったのですが、そこまではっきり王女の姿を身近で見れた人は少なかったかもしれません。ただ、人々はちらと見ただけでも彼女のその美しさに驚きました。エデンの町の中に、リベカほど美しい人はおりませんでしたし、彼女の美しさというのは、通常の美しさというのとは少し違っていました。何か、自分たちの間にはない、異質な美というのでしょうか。それで、彼女のことをちらとでも見た人は、何か見てはいけないものを見たような気がして、すぐ目を逸らしていました。


「こ、これはどうも……今、息子を呼びにいっておるのですが、ちょっと時間がかかりそうですので、先に住居のほうへ御案内したいと思うのですが……」


 秀一は自分でも何を言っていいかわからず、何か間抜けなことを言ってしまったように感じました。けれど、隣にいた妻の涼子が即座に助け舟を出してくれたのです。


「そうね。きっとそれがいいわ。あれからわたしたち、急いで新しい住居を造ったのよ。といっても粗末なところですけれど、とにかくまずはそちらへどうぞ」


 リベカは義理の両親に対して、彼女自身もまたどう振るまってよいのかわからず、ただ「あ、そうですか」とだけ答えると、すぐに御輿の中へ引き返していました。


 こうして、リベカは多くの従僕たちに担がれて、自分の新居だという場所までやって来たのですが――そこは彼女にとっては、人の住む家というよりも、ただの家畜小屋でした。流石に「まるで犬小屋のよう」とまでは思いませんでしたが、サレムの町で彼女は、地中海を渡ってやって来た豪華な木材の家に住んでいたのですから、そう感じたのも無理はなかったかもしれません。


 そして、ここが自分の花婿との新居だと聞かされた家の内部を見て、リベカはますますがっかりしました。急に決まった結婚でしたから、調度品類などが揃っていなくても、それは仕方ありません。それに、欲しいものはいずれ、彼女のお父さまに頼めばいくらでも送ってもらえるでしょう。けれども、部屋にワラを詰めた布団がひとつあるきりなのを見て――なんだか自分が、子供を産むための道具でしかないような、侮辱にも近い感情を覚えたのです。


 しかも、彼女の花婿だという、小麦畑で働いていた男は、一向姿を見せませんでした。リベカはその自分の新居だと言われた部屋で、情けなさのあまり、泣きはじめてさえいたのですが、家の中をちらと見た侍女は、自分の王女さまが泣くのも当然だと思いました。もちろんこの時、秀一と涼子は自分たちの息子の嫁のことを放っておいたわけではありません。ただ、戸惑うあまりどうしたものかと互いに話しあっていたのです。


「いや、そりゃ俺が話したっていいけど……でもこういうことは、女同士でのほうがいいんじゃないか?それに、こんなに早くやって来ると思ってなかったから、新居のほうも何も揃ってないし……」


「そうよね。確かにそりゃそうよ。だけど、わたしたちが想像してたどんな娘とも違っていたわねえ。なんだか、昔風の言い方で言ったら、自分の平凡な息子のところに、何故か異国のスーパーモデルが嫁に来たっていうみたいな感じ……ううん。わたしたちはべつにいいのよ。だけど、シュートとあの子、本当にうまくやっていかれるかしら。お互いのことさえ、全然何も知らないのによ」


「そうだなあ……」


 こんなふうに秀一と涼子が話しているうちに、シュートを呼びにいった者がただひとりで戻ってきていました。なんでも、本人は「仕事がある」とか「今会いたくない」と言って、何を言っても取り合わないのだそうです。


「やれやれ。仕方ないな」


 秀一にも涼子にも、息子のシュートの性格がよくわかっていました。突然、自分の嫁が遠い町からやって来たと聞かされ、しかもそれが町中のいい見世物のようになっていると感じ、すっかり気後れしてしまったのでしょう。


 そこで秀一は、町の人々に――彼らはどちらかというと、新婚の祝いを述べにシュートとリベカの新居のほうに集まってきていたのですが――「こういった事情だから、少しそっとしておいてくれないか」と頼むことにしました。「二人きりにして放っておいてもらえれば、時期それなりに仲良くなるだろう。結婚式を挙げたりとかなんとか、そうしたことはそのあとということになるだろうから」と。


 こうして、親切な思いやりある町の人々はシュートとリベカの新居から離れてゆきました。そして、シュートはといえば、あたりが暗くなり、仕事が出来なくなってからようやく家のほうへ戻ってきたのです。この時にはもう、リベカは新居の隣の、舅と姑の住む家のほうへ移ってきていました。他に、彼女の侍女がひとりと、レヴィも一緒にいます。


 家畜の世話のための従僕らは、道々そうしてきたように、町の広場に天幕を張り、おのおのそこで自炊していましたが、町の人々もまた、彼らにいくらかのご馳走を分けてあげていました。


「こ、こんばんは。初めまして」


 一日働いて、シュートはすっかり汚くなって帰ってきましたが、そのような自分を恥かしいとは思っていませんでした。と言いますのも、こんな見すぼらしい男なんかと結婚できないと娘のほうで思ったとすれば、この先一緒に暮らしても絶対うまくなどいかないだろうと、そうわかっていましたから。


 一方、リベカのほうでは、ただ目礼と、軽い会釈とで、これから自分の夫となる男に対し、挨拶を済ませていました。何も返事がなかったことで、シュートは戸惑いました。というのも、誰の目にも彼女は自分に定められた夫が気に入らないのだと、そうとしか見えませんでしたから。


 ですがこれは、ちょっとした文化の違いのようなものでした。サレムの町のほうでは、よく知らない男と話をするのはおろか、わざわざ目を合わせたりするというのは、むしろ立派な女のすることではないと、そのように見なされることだったのです。


「あーっ、そのですね、シュートさま。リベカさまは長旅でお疲れなのです。もうそりゃ砂漠の風がすごくって、声がちょっと涸れてしまったりなんかして……今日、小麦畑で働いているシュートさまのことを遠くから見て、あの方がそうなんですよ~なんて話をしたら、リベカさまも『素敵なお方』とおっしゃったりして……うぐっ」


「……どうかなさったんですか?」


 シュートだけでなく、秀一と涼子もまた、レヴィのほうを見ました。言うまでもなく、リベカさまがこの忠実な従僕の足を踏んだのです。けれども、その部分は彼らに見えませんでした。


「い、いい、いえ、なんでも。シュートさまのほうでも、リベカさまの乗った御輿が遠くから見えたのではありませんか?つまり、シュートさまのほうでも『ようやく花嫁がやって来た』と思ってるはずなのに、なかなかやって来てくださらないものですから、リベカさまは臍を曲げて……ぎひっ」


 この時はもうはっきり、リベカ王女はレヴィのことを手にした扇子ではたいていました。


「あんた、もしかしてわたしに殺されたいの!?」


 その声は全然、涸れてなどいませんでした。むしろ、よく通る美しい声でしたので、シュートのほうでは少しばかりハッとしたほどだったかもしれません。言葉の内容はともかくとして。


「いやいや、良かったじゃないか、シュート。こんなお美しい方がうちのような家に来てくださるだなんて。ほら、明日は隣の新居にもかまどが入るし、あと、家具やなんかはこれからしつらえるとして……あんまり急な話だったもので、何も物が揃っていなくて申し訳ないと、さっきも話していたところだったんだよ」


 秀一はそうフォローしましたが、涼子のほうではただ、息子とリベカという我が儘そうな娘のほうをそれぞれ交互に見やるばかりでした。先ほど、夫を外にだして、涼子は自分の意向を伝えていました。


「あの子とシュートとじゃきっと合わないわ。シュートにはやっぱり、あの子の優しい性格のわかる、そういうおっとりした子のほうがわたしはいいと思うの。たとえば、鍛冶屋の娘のミランダとか」


 その妻の意見に対して、秀一はこう答えていたものです。


「そうかな。俺はシュートには、ああいう少し気の強いところのある娘のほうがいいと思うがな。なんにせよ、ここよりずっと住みいいところにいて、そこより生活水準が下がるとわかっていて、こんなところまでやって来るだなんて……仮に最初のうちは気に入らなくても、あの子には優しくしてやらなきゃいけないよ。だって、突然見知らぬ土地へやって来て、そこで生きていくことの厳しさは、俺たちが誰より一番よく知ってるんだから」


「そりゃそうだけど……」


<見知らぬ土地での苦労>――もうあれから三十年も経つのだと思うと、涼子も不思議でした。過ぎ去ってみると、なんだかその年月はその半分ほどのようにも、あるいはもっと短くさえ感じられるというのは、なんとも不思議なことです。


 王の娘なのですから、それも無理のないことですが、リベカが気位が高いらしいというのは、彼女を見た第一印象として誰もが思うことでした。けれども、これからはまわりの誰も、おそらくリベカが気に入るような振るまいをすることはないでしょう。そのことに一体彼女がどのくらい耐えられるのか、鍵はその部分にあると、秀一にも涼子にもわかっていました。最初は不満たらたらでも、それが気の長いシュートの我慢できる範囲内に収まるくらいのものならいいのです。けれども、そうではないのではないか――というのが涼子の見立てであり、きっとなんとかなるだろうというのが、秀一の楽観的な見通しでした。


「……僕も、遠くからですが、立派な御輿とそれに続く羊や牛や山羊の群れなんかを見てました。でも、あんまり立派な行列だったもので、まさか自分に関係あるとはあんまり思ってなかったというか。まわりの人はみんな、僕の花嫁だとか、そんなふうに言ってたんですけど……」


 リベカのほうで何か、ハッとするような気配があったので、秀一と涼子は顔を見合わせると、席を外すことにしました。リベカとレヴィがお腹をすかせている様子でしたので、食事のほうはすでに済んでいました。そこで、彼らは隣の新居のほうへ一時的に移るということにし、今後のことを話しあうということにしました。侍女のレアはその場に残ろうとしましたが、レヴィが彼女のことをも連れだします。


「レヴィ。リベカさまのような身分のある方は、誰と一緒の時にも傍らに侍女を置いておくものよ!」


「いいから、こっちに来なさい。シュートさまはお優しく、繊細な質であられる方だから、おまえのような若い娘がそばにいるだけで、言いたいことの半分もお言いなさらないだろうからな」


 そんなふたりのやりとりを聞いていて、秀一と涼子は笑いました。そして、レヴィとレアには特によくわかっていたと言えます。リベカさまの「そんなに悪くもない」は「結構いい」の意味であり、もし彼女が「まあまあね」と言ったとすれば、「それはかなり良い」という意味であるということが……つまり、雰囲気として実はリベカさまはシュートのことをかなり気に入ったらしい、と見てとっていたのです。


「あんた、お腹がすいてるんじゃない?」


 自分の両親の態度があまりにあからさまだったため、シュートは恥かしかったのですが、それはリベカにしても同様だったといえます。そこで、黙りこんでしまったシュートのことを見て、リベカは自分から話しかけました。彼のほうでは、突然ふたりきりにされて気まずかったのですが、リベカはむしろ逆にこうなれて嬉しかったといえます。


「ほら、一日中ずっと小麦畑で下々の者に混ざって働いていたんでしょ?わたし、てっきりあんたの両親があんたを憎んで、強制的に働かされてるのかと思ったわ」


「べつに……あれがこの村では普通のことだから。君も、父親の王さまから言われて嫌々ながら結婚するとかなら、明日にでも国に帰ったほうがいい。ここでの暮らしは楽なものではないし、甘やかされて育ったお姫さまには絶対無理だ。それに、そうしたことで僕に不満を洩らされても、女の人同士の人間関係のことは、僕にもどうにもしてあげられないし……」


 シュートは小さい頃から、母親の気苦労といったものを見て育ちましたので、リベカにそう言ったのです。女性同士のコミュニティの複雑さに比べたら、男同士のつきあいというのは、比較的気楽なものでした。ですが、生まれてからずっと人にかしずかれてきただろうリベカに、ここでの暮らしは無理ではないかと思ったのです。


「あんたには男としての野心ってものはないの!?」


 突然ドン!と、リベカがアカシヤ材のテーブルを叩くのを見て、シュートは驚きました。


「わたしほどの女がせっかく結婚してあげるって言ってるのに、わたしと結婚すれば、お父さまの後ろ盾を得て、もっと豊かな暮らしだって送れるのよ!?それなのに、帰ったほうがいいだなんて……あんた、頭おかしいんじゃない!?」


「だから、君のそういうところがさ」


 シュートにしては珍しいことでしたが、彼はムッとして言いました。


「この村に馴染めないんじゃないかって言ってるんだ。君がお金持ちのお父さんから何を送ってもらおうとそりゃ自由だよ。だけど、そんなことをしたらここじゃ村八部にされてしまうよ。ここは、みんなが大体のところ同じ生活水準だからうまくいってるんだ。それなのに、そんなあからさまな貧富の差なんていうものを、君に持ちこんで欲しくない。それでもここで君がやっていくっていうのなら、今身に着けている宝石とか、そういうものは全部、あのレヴィっていう人にでも持って帰ってもらうことだ。もしそれが出来ないなら……」


 シュートがそう言い終わらないうちに、リベカは首のサファイアのついたネックレスと、腕のブレスレット、それに足環や額のサークレットも、そうしたすべてを外して、机の上に置いていました。


「なんだったら、この服だって脱いだっていいのよ!?」


「……いや、べつに、そこまでは」


 シュートは驚きのあまり、椅子を少し後ろのほうに下げていたくらいでした。そして思ったのです。


(サレムにもしこのまま戻ったりしたら、出戻りとして笑われるとか、そういう事情でもあるのかな……)


 彼には他に、リベカがここにいたがる理由があるとは思えませんでした。けれど、そう思い至った時に初めて、自分がひどいことを言ったのかもしれないと気づき、シュートは台所のほうへ行ってごはんを温めることにしました。自分が今少し棘々しいような気分なのはきっと、お腹がすいているそのせいだと思ったものですから。


 今晩はどうやらシチューだったようです。シュートは鍋の中のものを温めると、他に鶏肉の蒸し焼きとパンがあるのを見て、十分ご馳走だと思っていました。すると、後ろのほうからリベカがキッチンのほうを覗きこみ、「あの~」などと、彼女らしくもなく声をかけます。王女さまのこんな姿を見たとしたら、レヴィもレアもきっと驚いたことでしょう。


「あんた、男なのに家事仕事なんてするの?」


「まあね。普段は母さんがなんでもしてくれるけど……少しくらいは僕も作れる。だから、君が全然料理とか掃除とか、洗濯とか何も出来なくても、たぶんあまり困らないかもしれないな」


 遠まわしに優しい言葉をかけてもらったことで、リベカは少し機嫌をよくしました。


「あんたのお母さんの料理、とっても美味しいわね。うちの宮廷料理人の作る料理なんかより、断然イケてるわ。わたし、今すぐは無理だけど……あんたのお母さんが料理の仕方を教えてくれるなら、同じくらいのは無理でも、きっとあんたが美味しいと思えるくらいのものは作れるようになるわよ。た、たぶんだけど!」


「へえ、そう」


 シチューや鶏肉を皿に乗せ、テーブルへ置くと、シュートは籠からとうもろこしパンを取りだし、それをシチューにつけて食べました。リベカがじっと自分のほうを見ているため、秀一は「もしかして、食事まだ?」と聞きました。というのも、台所に使用済みの食器が積み重なっていたことから……もう彼らが食事済みなのだろうとシュートは思っていたのです。


「さっき、食べた、けど……」


 ぐきゅるるる~と、お腹が鳴る音を聞いて、シュートはシチューの入った皿をリベカのほうへ押しました。


「じゃあ、一緒に食べよう。さっきはきっと、父さんや母さんがいたから緊張して、あんまり食べれなかったんだろ?僕だって、逆に君の国のほうへ招かれたら同じようになるよ」


 リベカはパン籠からパンをひとつ取ると、千切ってシチューに浸してから食べました。サレムのほうでは実は、こうした食べ方は行儀が悪いとされています。けれども、それは公式の場ではそうしないということで、家族や友人同士の食卓の席では、こちらのほうが普通でした。そうしたことから、気を許した者同士のことを<同じパンをスープに浸した仲>と言ったりするのですが、もちろんシュートはそんなことは全然知りません。


 けれども、リベカのほうでは少しドキドキしながら、シュートが食べたのと同じシチューにパンを浸し……それをパクリと食べて笑いました。


「おいしい!!」


「そっか。これが口に合うんなら、君もここにいてもやっていけるかもしれないな」


(なんだ。笑うとべつに、どうってことのない普通の子と一緒だ)


 シュートは初めてそう思ったかもしれません。というのも、それが公式の場にでる時のメイクだったのかもしれませんが、リベカは目のまわりの縁を黒く彩り、アイシャドウまで塗っていたのですから、彼女が余計無表情であるように見えたのも無理はありませんでした。


「そうね。わたし、あんたとならたぶん……きっとうまくやってかれそうだわ」


「本当にそう?もしそうならいいけど……」


 ――次にこっそり、秀一たちが自分たちの家のほうへ戻り、中の様子を窺ってみますと……ふたりはそんなに悪くもない雰囲気のようでした。その日は、シュートはそのまま実家のほうで眠り、準備の整ってない隣の新居に、リベカとレアのふたりが眠りました。もちろん外には、連れてきた従僕が衛兵として夜通し立っていたようです。このエデンの町では、部落の創設以来、窃盗や強盗といった事件が起きたことは一度もありません。けれども、万が一何かあってはと思い、秀一も何も言いませんでした。


 こうして、この翌日からリベカはキリシマ家の一員として迎えられることになりました。新居のほうには竈のほうも入りましたし、エデンの町の人々が新婚祝いに色々なものをくれましたので、あっという間に新居のほうは手狭になっていたかもしれません。


 リベカはその後、色々な行き違いやオッチョコチョイな振るまいも見られましたが、エデンにやって来た次の日から、村の女たちがみな着ているような服を着て、涼子について家事仕事を覚えはじめました。


(どうやらこの娘は、賢い娘らしい)


 涼子はそのように見てとっていました。最初会った時には秀一も涼子も驚きましたが、どうやらシュートと結婚してもいいと彼女が感じているらしいと見てとってからは……他に言うべきことは何もなかったと言えます。リベカは姑の涼子に対しても、変に媚びるでもなく、ただ素直に教えを請うていました。


 実際のところ、大切だったのは、涼子とリベカの間で『なんとなく気が合った』ということだったかもしれません。仮に、リベカが同じエデンの町の出身でも、涼子のほうで(どこがどうとは言えないけど、気に入らない)とか(はっきりした理由はないけど、好きになれない)と嫁に対して感じたとしたら、せめて表面だけでもうまくやっていこう、と思った時点で大変なストレスだったでしょう。


 けれども、涼子とリベカは不思議と気が合いました。何より、驚いたことには、リベカのほうでは本当に舅と姑のことを尊敬しているようでした。そのことは彼らにも、息子のシュートにもはっきりわかりました。と言いますのも、秀一と涼子はふたりきり、あるいはシュートも入れて三人の時などに、日本語で会話することがよくありましたし、それはおそらくリベカの父上でさえも知らない言語でした。また、キリシマ家には、リベカが小さい頃から育ってきた王宮にもない知的さがありました。本棚に置いてある本を見ても、そのことはよく窺えましたし、彼らはただ謙遜しているだけで、町の人々以上に色々なことに関して知識があるだけでなく人間としても深みがあるとリベカは嫁として感じていたのです。


 エデンの女たちは最初、遠巻きに涼子のことを介してリベカとは間接的につきあうといった感じだったのですが、何より涼子が嫁のことを悪く言うでもなく常に庇ってくれたので、だんだんに町の女たちもリベカに気を許すようになりました。リベカがシュートの妻として迎えられてから、一年が過ぎる頃には彼女もすっかりエデンの町の女の一員だったと言えます。


 朝は、まず水を汲みに井戸のほうへ行き、そこでまず瓶に水を汲みます。そして、顔見知りの女たちと少しばかり話をすることもありますし、重い水を家まで運んだあとは、姑の涼子と一緒に食事を作ります。一応、息子夫婦は隣の家に住んでいますが、食事をする時も、あるいは夕食後の団欒のひとときも四人で過ごすことがほとんどでした。また、結婚した一年後、リベカは妊娠し、その後元気な双子の男の赤ちゃんを生みました。さらに二年後に女の子、四年後に男の子、六年後に双子の女の子、八年後に男の子が誕生し、キリシマ家はさらに賑やかになってゆきました。


 また、シュートとリベカは上の男の子三人と、上の女の子ひとりをサレムの上級学校のほうへ進学させ、双子のうちのひとりの子はそのままサレムの町に居つくようになりました。一番上の女の子は教師の免状を取得して帰ってきましたので、学校で先生として生徒を教えるようになりましたし、他の男の子たちは父親の仕事の手伝いをよくしました。双子の女の子は二卵性でしたので、それぞれ似てないのですが、お母さんによく似たとても美しい娘でした。そこで、シュートは父親として娘のことをどこへもやりたくないと考えていましたが、サレムの町の貴族たちに是非にと望まれて、この娘たちはそちらへ嫁いでゆくということになるのです。


 秀一は八十八歳、涼子は夫の亡くなった翌年に、彼のあとを追うように同じ歳で亡くなりましたが、彼らが年寄りになった頃には、町のほうも随分様変わりしていました。まず、サレムとエデンの間に大きな道路が敷かれ、そこを通ってサレムからたくさんの物資が運ばれて来るようになりました。そこで、エデンの町も石造りの家や木材で建てた倉庫や家畜小屋など、建設様式のほうも随分変わったものでした。さらに、この街道沿いに他にも街がたくさん出来……言ってみれば、シュートとリベカが結婚したことで、これらの発展があったといって良かったでしょう。


 キリシマ夫妻が初めてエデンの村へやって来た時、彼らはここにほん数家族と天幕を張って生活していました。そしてその約四十年後……彼らは石造りの大きな家に、家族十一人で暮らすようになっていました。また、街道が出来て馬車が通るようになってからは、メルキゼデク王とも親交が出来、秀一や涼子たちはサレムの王家とも親しく親戚づきあいし、たくさんの物資が豊かに送られてきたことで――キリシマ一家は祝福され続けたといって良かったでしょう。


 秀一と涼子の死因はともに老衰で、ふたりとも幸せな晩年を過ごして、人生の最後の終着点と言われる<死>を迎えました。そしてこの晩年、ふたりは互いに協力しあって、自分たちがその昔生きていた、戦争が起きる前の世界のことについて、色々と書き記すということにしていました。もしかしたらそれがいつか、孫の孫の孫にとってでも、大切な記録となるかもしれないと、そう思いながら……。


 秀一はいつも、砂丘から沈みゆく夕陽、あるいは朝陽を眺めやる時、ある種の不思議な感慨に襲われたものでした。あれから随分年月が経ち、第四次世界大戦前に生きていた人々は、飢饉や原因不明の奇病に次々倒れ、今は生き残った人類はかつて百億いたと言われるその十分の一にも満たないのではないかと言われています(もちろん、世界中をまわって正確な調査をした人間がいるわけではありませんが、そのように噂されていました)。


 秀一も涼子も、まさか自分たちがその<生き残る側>になれるとは思っていませんでした。すべてはちょっとした偶然の重なりあいによって、どうにか生き延びてこれたようなもので……他の死に定められた人々と、自分たちの間にはなんの差もなかったはずなのにと、彼らはよく思ったものでした。


(しかもこんな、人間がとても生きられるとは思えないような環境で、人生の半分以上を過ごすことになろうとは……)


 秀一は思いました。おそらく、かつて<神である聖なる方>に語られたことは、今後実現するでしょう。いつか、自分の孫の孫あたりにでも、王となる者が現れ、強大な都市国家を築くということになるかもしれません。けれども、その王が領土を拡張したり、あるいは敵国から攻め込まれるのを防ぐためには、当然軍隊が必要となり――そしてまた、戦争がはじまるということになるのです。


(本当に、悲しいことだ。そして、人間は哀しい生き物だ。俺も涼子も、人間が高度に科学を極めた時代を生きていた。それなのに、その愚かな教訓を自分の子孫に伝えることも出来ないとは……ここからまた、人類が再び全世界に増え広がり、昔のようにそれぞれ文明を築いて栄えるのだとしても――すべては虚しく、砂漠を吹きすぎる風のようなものに過ぎないとは。そして、再び科学を極めきるような時代を迎えても……結局そのことで人間は滅びねばならないのだ)


 けれど、秀一にも涼子にも、今は慰めがありました。それも、とても大きな慰めです。キリシマ夫妻は死期が近づいた時、よく亡くなった次男のアストのことを夢に見ました。そして、息子に夢の中でこう言われたのです。「いずれ、父さんと母さんがこちらへやって来たら、世界の人類がどうなっていくのか、これからは天国で見ることが出来るから大丈夫だよ」と……。


 秀一は、もうすぐ自分が亡くなろうかという時、家族の全員にベッドを囲まれて、最後に子供や孫たちに祝福を祈ってから、最後にこう遺言して息を引き取っていました。


「もし、おまえたちの孫の孫の孫にでも……もしか、とても冒険心のある者がいて、わたしたちのルーツである日本の様子を見に行っても良いという者が現れたとしたら――その子に言っておくれ。出来ることなら我々のうちの子孫の誰かは、再び日本で暮らしてほしい、ということを。それから、最後に母さんに――涼子に言いたい」


 涼子は年老いた夫の傍らで、彼の手を握りしめながら、ずっと泣いていました。


「もしおまえがいなかったら、わたしは今まで生きて来れなかった。本当に、ありがとう。こんなわたしのことをいつも信じて、ずっとついて来てくれて……」


 涼子は夫の手を握りしめたまま、ただ何度もかぶりを振っていました。そして、何事かを小さな声で囁きましたので、涼子は「え?」と言って、秀一の口許に耳を寄せました。秀一が最後に妻に言い残した言葉――それは「愛している」という、日本語による愛の言葉でした。




 終わり






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