勇者伝 堕落
今日は絵師さんに描いてもらった表紙絵が最後にあるのでぜひ楽しみにしていてください!
「うるせぇな、俺は勇者だぞ! 国を救ってやろうって言ってるのにケチくせぇことを言うな!」
「ああ! ……でも、それは大事なものなんです。他のものなら渡しますから……」
「うるせぇ! もう一度言うぞ、俺は勇者だ!」
少年はそれだけ言うと、恐らく防具屋の主人であろう男性の手から、1本のネックレスをひったくる。ああ、と男性の口から漏れる声は、悲哀に満ちていた。
それは男性にとって亡き妻の唯一の形見であった。
「こんな所で油を売っていたのか、そろそろ帰らないと夕飯に間に合わねぇぞ?」
「わーってるよ、今行くわ」
勇者である少年は、まるで何事もなかったかのようにその場を後にする。
「……なにが勇者だっ! こんなことがあっていいのか! ああ、女神よ、なぜ貴女様は私にこのような仕打ちをするのでしょうか…愛する妻との繋がりさえ絶とうとするなんて……あんまりだ」
その場に取り残された男性は、まるでこの世に希望を捨てたように言葉を吐いた。
◆ ◆ ◆
「あーこの世界は楽しいな、欲しいものも簡単に手に入るし、みんなが俺にペコペコするんだぜ? ほんと笑っちゃうよ」
「ああ、そうだな。それにこの魔術とかもなかなかに面白いしな」
「ギャハハ、マコト今日マジで鬼畜だったじゃん。あのおっさんめっちゃ絶望した顔だったよ?」
髪を金色に染めた少女は足を組みながら、下卑た笑いを浮かべていた。
ここはエルガレフト神国の副神都バルエルにある城の中だ。
城内の一角にある食堂では夕食を食べ終えた少年少女達が話に花を咲かせている。もっとも、綺麗な花ではなく毒々しい柄が付いた花であるが。
この少年達は魔王を倒すために、女神の信託によって異世界より召喚された勇者であった。
食堂の一角、向かい合うテーブルには4人が腰掛けている。
「あーそういえば、この前追い出したあいつどうなったかなー」
「どっかで野垂れ死んでそうだな」
「それもそうだな」
真はトウマのことを心底嫌っていた。
真には想いを寄せていた相手、同級生である女の子がいた。抑えれない想いを打ち明けようとしていた彼はある現場を見てしまった。
そう、その女の子がトウマに告白する現場である。トウマはその女子には興味がないのか見向きもしなかったが、その事実は真のプライドに大きなダメージ与えた。
自分より下だと思っていた存在に負けたその事実に。
スクールカーストトップに君臨していた彼は、それが人生で初めての劣等感を感じる出来事であった。劣等感は彼の心を蝕み、苦しませた。
その時から、トウマに対しての当たりが強くなり始めた。
面倒な仕事があるとトウマに押し付けようとしたり、他の人にトウマの悪い噂を流したりもした。もちろん、トウマは普段からそこまで目立つ行動している訳では無いのでそれによっていじめられたりはしなかった。
だが、それがある事件へと繋がってしまう。
何の変哲もない国語の授業中にそれは起こった。
突如として現れた巨大な魔法陣は、教室を囲み、眩い光と共に異世界へといざなった。
「……ここは……?」
あたりを見渡せば、そこは白い建物の中であった。おそらく教会であろう建物の中には、彫刻がなされた柱や、神様のような像があった。
真は起き上がると、何やら白い修道着のようなものを着た人に気づく。
「皆さまお聞き下さい。私はエルガレフト神国の枢機卿のカルロス・ラソフスと申します。ここは皆さまがいた世界とは違う別の世界オスベルトと言います。古来より伝わる勇者召喚の儀式によって皆さまを召喚いたしました。
本来なら召喚の儀式をした聖女様から説明がなされるところですが、聖女様は魔力を限界近くまで使用し、とても衰弱されているので、代理として私の方から説明させて頂きます」
別の世界?勇者?なんだそれは。とラノベに疎い真は思った。しかし、ここが本当に日本とは違う世界なら帰して貰わないといけない。
「どういうことだ! 早く俺たちを元の世界に戻せ!」
真は怒りにより声を荒らげる。
最初はテレビのドッキリかなんかだろうかとも思ったが、物理的にそれは不可能であると真は悟る。
そう、真達が召喚されたのは、紛れもない剣と魔法の異世界、オスベルトにあるエルガレフト神国という国だった。
彼らは魔王を倒すために異世界に召喚された。
「おおっ!」
ステータスの記録をしていた1人の男性から感嘆の声があがる。
そう真は有力なスキルを何個も保持していたのだ。
自身のステータスの確認も終わり、誘導された場所にて待機する。
混乱もだいぶ落ち着き、気持ちを整理しようとしていた。
そんな中、何やら驚きの声が上がる。
「勇者の称号がないだと!?」
どうやら勇者の称号がない生徒がいるらしいと聞き、誰だろうかと真は近づいていく。
そこにはアイツがいた。真が最も嫌っている相手、そう楠木斗真だ。
そう、クラスのカーストのトップに君臨している海堂真は、この世界にクラスメイトと一緒に勇者として召喚された。
だが、真が嫌っている楠木斗真 はただ一人、勇者の称号がなかったのだ
どうやら勇者の称号がない転移者は過去にいないらしく、トウマは犯罪者なのではないかと疑われていた。
真はこれをチャンスと捉えた。散々煮え湯を飲まされたトウマへの復讐としてだ。
「犯罪をしたってのは聞いた事はないが、時々不審な行動をしてるから、その可能性もあるかもしれない」
枢機卿と名乗る男の質問に対して真はそう答えた。
もちろんトウマを陥れるための嘘である。これは真の賭けでもあった。もしこれが嘘とバレれば周りからの信頼もガタ落ちであるし、何より今まで築き上げてきたカーストトップという地位を失うかもしれないからだ。
追い打ちをかけるよう、真は彼の取り巻きであるメガネをかけた少年に目配せをする。
「確かに、不審なことも多いな。あんまり人と喋らなかったり、薄暗い路地に入って行ったりな」
真の取り巻きのメガネは真の援護射撃でもするかのようにトウマに対して言葉を放つ。
周りはザワザワと騒ぎ始める。
時折、私も見たことある……などの声も聞こえる。
真はひっそりとほくそ笑んだ。過去にトウマの悪い噂を流した成果がこの時、顕著に現れたのだった。
枢機卿の男とトウマは言い争いになるが、ここまで来たらトウマに勝ち目はないだろう。
「やはり、こいつは犯罪を犯しているのじゃ! 即刻ここから追い出せ!」
その言葉を最後にトウマは教会から追い出された。
真はせめてトウマの立場が悪くなれば、と思っていたので、期待以上の結果に今まで溜まっていた膿のようなものが流れていく気がした。
同時にトウマへの劣等感が消え、謎の全能感に包まれる。
そして彼は思った。自分は強い、そして特別な存在である。ならばこの世界なら俺は何をやっても許されるのではないかと。
すでに犯罪者の汚名を着せられて追放されたトウマの姿は、彼の頭に残ってはいなかった。
◆ ◆ ◆
そして現在に至る。教会の中でなければ何があってもバレないし、許される。これまでの行動がそれを示していた。
最初は小銭をちょろまかすなどの小さな悪行だったが、次第に増長していった彼は勇者という名前を盾に、神から与えられたそのステータスを使い、暴力により、強盗や恐喝などを働いていった。
気に食わない者には手をあげ、しまいには腕を切り落としたり、家を燃やしたりした。それでも教会側は真を止めようとはしなかった。
次第に人々は勇者という存在を恐れるようになって行った。
トウマたちはこのことを知る由もなかった。




