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エンドリア物語

「伝説の魔法道具」<エンドリア物語外伝90>

作者: あまみつ

 世の中には、神様が与えたとしたとしか思えない【力】のようなものを持っている人間がいる。特定の人に、人の力では、どうにもならないことが重なり合って起こる場合のことだ。

 雨男、晴れ女、クジに当たりやすい、などだ。

 そして、オレは、生きて行くには必要ないが、桃海亭をやっていくには便利で、オレにとっては迷惑千万な【力】が存在することを知ってしまったのだ。

「これ買ってよ!」

 甲高い女の声が食堂に響いた。

 その時、オレは昼食の豆のスープをのんびりと飲んでいた。店の話し声が、食堂で明瞭に聞こえる理由はひとつしかない。店舗と住居を隔てている扉が開いているのだ。

 オレは立ち上がって、扉を閉めに食堂を出た。

 予想したとおり、扉が半開きだ。

「そんなに怖い顔して何かあったのかい」

 ハニマン爺さんの穏やかな声が聞こえた。

「どうしても欲しい服があるの。だから、これ買って」

「こんなに綺麗な魔法道具、売ったら二度と手に入らないよ」

「前の彼氏がくれたんだけど、鳴かないのよ。だから、いらない」

「本当にいいのかね」

「いくらで売れる?」

「鳴かないなら、銀貨1枚というところかな」

「えぇーー、それじゃ、服が買えない」

「欲しい服はいくらかい?」

「銀貨3枚」

「その金額で買い取るのは無理だね」

「ねえ、いいでしょ」

「困ったな」

「お願い」

「わかった。でも、今回だけだよ。それと他の人に高く買ったことは秘密だよ」

「わかってるって」

「ほい、銀貨3枚」

「おじいちゃん、ありがと!」

 扉が開いて、店から誰かが出て行く音がした。

 オレは怖い顔を作ると、店に入った。

「爺さん、若い女の子だからといって甘い査定は………」

 ドドドッという2階の廊下を駆ける音、続いて、ドンドンと落ちる音、そして、まだ開いている住居に通じる扉からゴロゴロと転がって入ってきたのは元祖居候、ムー・ペトリ。

 ピョンと起きあがると、キョロキョロと見回している。

「ど、どれしゅ?」

「わかるか」

 爺さんがフォフォと楽しそうに笑った。

「ムー、どうしたんだ?」

「ベロベロ魔力がいっぱいしゅ」

「これだ」

 爺さんが指したのは、鳥かごにはいった白い小さな鳥。

「ほぉーーーーーーしゅ!」と叫んだムーは、そのまま後ろにひっくり返り、床に大の字になった。

「なんですか、この魔力」

 納戸にいたはずのシュデルが、眉をひそめて店に入ってきた。

「可愛いだろう。死鳴き鳥だ」

「シナキドリ?」

「これが死鳴き鳥ですか」

「本物しゅ、本物しゅ」

 飛び起きたムーが、両手を上に挙げて、踊り出した。

 オレは見なかったことにした。

 昼食の続きをするために食堂に戻ろうとすると、シュデルにシャツの裾を掴まれた。

「まだ、食事中だ」

「わかっています。急いで済ませてきてください。それまでは、僕が店番をしていますので」

 納戸の整理があるからとハニマン爺さんに店番を変わってもらったばかりだ。

「爺さんが店番をやってくれるんじゃないのか?」

「あの様子では無理だと思います」

 白い小鳥を見ながら、ムーと爺さんが何やら話している。2人とも目がキラッキラッと輝いて、実に楽しそうだ。

 シュデルがため息をついた。

「どうぞ、お二人とも続きは部屋の方でお願いします」

「ほいしゅ」

「悪いな」

 ムーと爺さんが、鳥籠を持ってイソイソと2階に上がっていった。

「店長は、早く食べてきてください」

「わかった。その前に聞いてもいいか?」

「死鳴き鳥は伝説の魔法道具です。これでいいですか?」

 質問の前に答えを言われた。

 オレはうなずいて、食堂に戻った。

 豆のスープは冷めていて、少しだけ悲しかった。




「【死鳴き鳥】が伝説の魔法道具っていうのは本当か?」

 納戸の整理が終わったシュデルが、店番を手伝いに来てくれた。オレは展示してある商品の手入れをしながら、カウンターにいるシュデルに聞いた。

「本当です」

「この仕事をしているから、有名な魔法道具の名前は一通り覚えたつもりだが【死鳴き鳥】については聞いたことがないぞ」

「知っている魔術師の方が珍しいと思います」

「それで、有名な魔法道具?」

「有名ではなく、伝説の魔法道具です」

「有名な魔法道具と、伝説の魔法道具の違いはなんだ?」

「有名な魔法道具は多くの魔術師が知っている魔法道具のことです。伝説の魔法道具は”あると思われるが見つかっていない””あるのはわかっているが所在がわからない””所在も効果もわかっているが、既存の魔法道具からかけ離れている”というようなものの総称です」

「すると【死鳴き鳥】はあるとわかっていたけれど、所在がわからなくなっていた魔法道具でいいのか?」

「そうなります。前にハニマンさんが買われた【白の面】も伝説の魔法道具と言えると思います」

「爺さんが店番している時間に2個も見つかるってことは、伝説の魔法道具っていうのは、たくさんあるのか?」

「たくさんあります。僕も全部は覚え切れていません」

「伝説とついても、珍しいわけじゃないんだ」

「珍しいというか、魔術師でも一生に一度も目にすることがない方が普通だと思います」

「へっ?」

「だから、伝説なんです」

 シュデルが微笑んで2階の方を見た。

「ハニマンさんには伝説の魔法道具を見つける力が備わっていられるのかもしれませんね」

「古魔法道具店の店主なら欲しい力だけど、爺さんには無用の長物だろ」

 シュデルがクスクスと笑った。

「すみません、昨日、ハニマンさんが言っていったことを思い出してしまいました」

「何を言っていたんだ?」

 オレの問いには答えず、代わりに別のことを口にした。

「店長、言い忘れていました。【死鳴き鳥】は異界への回廊を開くためのアイテムです」




「困っている」

「困ったしゅ」

 階下から『夕食だ』と呼ぶと、2人が食堂に降りてきた。

 財布を落とした後のように、どんよりと暗い。

「小鳥が」

「動かないしゅ」

 爺さんが手に持っていた小鳥をテーブルの上に置いた。オレは慌てて席から立って、壁に張り付いた。

「おい、小鳥が籠に入っていない」

「問題ない」

「大丈夫しゅ。あれは普通の鳥かごしゅ」

 テーブルの側に寄り、顔を近づけてみた。

 数センチまで近寄って、ようやく作り物だとわかる。全身を覆う羽も何か柔らかい人工物で作られているようだが、何でできているのかはわからない。

「この鳥、動かないのか?」

「動かすだけなら簡単だ。ここに触れて魔力を流し込むばよい」

 爺さんが小鳥の足に触れた。小鳥は美しい声で鳴いた。爺さんが指を離しても鳴き続け、1分ほどで鳴くのをやめると羽繕いをして、首を傾げて動かなくなった。

「動くならいいだろ」

「違うしゅ」

「この鳥には空間を開く機能がついているはずなのだが、その機能が動かないのだ」

 オレは聞かなかったことにして、鍋をかき回しているシュデルの隣に移動した。鍋の中はキャベツたっぷりのスープにソーセージが4本。豪華な夕食だ。

「店長、そこのパンをテーブルに運んでください」

「わかった。ムー、その鳥は邪魔だから、片づけてくれ」

「ほいしゅ」

 ムーが小鳥を両手ですくい上げるように持ち上げた。オレはパンの入った籠を、テーブルに置くため振り向いた。オレとムーが、すれ違った。

 ピヒューーー……

 奇妙な音がした。

「うぉーしゅ!」

 ムーが持っている小鳥の目が、赤く輝いている。

 爺さんの手が、ムーの腕をつかんで小鳥の顔を窓の方に向けた。

”アピアラ…”

 機械的な声が聞こえた。

 窓の前に赤い渦のようなものが現れた。

”……ラ…ラ………”

 声が途切れ途切れになり、渦も消えた。

「…………出たしゅ」

 ムーが感激している。

「途中までだけどな」

 そう言ったオレを、ムーがギッと睨んだ。

「出現したな」

 爺さんが神妙な顔で言った。

「だから、途中までだろ」

 オレが突っ込んでも、ムーも爺さんも反応しなかった。小鳥を数秒間にらむように見た後、いきなり爆笑した。

「ヒホォヒョホォ」

「グフグフッ」

 しばらく笑い続けた後、オレを見た。

「考えたしゅ」

「これほどの魔法道具の起動に、魔力なしの人間が必要だとは魔術師には思いつかん」

 オレはイヤな予感がした。

 スープ皿を一枚取ると、シュデルに差し出した。

「ソーセージをたっぷり入れてくれ」

「入れるのは構いませんが、店長に食べる時間がありますか?」

 後から殺気を感じる。

「食べてみせる!」

「わかりました」

 オレの皿を受け取ったシュデルが、スープをレードルですくい上げた。

 そこまでは見ることができた。

 薄れていく意識の中、『ソーセージ、ソーセージ』と叫んでいるオレの声が聞こえた。



「また、失敗したしゅ」

「わしらは何を見落としているのだ」

 目覚めると横たわったオレをのぞきこんでいる、ムーと爺さんが見えた。

 二人とも、眉間に縦皺が寄っている。

「…………ソーセージ」

「わからないしゅ」

「休憩にするか」

 オレとムーと爺さんで、煮込まれたソーセージ入りスープを飲み、パンを食べた。ムーと爺さんは小難しい顔で黙々と食べている。

 オレは久々のソーセージをゆっくり堪能した。ムーと爺さんは、食べ終わると暗い顔で2階にあがっていった。オレは食器を片づけてから店に出た。

 カウンターで短剣を磨いていたシュデルがオレを見た。

「大丈夫でしたか?」

「そう思うなら、ムーと爺さんと暴走をとめろよ」

「僕には無理です」

 そう言って、シュデルは微笑んだ。

「あのなぁ」

「償いというわけではありませんでしたが、僕は言いませんでした」

 微笑んでいるシュデルの目が、物言いたげだ。

「………わかるのか?」

「一部分だけですが」

「言うなよ」

「言っても問題ないと思います」

「なんでだ?」

「ムーさんもハニマンさんも、異界に行くことができないからです」

 シュデルが微笑んでいる。

 優位に立つ者の笑みだ。

「説明してくれ」

「店長は異界をご存じですか?」

「異次元と違うのか?」

「別物です」

「地獄、天国、冥界、幽界、神界、天上」

「全部外れです」

 考えたが思いつかない。

 待ちくたびれたシュデルが説明を始めた。

「異界というのは、別の世界の総称です。色々な場所があり、どのような場所というようなことはできません。扉を開いたら、即死する空間あります」

「異界が危険なら、扉を開けなければいいだろ?」

「危険とは限っていません。東方では妖怪のいる場所は異界とされています。妖怪の住む場所と繋ぐ道の作り方も確立されています」

「よくわからないが、わかったことにする」

「店長らしいです」

「それで、なんでムーも爺さんも異界に行けないんだ?」

「言葉が足りていませんでした。僕が言いたかったのは、店長が作る異界の扉を抜けることが出来ない、ということです」

「その口振りだと、何がおきたのか、わかっているんだな」

「魔力が多すぎるのです。僕も無理です。通れません。ブレッドさんくらい少なければ大丈夫だと思いますが」

 サラリとひどいことを言ったシュデルは微笑んだ。

「オレがどうかしたのか?」

 扉を開けながら、ブレッドが店に入ってきた。

 情報通は地獄耳でなければいけないらしい。そして、その地獄耳は時として地獄への扉を開くことになる。

 魔法協会エンドリア支部の経理係がカウンターの前に立った時、奥の扉が開いた。

「その話、わしも聞かせてもらおう」

「ボクしゃんもだしゅ」

 笑顔の爺とチビが、オレとシュデルを見ていた。




「それで、オレは何をすればいいんでしょうか?」

 ブレッドがオレに聞いた。

 丁寧な言葉遣いは、爺さんがいるからだろう。

「オレに聞くなよ」

 桃海亭の店内に商品の椅子を3つ並べて、爺さんとムーとブレッドが座っている。オレとシュデルは、客が来るといけないので、カウンター内に立っていた。

「ちょっと、お出かけしゅ」

 ムーが言った。

「どこに行けばいいんだよ」

 ブレッドが言った。いつもの言葉遣いに戻っている。

「【人ならざる者が住む世界】という言い方をされます」

 シュデルが微笑みながら説明した。

 ブレッドが天井を見上げた。

「前に聞いたこと気がする。あれは……異界……そうだ。異界だ…………ひょぇ」

 変な悲鳴をあげると、ブレッドは椅子から立ち上がった。そして、店の出口に向かって走った。

 爺さんがピンと指を弾いた。

 扉に手をかけた状態で、ブレッドが停止した。

 不自然な姿勢で停止したブレッドの額から、汗が滝のように流れている。

「どこしゅ?」

 ムーがオレに聞いた。

 オレは聞こえなかったふりをした。

「シュデル、扉はどこにあるのかい?」

 笑顔の爺さんがシュデルに聞いた。

 シュデルが笑顔で答えた。

「店長の夢の中です」

 オレはシュデルの脛を蹴飛ばした。

「店長、痛いです」

「何でバラすんだ!」

「どうせ、いつかはわかります」

 ムーが椅子から立ち上がった。

 扉の側に移動すると、ブレッドのすぐ側の床に魔法陣を書き出した。

「桃海亭の店内は、魔法陣は禁止だ!」

「今日はお休みになるしゅ」

「そういう問題じゃない!」

 叫んでから気がついた。

「休み?」

「臨時休業となると、出さないとな」

 ひょいと立ち上がった爺さんが、カウンターの裏にかけてある【臨時休業】の札を取った。

「待った!」

 オレが伸ばした手を器用に避け、ひょいひょいと扉のところまでいくとドアノブに掛けた。

「これで、もう安心だぞ」

 振り返った爺さんが、オレに笑顔を向けた。

「安心ってなんだよ。扉はオレの夢の中にあるんだぞ」

「見たのか?」

「扉らしきものは、見た」

 黒魔法の達人である爺さんに、嘘をついても無駄だ。爺さんがその気になれば、人道的に問題あろうがなかろうが、あらゆる黒魔法を使ってオレから事実を引き出すだろう。

「扉ではなかったのか?」

「入口という方が正しいと思う」

 爺さんはシュデルの方に向き直った。

「『ブレッドなら通れる』というのは、どういうことかな?」

「店長が開くことができる異界の門は、魔力の強い者が通ると干渉がおこり、壊れてしまいます。魔力のない者、または魔力が極端に少ない者しか通れません」

「そういうことか」と言った爺さんは、シュデルの頭をなぜた。

「助かったぞ」

「いいえ、僕は何も……」

「すぐに戻ってくる」

「行かれるのですか?」

「ほれ、これもある」

 ポケットから取り出したのは、白い鳥。

「こっちもオッケーしゅ」

 魔法陣を書き上げたムーが「よいしょ、しゅ」と、ブレッドの右足をもちあげて、魔法陣の中に置いた。

 硬直しているブレッドは、唯一動かせる目でオレを見た。涙が溢れんばかりに溜まっている。

「さて、行くかの」

 爺さんが白い鳥を、オレの額に近づけた。

 逃げるより、終わらせた方が早い。

 オレは両手をあげて、降参の意を表した。

 そして、ささやかな希望を口にした。

「眠るなら、シュデルのふかふかベッドがいい」



「なんか、背中が堅いんだよな」

 オレのささやかな希望は通らなかった。眠りに入る時に使ったベッドは、食堂の床だ。

「お前は寝ているだけいい!オレは立っているはずだ」

 文句を言ったのは、オレの隣に立っているブレッド。

 桃海亭に現れたときと同じ安物の白いローブを着ている。

「疲れそうだな」

「お前のせいだ!」

「早く終わらせようぜ。そうすれば、この悪夢から目覚められる」

「そう思うなら、教えてくれよ。どうやったら、終わらせられるんだよ!」

 オレとブレッドが立っているのは、灰色の荒野。何も生えていないから荒野というのは間違っているかもしれないが、とにかく、そんな感じの場所なのだ。空も灰色。地面も灰色。平らな地面が延々と続いている。

「前と同じなら、もう少しすれば扉が来ると思うんだけどな」

「扉が来る?来るって、なんだ?」

 ブレッドが聞いてきた。

 前回、爺さんに強制的に眠らされ、気がついたら、ここにいた。その時と同じものが聞こえた。

 羽ばたきだ。

「ほら、来たみたいだ」

 灰色の空に白い点。

 白い鳥がオレ達の方に向かって飛んでくる。

「あれが扉なのか?」

 ブレッドが手でひさしを作って、見上げた。

「前回は、あれに入口があった」

 真っ白い点が近づいてくると、ブレッドがオレを見た。

「違うぞ」

「同じだと思うけどな」

「何と同じなんだ?」

「爺さんが持っていた白い小鳥の魔法道具」

「オレも同じものを考えていた」

 ブレッドが空を指さした。

「ウィルには、あれが白い小鳥と同じだと言えるのか?」

「言える」

 オレは断言した。

 白い鳥が降りてきた。

 体長20メートルを超えた巨大鳥だが、爺さんの持っていた小鳥とまっったく同じ形だ。

「頭、大丈夫か?」

 心配してくたブレッドに、オレは言った。

「お前は合同、オレは相似。そう考えれば、オレもお前も正解だ」

「いま算数の話をして、どうするんだよ」

 ブレッドが脱力した。

「あれが入り口だと思う」

 巨大鳥の額に、赤い渦がある。

 渦を見るため、ブレッドが首をそらした。

「あそこまで、どうやって上るんだよ!」

 梯子もロープもない。

 オレはいきり立つブレッドの肩を叩いた。

「こういうときは、経験豊富なオレに任せろ」

「登る方法があるのか?」

「こうやるんだよ」

 オレは数歩さがると、上に向かって怒鳴った。

「おーい、渦に入りたいから、首をおろしてくれ」

 鳥はすぐに頭をさげてくれた。

「ほらな」

 ブレッドが再び脱力した。

「お前といると、時々人生がむなしくなる」

「そうか?」

「とにかく、あそこに入ればいいんだろ」

 ブレッドが鳥の頭によじ登ろうとした。

「待て!」

「どうかしたのか?」

 オレの強い制止の声に、ブレッドが青ざめた。

「先にすることがあるだろう」

「すること………何をすればいいんだ?」

 オレは鳥の向かって深々と頭を下げた。

「すみません。渦にはいるために、ちょっとだけ土足で登らせてもらいます」

 鳥が瞬きした。

「よし、許可を得たぞ。登るぞ」

 ブレッドをうながした。

 ブレッドが疲れた顔でオレを見た。

「ウィル」

「なんだ?」

「人生に疑問をもったことはないのか?」



「ここが入り口だと思う」

 赤い渦を指した。

「わかった。先にウィルが入ってくれ」

「オレは入りたくない」

「オレだって入りたくない」

 ブレッドが数歩あとずさりをした。

「オレは入らなくても問題ないが、お前は入らなくてもいいのか?」

 爺さんとムーは、入りたがっていた。ブレッドは彼らの代理のはずだ。

 ブレッドが停止した。

 硬直したのとは違う。ねじ巻き人形のゼンマイが切れた感じだ。

「ブレッド、大丈夫か?」

 近寄ったオレは、ブレッドにすごい力で突き飛ばされた。予想していなかったオレは避けきれず、渦に転がり込んだ。

「ブレッドぉーーー!」

 怒鳴ったオレは、続いてブレッドが渦に飛び込んでくるのが見えた。

「ほよっしゅ」

 ブレッドの口からムーの口癖が出た。

「ムーか!」

「わしもいるぞ」

 ブレッドの声だが、話し方は爺さんだ。

「目が、目が見えない!」

 こっちが本物のブレッドらしい。

「ボクしゃんが右目を借りたしゅ」

「わしが左目だ」

「オレの目を返せ!」

「右手もボクしゃんしゅ」

「左手はわしだ」

「オレの手を返せ!」

「足はいらないしゅ」

「ウィル。案内を頼む」

 バタバタと足を踏みならすブレッドの身体に腕を回した。

「諦めて異界巡りをしよう。飽きたら、戻れる」

「オレの目、オレの手」

「大丈夫しゅ。桃海亭に戻ったら、いつも通りしゅ」

 のんびりとムーが言った。

「目が見えんのは怖いか?」

 爺さんが言った。

「怖いに決まっているだろ!」

「ならば、こうしよう」

 爺さんの声が終わると同時に、オレの右目が見えなくなった。

「見える!見える。ウィル、目が見えるようになった」

 足をバタバタさせている。

「感激しているところ悪いが、そいつはオレの右目らしい。身体と位置が違うから気をつけろよ」

「わかった」

 弾んだ声で言った。

 自分の目でなくても見えるのは嬉しいらしい。

「見えても、楽しいとも思えないけどな」

 渦の中は歪んだ空間だった。空間がグニグニと絶えず動いている。色は赤。多種多様の赤の空間だ。深紅の空間もあれば、バラ色の空間もある。しっかり見ようとすると気持ちが悪くなってくる。

「まずは、あちらから見てみようかの」

「行くしゅ、行くしゅ」

 爺さんとムーに急かされ、オレはブレッドの手を引いて、グニグニの赤い空間を歩き始めた。



「それで何か見つかりましたか?」

「何もなかった」

 シュデルに聞かれたオレは、事実を答えた。

 鳥の頭の渦から行ける異界は、赤いグニグニの歪んだ空間が延々と続いていた。生き物もいなければ、生命らしきものは何も存在しない、空間の連なりだった。

「つまらなかったしゅ」

「死鳴き鳥が使われず、伝説になってしまったのもわかるの」

 人の夢への侵入。さらに夢にいる人物の乗っ取りという悪行を働いた2人は、反省の色もなく、異界に文句を垂れている。

 異界行きで得たものがなかった、はずだったが、唯一、得た人物がいた。ブレッドだ。

「ほら、見ろよ。金貨10枚だぜ」

 桃海亭のカウンターにいるオレに、金貨を見せびらかしている。

 異界の詳細な様子を魔法協会にレポートにして提出。特別手当として金貨10枚をもらったのだ。

「そろそろ帰れよ。さぼっているのがバレると、ガガさんに叱られるぞ」

「そうだな。帰るか」

 金貨を財布にしまって、笑顔で店を出ていった。

「僕は昼食の支度をします。店のほうをお願いしてもいいですか?」

「わかった」

 オレが店番を引き受けると、シュデルが食堂に移動した。

「ボクしゃん、寝るしゅ」

 ムーが2階にあがっていった。

 食堂からシュデルが戻ってきた。

「店長、塩が切れているようですが、知りませんか?」

「右の戸棚だ」

「右の戸棚には入っていませんでした」

「下の食品庫に予備があったはずだ」

「どこのあたりですか?」

「右側の下のあたりの…………」

 爺さんがつまらなそうに言った。

「店番をしてもよいぞ」

「悪い。すぐに戻ってくる」

 オレがカウンターを出ると、爺さんが代わりに入った。

 塩を探すのに手間取り、店に戻るのに10分ほどかかった。

「爺さん、あとはオレが…………なんだ、それ?」

 カウンターの上に置かれているのは、ボロ布でできた細長い棒。

「今、買い取った」

 満面の笑顔の爺さん。

 2階から階段を駆け下りてくる足音が聞こえる。

 眉をひそめたシュデルが店に入ってきた。

「この異様な魔力はなんですか?」

 答えを言ったのは、転がり込んできたチビだった。

「古代プッキで作られていた伝説の布棒しゅ」

【伝説】の魔法道具。

 オレは布の棒をつかむと、ゴミ箱に投げ込んだ。



 

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