新琴似2017
精神の入れ替わりなんて非科学的なことが起きるはずもない。繰り返し体験してさえそう思う。しかし人間の意識も所詮電気信号。量子もつれによるトンネル効果だとかそういうので時空を越えることは考えられなくもない……こともなくはない。名前が同じせいで神という名の地球担当下っ端シスアドがデータ混同しやがったと考えるよりは、ありそうなことだ。
3度めだったか。その旨をメモにしたためて翌日男子に戻った僕の元にもオカルトめいたメモが残されていた。
『私の器に降臨なされた貴方は光の戦士様なのですか?
貴方の器を借りて降り立った私は白き巫女です。
一緒に最終戦争に備えませんか?
P.S.トイレやお風呂に入ったら殺す』
;`;:゛;`(;゜;ж;゜; )ブフォ
うわぁ……。ゆるくねえな。昭和の女子高生は頭がトワイライトゾーンだった。恐怖の大王に来訪予定をブッチされた未来人はスーパーナチュラルな力を信じなくなったのだと教えてあげたい。とりあえず、入れ替わりという認識だけは合意とみてよろしいですね。追伸のトイレ禁止は既に破っているからスルーせざるを得ない。丸1日我慢するなんて無理がある話。耐え切ったら夜の間に彼女にとって大変不名誉な事態になると思われる。
電波ゆんゆんな内容はどこまで本気なんだろうか。『君の名は。』ごっこと似たようなものだとしても文字で書き残すと大概黒歴史。大真面目で書いているかもと思うといたたまれないわー。南米古代文明の戦士なら現代日本よりもスペインが攻めて来た時に集団転生して救えよって感じー? 茶化してないと腹筋崩壊してしまうわー。
と思いつつ、一笑に付せない。こういったマヤやアステカの戦士と巫女が歴史上果たした役割は公然の秘密としてよく知られている。冷戦終結時にスナイパー大通の壁を打ち壊した立役者こそ、彼らだった。この異様な文面を正しく解釈するためには少し前提の説明が必要になる。
冷戦当時、日本は南北に分割されていた。と言っても北海道だけの分割で、いわゆる旧北方領土が日本民主主義共和国だった。釧路と留萌を結ぶラインから北と、石狩沼田から北札幌までのはみ出しである。炭田と港を抱える釧路・留萌を押さえにかかっているところで当時の石炭の重要性が分かる。侵略を免れた空知炭田は南側の大事なエネルギー源になった。遠幌加別はその空知炭田にある。
札幌ではソ連軍も後の統治を考えて紳士っぽく入市し、急いで駐留を始めた米軍と睨み合った。道東、特に千島の凄惨な状況は伝わらなかったから、市民の間では今まで殺し合っていた米軍や威張り散らしていた職業軍人・警察よりも中立のソ連を歓迎するムードが強かったと伝えられている。結局、札幌市は大通を緩衝地帯として南の札幌市と北のワシレフスク市に分離した。僕が住む北区新琴似は当時ワシレフスク市側になり、市中心部へ物資を運び込む中継点のひとつだった。
自由主義陣営と社会民主主義陣営のショーケースとしてお互いのアピールの場になった札幌・ワシレフスク。しかし両陣営の豊かさに差が見え始めると大通に壁が2枚設けられて、北壁を越えると南壁に辿り着く前に撃たれるようになった。かくも南北は断絶されていた。かつて2枚の壁に挟まれていた大通公園で統一後に開催されている札幌雪まつりは、元々、射殺された脱北失敗者を弔う慰霊祭として始まったものだ。イベント化して鎮魂の思いを忘れていないかと毎年論争になるのを道民なら聞くだろう。内地では遠い話で、ソ連に北方領土が占領されたおかげで全千島と樺太全島が手に入って結果的に良かったなんてひどいことを愛国サポーターが公然と語るありさまだが……。
さて昭和の末の日本では、と言うと北方領土を除いた自由日本国のことだが、自分の前世は南米の最終戦士だったと称して手紙のやり取りを求める遊びが流行っていた。手紙! なんとアナログな。本人たちが本心から信じていたにしろ友達や恋人欲しさのRPだったにしろ、一大ブームだったそうだ。この自由日本でのブームはなんと北にも波及した。初期に決起の呼びかけかと思って色めき立った超コワモテな北の政府は、ただの電波な雑誌や手紙と分かると検閲を素通しするようになったのである。南北に分割された札幌とワシレフスクの間で若者の文通が盛り上がった。これが結局は南北再統合の最後のひと押しになった。
ベルリンやバルト三国の動きを聞くや、彼らも決起して打ち壊しにかかった。北の兵士は南の市民を撃ったら戦争だと理解してしまって何もできず、なし崩し的に大通の国境は崩壊。旭川方面の砂川と深川の間にあった妹背牛の壁や、白糠と釧路の間を遮っていた恋問の壁という、いかにも「引き裂かれた恋人たち」みたいな名前の拠点も次々打ち砕かれた。女学生同士で文通していたはずがおっさん同士で意気投合して飲みに行ったなんて悲喜劇も起こしつつ、南北日本は再統合を果たした。戦士や巫女を自称する若者たちは歴史上確かに役割を務め上げてしまったのだった。