第8話 真紅の少女
「火炎槍!!!」
カンナがそう叫ぶと、彼女の周りに炎の槍が形成され、草原に生える一本の木を目掛けて弧を描く。
すさまじいスピードで槍が飛んでいき、轟音と共に炎が上がる。
ミシミシと音をたてるまでもなく、あっさりと木が真っ二つになりそのまま地面へと倒れる。
流石は火魔術レベル6の魔術だ。火矢に比べて、威力も迫力も段違いだ。
俺たちは薬草を集め終え、カンナの出来ることを実践してもらったり、剣術を教えて貰っている最中だ。
予想通り鑑定のお陰で薬草を簡単に見分けることができ、そのまま戦闘……と呼ぶにはまだ拙いかもしれないが、戦闘訓練をしていた。
俺は先日剣術レベル1がついたと言ったが、この世界では魔術にしろ剣術にしろ、一部の例外を除いて、適性があった場合少し訓練をすれば、レベル1をとるのはそう難しくはないそうだ。だが、レベル2からはしっかりと鍛錬を積まないと習得出来ないし、火魔術だったら上位魔術である火炎魔術を習得するのには相当の壁があるらしい。
「こんな感じか?」
「んーもうちょっと脇を締めて振り下ろしてみて下さい」
「こうか?」
「そんな感じですね!」
ふむ、剣ってやっぱ難しいんだよな。でも、剣の方が重いと思うのに、おじいちゃんの家にあった木刀よりは軽い気がする。
異世界に来て筋力が上がったからなのだろうか?
そう思いながら素振りを続ける。にしてもカンナの剣筋は綺麗だよなぁ。初心者でも見てわかるくらいに精錬されている。
ついさっきカンナにお願いして手合わせをしてもらったが普通にボコボコにされた。いや、物理的にボコボコにされたわけじゃないけど、何回も寸止めされて心がボロボロになった。
今更なのかもしれないが、首に剣を突き付けられるんだぞ? ラノベとかで見てた時は傷だらけになっても自分でも動けるだろうとかいう謎の自信があったが、実際剣を突き付けられると頭が真っ白になってなにも考えられなくなる。
「そろそろ戻るか」
「そうですね~、日も落ちて来ましたし」
そろそろ帰るか。そう思っていたのだが。
「ご主人様! 森の方向で人が魔物に襲われています! どうしますか!?」
「もちろん助けに行くぞ!」
丁度腕も試してみたかったしな。カンナが相手だと力を発揮するまでもなくボコボコにされるからね。
俺はカンナのあとを必死についていく。
森を少し入ったところで、クマ型の魔物と1人の女の子が見えてきた。鑑定によるとジャイアントベアという魔物らしい。
「ガァァァァ」
「危ない!!」
女の子にその鋭い爪が襲おうとした時、ジャイアントベアの手に線が入り、腕と手がずれる様に手が地面に落ちていく。
どうやら│寸のところでカンナの攻撃が間に合ったようだ。
「ウガァァ」
魔物はカンナを獲物に定めたようだ。一旦距離を置き、助走をつけこっちに向かってくる。
「ご主人様、その子を運んでください!」
「おう!」
ジャイアントベアの意識がカンナにいってる間に俺はその女の子を少し離れた場所に移動させる。チラリとカンナのほうを見ると、ジャイアントベアの足がカンナの剣によって切り裂かれ、倒れ込み地面を揺らす。
「とどめです」
そうカンナが叫ぶと、ジャイアントベアの眉間に拳ほどの穴があき、ジャイアントベアは息途絶えた。
結局俺の出番はなかったか……まあ女の子が無事だったから良しとしよう。
「もう大丈夫だぞ」
「……ありが……とう」
消え入るような声で喋る女の子、恐らくいい物であっただろう服も、泥だらけになり、所々破れている。
髪の毛は赤く、腰ぐらいまである。あまりご飯を食べられていないのか痩せ細っている。若干血が流れてるし、とりあえず街に戻って手当をしてあげないとな。それにご飯も。
「自分で歩けそう……ではなさそうだな。とりあえず街に行くから背中に掴まれ」
「……」
余程衰弱しているのだろうか。頷いてはいるが、目は死んだ魚の様だ。
俺たちはそのまま助けた女の子を背負いながら街へと歩いていった。
途中で何度もカンナに「ご主人様、私が背負います」と言われたが、カンナにはジャイアントベアと戦って貰ったし、俺は何もしてないから自分でやれることはやりたいと思い街まで自分で背負っていった。
森で迷っていたのか分からないが、しばらく体をタオルで拭いていないようで少し臭ったが、それはしょうがないだろう。ちなみにこの世界では基本風呂ではなく、濡れタオルなどで体を拭いたり、井戸から水を汲んで頭から被ったりする。
浴槽に湯を溜めて入れるのは、貴族や大商人などの裕福な人のみのようだ。
それ以外にも魔法を使える人は、異世界特有の洗浄という浄化魔法で体を清潔にすることもあるらしい。
女の子を背負っていた分、行きよりも時間はかかったが無事街に戻ることができた。そのまま傷を治してもらえる方法がありそうな冒険者ギルドに向かって行く。
「こんにち……」
「この子の治療をお願いします!」
俺はカウンターのお姉さんの言葉を遮り、助けてもらうようお願いをする。
「かしこまりました。イルン! この子を医務室に連れてって」
「ありがとうございます」
「今から医務室で治療をしてくるので、終わるまでどこかの椅子にでも座って待ってて下さいね!」
女の子はイルンというギルドの職員さんに奥の方に連れられていった。言われた通り待っていると、10分くらいで連れられた女の子が出てきた。
「もう大丈夫なはずよ。幸い軽傷だったからすぐ回復したわ。それより、だいぶ汚れていたから洗浄掛けといたわ」
「ありがとうございます」
「それと、痩せ細っているようだから、ご飯食べさせてあげて。本当はギルドで引き取りたい所なのだけど、色々と問題があるからダメなのよね」
そう言いながら、カウンターのお姉さんが数枚の銀貨を握らせてくる。
「これは内緒ね! じゃあ後はよろしくたのむわね」
おそらく、お姉さんの配慮でこの女の子のご飯代くれたのだろう。返そうと思ったのだが、そんな言葉も掛けさせて貰えないままカウンターのお姉さんは行ってしまった。そのまま女の子の方に視線を向けるのだが。
「グゥゥー」
女の子のお腹から可愛い音が聞こえてきた。女の子は恥ずかしそうに頬を赤らめてお腹を抑えている。
「……あ」
「よし、とりあえずご飯を食べよう。そこで話をしようか」
そう言って、女の子を連れて宿屋に向かう。
「いらっしゃい! あ、お兄さんじゃないですか。え、また女の人が増えてる……さてはたらしですか?」
「違うわ! なんでもいいがとりあえずご飯を食べさせてくれ」
「分かりました。3名ですね? お父さん3人分お願ーい」
咄嗟に突っ込んでしまったじゃないか。あの子なにかと俺をからかってきやがる。空いている席に座り、少し待っているとステーキとパンとスープが運ばれてきた。いきなりこんな重いもの食べれるのだろうかと思っていたのだが。
「…ハムッ…モグ」
女の子はこれでもかと、ステーキやらパンやらを頬張る。だんだんと女の子の目には生気が宿っていき、顔に笑顔が浮かび上がってきた。
「…はぁ…美味しい…」
「大丈夫か? 喋れそうか?」
「うん、まずは助けてくれて……ありがとうございました。助けて貰えなかったら今頃私はあのクマのお腹の中だったわ……」
女の子は凄い綺麗にお辞儀をしながらお礼を言う。
「どういたしまして。無事でなによりだよ。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「……いいわよ」
「なんであんなとこでそんなに衰弱するまで1人で森を彷徨っていたんだ?」
「……あんまり話したくはないんだけど……いいわ。実は私シャンリア王国の貴族だったの。だけど、政変が起きてお父さんは処刑されてしまって……私は何とか逃げだしてきたの。
途中までは付き人もいたのだけど魔物に襲われてはぐれてしまって……」
女の子は俯き、思い出したのかのように暗い顔になり、目からは涙が滴る。
辛いことをきいちゃったかな。なるほど、どうりでボロボロではあったが、良い服を着ていたわけだ。
「そうだったのか……辛いことを聞いてごめんな。言うの忘れてたけど、俺の名前はトウマだ。そっちの彼女はカンナって言うんだ」
「カンナです!」
「私はリアン・ムーカ・エルカシアっていうの。リアンって呼んで」
「わかった。それでリアンはこれからどうするの? これも何かの縁だし、暫く一緒に行動しないか?」
「そうね……正直これ以上お世話になるのも申し訳ないんだけど、お願いしたいわ。今の私は無力だし、頼れる人も物もなにもないから……」
「そっか……とりあえず新しい服を買わなきゃね。ボロボロになっちゃってるし」
ご飯を食べ終わった俺たちは服屋に向かうことにした。俺の服もそんなカッコイイとは言えないし、買い換えようかな。
◆ ◆ ◆
「どう?……かしら」
「似合ってるよ」
汚れてくすんでいた赤毛は、クリーンの効果でカーマインのように鮮やかになっている。彼女が動くたびに腰まで伸びた髪が揺れ、その真紅の髪に目を奪われる。可愛い系というよりは美人と言った方が正しいのだろうか。でもどこか垢抜けてなくて、大人びた少女という感じだ。整った顔立ちに、キリッとした目が大人っぽい。リアンは細いが、ローブの上からでも分かるくらい出ているところは出ている。
リアンの服を選んだあと自分のとカンナの分の服を買った。元々着ていた服はアイテムボックスの中に入れて置いた。ちなみにお金とかもアイテムボックスのなかに入っている。
宿屋に帰る前にギルドに立ち寄った。依頼の薬草を渡すの忘れていたからな。
「……9,10本! これで全部ですね。全部で3000ゴールドになります」
やはり、魔物討伐よりは単価が安いようだ。まあ魔物と戦うより安全だしね。その後は宿屋に戻って一日を終えた。ちなみに俺は1人で、カンナとリアンで大きめの部屋に泊まった。流石に3人は狭いし、他にもいろいろと問題が……ね?まあカンナの寝顔を見ることが出来ないのは若干悲しくはあるが。
俺は受け付けで借りることができる、お湯が入った桶とタオルで身体を拭いたあと、ベッドに寝転がっていた。明日は野営の用意を買いに行かないとな。テント、鍋にフライパンに調味料や、食料など必要なものがたくさんあるな。そんなことを考えて寝転がっていたら、今日はゴタゴタがあったせいで疲れていたのかもしれない。俺はいつの間にか眠っていた。