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短編集

とある兵士の手記

 ガラクタの寄せ集めを、人はガラクタと呼ぶのだろうか。

 この陰鬱な町を歩いているとそんなことをふと思う。荒廃した町並み、瓦礫を積み上げたような家が連なっている。あるのは廃棄された使い道の無いガラクタの山と、どうしようもない砂漠のみ。

 道行く人もいないのに声を張り上げてガラクタを売る店主、買う男もいないのに道ばたで身を売る売春婦、叶いもしないのに祈り続ける信者、治りもしないにデタラメを言う闇医者、ガラクタしか無いのに山でモノを集める子供たち。右も左も、上も下も、誰も彼もが狂っていた。

 かつてメインストリートと呼ばれ、もはや見る影もなく潰れた道を歩き、濁った水しかない酒場へ足を進める。今日の成果をマスターに伝えれば、枯れ果て、潰れた声で労いの言葉と共に渡された報酬は持ちきれない程の鉛玉だった。

 マスターの顔には、かつて栄えた頃の笑顔があった。体格の良かった過去からは見る影も無く見窄らしく老いたが、まだ町が栄えていた頃に俺が立ち寄った時とその笑顔は寂れて今日に至るまで変わらない。まるで笑顔を切り取り、貼り付けられたようだ。つり上げられた頬は昨日見た時と寸分違わず、刻まれたシワは笑顔を浮かべたまま年老いたように、奇妙に刻まれていた。

 俺は濁った水を注文する。マスターは笑顔を変えず、液体がたっぷり入ったボトルを持ってきた。濁り、汚泥すら沈殿するボトルを受け取って、一口呷る。砂利が口の中に広がり、不快な後味を残していく。しかし人間とはある意味怖ろしいもので、最初は慣れなかったこの砂利の感覚も、上手く砂を吐き出す方法も、自然と身に付いた。

 マスターは『どうだ、仕事終わりの一杯は』としゃがれた雑音のような声で話しかけてくる。マスターはこれを酒だと思い込んでいるらしい。

 俺は適当に言葉を返して酒場を後にした。マスターは最後まで笑顔を浮かべたままだったし、料金だと手渡されたのがガラクタの破片であることにすら気付いていなかった。それでも『ありがとうございました。またのお越しを』と頭を下げて俺を見送った。

 紙幣も貨幣も、街中を探せばそこら中に吐き捨てるほど落ちている。砂だらけの道で太陽の光を反射させるものがあれば、それは薬莢かコインと相場が決まっている。しかしそんな物を求めて地を這う者など皆無だった。当たり前だ、そんなものに何の意味があるというのだろう。

 報酬の薬莢がポケットからぽろぽろと落としつつも意に介さず、ザクザクと砂だらけの道を歩いてメインストリートへ足を進める。そこは先ほどの静けさが嘘のように、右から左から悲痛や失望の絶叫と歓喜と狂気の奇声で溢れかえる。

 右を見れば、先ほど祈っていた信者の男が売春婦を襲っていた。売春婦は乱暴に扱われながらもどこか嬉しそうに乱れ、信者の男は神の名を叫びながら喚き狂っていた。

 左を見れば、白衣を着た闇医者が店主と渇いた木の値段を競って交渉していた。片やこれを何でも叶う魔法の杖だと言い、片やこれを素晴らしい注射器だと言い。全くかみ合わない会話を繰り返している。


 狂ってる。

 その一言で、全てが形容出来た。


 今日も俺は洞穴のように積み上げたガラクタの山へ帰る。それは家とも言えず、やはりガラクタの山で。部屋とも呼べぬ何もない空間で。壁にしているガラクタへ背を預け座り込む。肩にかけていた銃を下ろし、全身の力を抜いた。持ち上げた震える両手を見て、息を吐いた。この狂った世界で、もはや自分が正気を保っているとは思えなかった。

 ガラクタだ。俺も、この町も。何の意味もなく生き、守る者もいないのに銃の引き金を引く。満たされることのない餓えに耐え、いずれ来る死を迎えるのみ。

 いったい、俺は何をしたかったのだろう。この見捨てられた町で、焼き払おうとした国さえ敵に回しても。

 いったい、俺は何を守ろうとしたのだろう。この狂気しかない町で、ガラクタばかりの場所で。

 もはや自分は、過去の誓いに突き動かされる亡霊のようだった。問うても問うても答えは出ず、そんな自問自答を繰り返しながら、今日も眠るのだ。昨日と同じ、きっと明日も明後日もあの日の選択を悩み続けるのだろう。

 そう思っていた。

「おーい」

 微睡みの海に溺れかけた時、誰かを呼ぶ声が意識を呼び戻した。

「おじちゃーん」

 幼い子供の声、しかも最初の呼び掛けとは声色が違う。洞穴から這い出て、周囲の様子を確かめる。すると、数人の子供があちこちでキョロキョロと頭を振っていた。

 その内の一人が俺の顔を見つけると、「あ!」と声を上げて指差しながら「おじちゃん見つけたよー!」と他の子供に報せた。そうやってわらわらと群がってくる子供たち。

 それはいつか、手が空いた時に相手をしてやったことのある子供たちだった。その一人がガラクタをぐちゃぐちゃに積み重ねたガラクタを差し出してきた。

「おじちゃん! ほら、見て! これ!」

 両手に載せられたガラクタを見ても何か分からない。無機質なプラスチックや小さな屑鉄が円形と呼べなくもない形を取っていた。その中には、ところどころに薬莢が月明かりで煌めいて見える。上部は鉄釘が上を向いて固定されていた。真ん中に平らな長方形の板が乗せられ、絵とも文字とも言えない線をぐちゃぐちゃにしたような模様が描かれている。

「本当はね、もっと高く積むつもりだったんだけど、倒れちゃいそうだったから止めにしたの!」

「それと、釘に火を付けようと頑張ったんだけど、どうしても付かなかったよ。ごめんね」

「赤い粒々は幾ら探しても見つからなかったから、銃の弾で代用したんだ!」

 嬉々とした顔で別の子供が見せて来たのは、ボロボロに擦り切れた絵本だった。その子が指をさすページにはテーブルの上に大きなバースデーケーキを乗せて笑顔を浮かべる家族の風景があった。

「ほら。前におじさんが遊んでくれた時は笑っていたけど、最近は笑ってないから」

「どうやったら笑ってくれるか話し合ってたの!」

「で、ちょうどこの子がこんなものを持ってたんだ」

「なんかさ。ほら、これを見たらこの真ん中の奴を見てみんなが笑ってる気がしたからさ。おっさんもこれと同じものを渡したら笑うかなってさ」

「みんなで話し合って材料を集めて来たんだ!」

 子供は口々に笑う。狂った笑みではなく、純粋な笑顔で。それが錆び切った心が、止まっていた心臓が動き出した気がした。

「お、おい。おっさん?! ちょ、話が違うぞ!」

「あれ、おじちゃん。何で泣いてるのー?」

「お、おじさん。ごめんなさい! 別に悲しませるつもりは無かったの!」

「そうだよ! お姉ちゃんは悪くないよ! ごめんね、きっとこの赤い粒々を見つけられなかった僕が悪いんだよ……」

 涙をこぼす俺を見て、みんなは慌てたように俺の体を揺すった。俺は落ち着くように言って、お礼の言葉と共にそのガラクタを受け取った。別に今日が、俺の誕生日というわけでもないけれど。

 俺は精一杯の笑顔を作った。下手かもしれないそれに、子供たちは安堵したように息を吐いてみせた。中には安心して泣き始めた子もいる。俺は子供たちを部屋とも呼べぬ何もない空間に招いて、テーブルに見立てたガラクタを置き、その上に渡されたガラクタを乗せた。それを囲むように、まるで絵本を再現するかのように子供たちはガラクタの周りに集まった。

 日々を楽しそうに話す声。何もなく狂った世界で、それでも子供は純粋だった。

 やがて子供たちは眠りに着く。可愛らしい寝顔を浮かべて。それを見ながら、震える手を無言でガラクタの上にあるガラクタに伸ばす。

 子供たちはこれをバースデーケーキだと思っているのだろう。しかし実際はガラクタの山から取り出されたガラクタの一部と言われても誰も分からない。しかし子供はそれでもこれをバースデーケーキだと信じるのだろう。

 きっと、誰かから見れば俺はガラクタなのだ。差し出されたガラクタも、この子供たちでさえも。


 しかし俺には、目の前のガラクタがガラクタだとは思えなかった。このガラクタを構成する部品一つだって、ガラクタではないのだ。鈍く輝く薬莢は苺で、象る円形はシフォンケーキ、逆さに立つ鉄釘は蝋燭なのだろう。一つ一つに意味がある。だからこそ、これはバースデーケーキなのだ。

「……そうか。そういうことか」

 例え誰かにガラクタと言われようとも。それでも町の住人は、生き甲斐を持っていた。例え誰かにガラクタと言われようとも。自分には意味があると、ガラクタではないと。世界で自分だけでも否定出来るように。


 きっと意味がないものこそがガラクタなのだ。意味が分からないからこそガラクタと呼ぶのだ。


 ならば。

 ならば、俺はこの意味を守らなければならない。

 その決意を胸に、俺はこの手記を記している。もし仮に、万が一のことがあったとして。例え大多数の誰かが、これを『ガラクタ』と呼ぼうとも。この手記を読んだ誰かが、このガラクタを『バースデーケーキ』と呼んでくれることを願って。

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