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第5章 君を怖がる

翌日、俺は予定の時間よりも1時間早く着いていた。

人生初のデートだよ? 浮かれない訳がないじゃないか。

そわそわしながら待っていると、携帯にメールが届く。

笠島さんかと思い、慌ててそのメールを見てみると、送り主は、登録してないアドレスだった。

「……誰だ?」

見たこともないアドレスだ。家族のでも無いし、笠島さんのでもない。

疑問に思いながらメールを開いた。

『おい~す! 津守くんの大親友の中鶴翔太だ! 今日はデートだって聞いて、あいつの携帯勝手に見て

お前のメアドを勝手に知っちゃったぜ!』

メールの最初の文章に名前が書いてあったおかげで正体が分かったよ。

ってか、人の携帯勝手に見るなよ! プライバシーの侵害だぞ!

そう心の中で突っ込みながら、メールの続きを読む。

『女子とのデートなんて初めてのあなたに、デートのポイントを教えてあげるよ!

ポイントその1! どうせお前は奥手な奴だから、乙嶺にエスコートしてもらうんだろうけど、

その中でも、自分の意思を示せ! 素直に思ったことを口にして、自分の意見をしっかりと言うんだ!』

自分の意見か……。確かに、自分の思ったことはちゃんと伝えないといけないよな。

今まで散々言えずにいたし、かなりもどかしかったからな……。

『ポイントその2! ……まぁ、相手が何を望んでるか見極めればいいんじゃね?」

急にテンション下がった! 考えるの飽き始めただろ!

『まぁとにかく、頑張れよ。じゃあな』

メールの文はそこで終わっていた。何がしたかったんだあいつは……。

でもまぁ、いいヒントは貰ったのかな。

自分の意見をしっかり言うようにしよう。それが今日の俺の目標だ。

……しかし、1時間前は流石に早すぎた。笠島さんが来るのも、せいぜい15分ぐらい前だろう。

まぁ、待つのは嫌いじゃないから別にいいか。何も考えず、ぼーっと 出来るしなぁ……。



「お待たせ~」

そして、文字通り空を見上げてぼーっとしていたら、笠島さんの声が聞こえた。

目を向けてみると、そこには、私服姿の笠島さんがいた。

当たり前の様に学校では制服姿しか見ない。そのせいか、私服姿がより新鮮に見えた。

「……お、おはようございます……」

「おはよう。結構早く来たつもりだったんだけど、津守くんのが早かったね」

「は、はい……早く起きて暇だったんで……」

俺は笠島さんの姿から目が離せなかった。

改めて彼女の可愛さを再認識する。こんな可愛い子が今から俺とデートしてくれるのか? 夢でも見てるんじゃないのか俺は。

「……私の服、変じゃない……かな?」

不安げに聞いてきた。俺がまじまじと見ていたから気にしてしまったのかな。

「すっごく似合ってます! めちゃめちゃ可愛いです!」

心の底から本心で言った。

「ふぇ? そ、そう……? な、なんか素直にそう言われると照れちゃうな……えへへ……」

「あ……そ、その……すいません」

いかん、舞い上がってしまった。落ち着け俺……こんなテンションじゃ1日持たないぞ。

「それじゃあ、いこっか。私が行きたい所でいいんだよね?」

「は、はい。お願いします!」

その後、俺は彼女に連れられるように色々な所を回った。

ゲームセンターに行けば彼女と対戦してボロボロに負け、カラオケではアニソンしか歌わない俺に引きもせず面白がってくれて、

恋愛映画を見ればボロボロと泣き、デパートで買い物をすれば楽しそうに買い物をして、笠島さんに着いて行くだけで楽しかった。

彼女は、色々な遊びを知っていて、色んな事を経験してきてる。

部屋でゲームをするだけの俺なんかとは違う。

笠島さんの事をたくさん知った。知ることが出来た。

知れば知るほど……彼女に惹かれていく。

気が付けば、俺は笠島さんを好きになっていたんだ。

女の子がこんなにも俺と一緒にいる時間を楽しんでくれて、好きにならない訳がなかったんだ。

もっと一緒にいたい。もっと話していたい。そう望むのは、どうしたって恋でしかないんだ。

……なら、俺が恋したあの女性は……?

あれは恋ではなかったのだろうか。あの時感じた気持ちは、何だったのだろうか。

胸が高鳴り、動悸が早くなる。彼女の事を考えるだけで胸が苦しくなった。

でも、笠島さんといる時間は違う。ドキドキはするけど、楽しくて、嬉しくて、心が安らぐ。

この違いは一体なんなのだろう。どっちが本当の恋なんだ?

……でも、いっか。そんなの考えなくて、今が幸せならそれで……。

そうやって、俺は考えるのを止めた。


「ん~……疲れた~!」

喫茶店に入り一息つくと、笠島さんは大きく腕を上に挙げて伸びをした。

「流石に疲れましたね……」

時刻は3時ほど。朝からほとんど休憩しないで歩き回ったおかげで、俺たちは疲れていた。

「この後どこか行きたい場所ある?」

疲れたと言って置きながら、まだまだ何処かに行く気満々だ。本当に元気な子だな……と心の中で思う。

言われて考えてみる。でも、行きたい所なんてやっぱりなくて、彼女がしたい事を一緒に感じているのが一番楽しいと思った。

「もっと笠島さんが行きたい所に行きたいです」

だから、素直に思ったことを言った。

「私が行きたい所はもう散々行ったよ~」

「でもホントにそうなんです。もっと、笠島さんが楽しめる所に行きたい……」

「…………」

そう言うと、笠島さんは、じっと俺の目を見てきた。

「……な、なんですか」

「……よし! じゃあ、私津守くんが普段行く所に行きたいな~」

「なっ……」

意地の悪そうな笑みを浮かべながら言った。

「お、面白くないですよ……。オタク向けの物が置いてる所にしか行かないですし……」

たまに気まぐれでエロゲの売っている店にいってパッケージ選んだりするぐらいで、

後はオタク向けの漫画やグッズが売ってる店に行くぐらいで、本当に出掛けないんだよなぁ。

「オタク……。やっぱり津守くんってオタクなんだね」

やっぱりそうなんだと、納得したようにお茶を飲みながら言われた。

「うっ……やっぱりオタクは嫌いですか?」

「ううん。私も漫画読むし、ゲームもするよ?」

ドヤ顔で宣言した。

「……ゲームするからってオタクな訳じゃないけど……」

「そうなの? じゃあ、エッチなゲームする人がオタクなの?」

「ちょ!? こ、こんな所で何言ってんですか!?」

「え? ご、ごめん。別に気にしないと思って」

「気にしますよ……。まぁ、オタクは基本的に、二次元の女の子が本気で好きだったり、命掛けるような人の事ですよ。きっと」

「ふ~ん……。って事は、普段からそう言う所に行ってるって事だね」

「えっ!? ま、まぁそうですよ……」

「じゃあ、そこに連れてってよ! どんな所か凄く興味があるの!」

「……わ、分かりました。案内しますよ」

目を輝かされたら断るなんて出来ない。それに……彼女なら、俺の趣味だって理解してくれるかもしれない!



「こ……ここが津守くんがよく来る所なんだね!」

俺が連れてきたのは、大量の漫画やラノベが置いてる通称アニマートなる店だった。

エロ同人誌やエロゲが置いてある店に高校生の女の子を連れ込む勇気はない。

「漫画が沢山! 雑誌もこんなに沢山ある! すご~い!」

やはり彼女には未知の領域だった様で、漫画の多さに驚いている様だった。

「津守くんはどんな漫画読むの!?」

「結構なんでも読みますよ。純愛も、バトルも、SFも、ファンタジーも、なんだって好きですよ」

面白ければなんだって読む。それが俺のモットーだ。

「もっと具体的に! ファンタジーならこの中にあるどんなの読んでるの!?」

凄い興味津々の眼差しだった。この子、以外とオタク気質があるのかもしれない……。

「えっと……そうですね。こっちのほら、これとか読んでますよ」

一冊の本を手にとって笠島さんに渡す。

「かわいい絵……。どんな内容なの?」

「大昔に死んだ神様が人間になって生まれ変わり、神だった頃好きだった女性に再び出会う話だよ」

「……面白いの? それ」

「大雑把なあらすじにしちゃうとちょっとあれかもね……でも、設定も展開もしっかりしてて面白いんだよ。絵も可愛いしね」

「ふ~ん……。でも、こんなに沢山あると何買ったらいいのか迷っちゃうね」

「買うつもりなの?」

「ショウの家で読んだりしてるんだけど、私自身買った事ないんだ。だから、一つぐらい買ってみようと思って」

「あ……そっか……」

ふと、彼女が出した名前で、俺はあの時聞いた言葉を思い出した。


『あいつは俺の事が好きだよ』


本人から聞いた言葉じゃないし、中鶴の勘違いかもしれない。けど、その言葉は嘘ではないのだろうと思った。

誰よりも長い間一緒にいた2人なんだ。相手の気持ちに気がつかないはずもない。

……そうだよ笠島さんは、中鶴の事が好きなんだ。なのに、俺は何を浮かれていたんだ?

彼女が俺と一緒に居てくれるのは、全て俺の練習のためであって、俺に気があるからじゃない。

……それに、俺だって、笠島さんと仲良くする為に一緒にいる訳じゃない。

女子との会話をする苦手意識を克服するための目的でしかなかったじゃないか。

なのに、俺はそんな事すら忘れて彼女の事を好きになっている……。

最低だ俺……。

「……り……くん……津守くん!」

「えっ!?」

名前を呼ばれていることに気が付き、ハッと顔を上げる。悩んでる顔を見られてしまっただろうか。

「随分真剣な表情だったけど……津守くんって漫画選ぶときかなり真剣になるの……?」

「……そ、そうなんですよ! やっぱり、いい作品を見分けるには、結構しっかり吟味しちゃうので……」 

落ち込んだ表情を慌てて彼女が誤解した通りに誤魔化した。

せっかく楽しんでるのに、暗い表情になってる所を見せたくはない。

今は……ほかの事は考えず、俺も命一杯楽しもう。彼女の為にも。俺の為にも。

「私とは正反対だね。私なら、よさそうって思ったのがあったらすぐに買っちゃうよ」

「いいと思いますよ。選び方は人それぞれだと思うので」

「そうだよね! よ~し! 面白そうなの探すぞ~!」

初めて冒険の旅に出る勇者の様にはしゃいでいた。そんな笠島さんが可愛くて、俺は後を付いていく事にした。



「う~ん……どれもこれも面白そうなのがあって決められない……」

30分ほど店内を回ったが、どうやら彼女の中にピンと来る作品はなかった様だ。

「ピンと来たものは無かったみたいですね」

「いや、逆だよ! ピンと来るものが多すぎて選べない! なんでこんなにも面白そうなのが多いの!?」

頭を抱えて悩んでいた。悩んでいるのもまた楽しそうで何よりだ。

そこで一つ、俺は思いついた提案をすることにした。

「そんなに色々読みたいなら、漫画喫茶に行って見るのはどうですか?」

「へ? 漫画喫茶?」

「知りません? 漫画喫茶」

「知ってる! 漫画が読める所だよね!?」

「う、うん。行った事ある?」

「ないよ! でも、行って見たいと思ってたの!」

またもや目を輝かせている。ホントに色んなものに興味あるんだな。

「じゃ、じゃあ、近場の漫画喫茶に行って見ますか」

「行く! 行こう! 早く行こう!」

よほど行きたいのか、笠島さんは俺の手を掴み、先導して歩き始めた。

「ちょ、ちょっと! そんなに引っ張らないで下さいよ!」

「漫画喫茶が私を呼んでるの! ほら、急いで!」

「場所知らないでしょ! 案内するから落ち着いてください!」

テンションが上がった彼女を説得するのには、中々の時間が掛かった。



急ぐ笠島さんに合わせ、近場の漫画喫茶へと案内して来た。

「へぇ~……お店より沢山本がある~」

受付に入ると、笠島さんがものめずらしそうに店内を眺めていた。

「いらっしゃいませ。2名様ですか?」

キョロキョロしてる笠島さんは置いておいて、俺は受付を済ませることにする。

「はい。席って空いてますか?」

「ただいま大変込み合っておりまして、カップルシートしか空いておりませんがよろしいでしょうか」

なんてこった。カップルシートって、半密室でソファに隣同士に並んで座るのはまずくないだろうか。

でも……それしかないなら仕方がないよな。笠島さんも楽しみにしてたし……。

「笠島さん」

でも、一応確認とっとかないとまずいよな……。後で誤解されても困るだろうし。

「なぁに?」

「今この席しかないみたいなんですけど……大丈夫ですか?」

「どこでもいいよ? それより、早くしようよ~」

どうにも待ち切れない様だった。

「あ、は、はい……じゃあ、ここでお願いします」

俺の気遣いはまったく持って無用だったようだ。

受付を終えると、俺は受け取った番号のシートへ笠島さんを案内した。

「すっごい柔らかそうなソファ! ここ使っていいの?」

「二人で……ですけどね。フリードリンクですから、好きに寛げますよ」

「よし! じゃあ、さっそく漫画取りに行こう!」

笠島さんの目には漫画しか映っていないようだった。変に緊張してる俺が恥ずかしいんですけど。

まぁ、笠島さんが気にしないなら、俺も気にしないようにしよう。

笠島さんは一目散に漫画を探しに言った。相当読みたいのかな、漫画。

俺の事をまったく気にかけてくれていないようで少し寂しかったが、彼女が楽しそうならそれでいいか。

そう割り切って、俺も本を読むことにする。適当に本を探し、読みたい本を見つけ、席に戻ってきた。

すると、既に笠島さんが戻ってきており、漫画を食い入るように読んでいた。

「……と、となり失礼しますよ」

「……え? あ、うん。どうぞ」

遅れて俺の言葉に反応すると、笠島さんは俺を横に座らせてくれた。

横に座ると、既に笠島さんは本の虫になっていた。

少しぐらいはなしをしたいとも思ったが、集中している所を邪魔するのも悪い。俺も漫画を読むのに集中しよう。

そうして、俺も漫画を読み始める。漫画に集中してしまえば、隣にいる笠島さんが、そう気になることも無かった。

……しかし、読み進めていくと、とあるシーンで俺は隣にいる笠島さんが気になってしまう。

なんのシーンかって言ったら……キスシーンだ。

映画館と違って、俺達のを阻むものは何も無い。本当に、隣の隣に、少し擦り寄れば彼女と肩がぶつかりそうな距離にいるんだ。

そんな状況で集中するって方が無理がある。

漫画自体は面白のだが、気が散って集中が出来ない。

気にしないようにと読み進めていくと、あまり内容が入ってこないまま読み終わってしまう。

「……ふぅ」

変に意識してたせいか読み終わった瞬間に溜息が出た。

漫画から目を背けると、笠島さんが俺の方を見ていた。

「わ。……読み終わってたんですか」

「それ、面白いの?」

「え? あ、これですか? ……結構面白かったですよ」

どうやら俺の読んでいた本に興味があるらしい。

「どんな内容なの?」

「えっと、主人公が人の心を自由に操れる力を手に入れてしまった話です。

でも、主人公がかなり正義感が強くて、その力を手放したいと考えていたのですが、好きな人が

悪の組織に狙われてて、捨てたかったその力で、好きな人を守るお話です」

「へ~。読んでもいい?」

「いいですよ」

そんなに興味でたのかだろうか。

少し疑問に思いながら、俺は持っていた漫画を彼女に渡した。

「ありがと! じゃあ、読み終わるまで津守くんは好きにしてていいよ!」

そう言うと、彼女はすぐさま漫画を読み始める。

漫画を読み始めると、彼女はすぐに、没頭し始める。入り込むの早いな~。

そう思いながら、フリーにされて少し暇になってしまった。

俺も漫画を読めばいいのだが、隣に笠島さんがいると、集中して読めない。せっかくなら、一人集中して漫画読みたいし、俺はなんとなくする事を探してみる。

パソコンは先に使う登録しないと使えないし、笠島さんの前でネットサーフィンするのも恥ずかしい。

どうしたものかと、俺はちらっと笠島さんの顔を見る。

彼女は凄く真剣な表情で漫画を読んでいた。それこそ言葉通り、食い入るように見ていた。

俺が見ていることにすら気がついていないようだった。

なんとなくそれが面白くて、俺は真剣な笠島さんの顔を見ていることにした。

じっと見ていると、彼女の表情が、変わっていくのがわかる。

バトルシーンではワクワクした表情で、シリアスな展開の時は不安そうな顔をして、感動のシーンでは目に涙を溜めていた。

彼女の喜怒哀楽が見れた面白かった。そんな彼女をみて、俺は凄くホッコリした気持ちになっていた。

彼女と一緒にいるのが楽しくて落ち着く。そんな風に感じながら、俺は笠島さんが漫画を読み終わるまで、彼女の表情を眺めているのだった。



「……ふぅ」

漫画を読み終えた笠島さんは、一息ついて漫画を閉じた。

「どうでしたか?」

「……面白かった! バトルものにしては戦闘シーンが少なめだったけど、バトルが終わってから最後のキスシーンまでの流れは最高に面白かった!」

「き、キスシーンですか!?」

変に意識していたせいで、その言葉に過剰反応してしまった。

「へ!? あ、う、うん……一番盛り上がったかなと思って……」

俺が変に反応したせいで、彼女も自分がチョイスした話題に気が付いてしまったようだ。

「で、でも愛する二人がするキスって、ロマンチックで素敵……ですよね……」

気まずいながらも、俺は頑張ってフォローを入れた。

「そう……だね……」

しかし、フォローも虚しく、俺達の間には何処となく気まずい雰囲気が流れた。

お互いに黙ってしまい、なんだか顔を合わせにくい状況だった。

「津守くんもさ……キス……とか……したくなるの?」

気まずい雰囲気の中、笠島さんが沈黙を破った。

「……へ!? な、何! 急に……」

「漫画とかでさ……恋人同士になった二人は、抱きしめあいながら熱いキスをするの……。そう言うのに憧れたりしない?」

唐突な展開に、俺の頭はパニックを起こしていた。

そりゃキスできるもんならしたいさ。でも、俺にはそんな権利は無くて、

「ねぇ、正直に答えて?」

笠島さんは、潤んだ目で、俺にそう言って来た。

……この人はずるい。急に戸惑うようなことを言ってくるのに、真っ直ぐな目で俺を見てくるんだから……。

「……そりゃ、キスしてみたいとは思いますよ……。でも、それは恋人同士がするものであって……」

「……津守くんはさ、本当に私が練習でデートに誘ったと思ってる?」

「そ、そりゃそうに決まってるじゃないですか……。だって、笠島さんは……」

そうだ。笠島さんは中鶴のことが好きのはず。だから……これは練習なんだ。

「……わかんないかな? 私、気がある相手じゃなかったら、練習でもデートなんかに誘わないよ?

彼女の言葉が、俺の自制心を緩めていく。

じゃあ、あの言葉は一体なんなんだ? 中鶴の勘違いなのか? 

本当は好きじゃなくて、ただの幼馴染なのか?

何が本当で、何か嘘か分からない。

「キス……してみる?」

心臓が飛び出しそうになった。笠島さんから誘われている。

なんでだ? どういうことだ? 誘われてるってことはしていいのか?

いや……それじゃ俺がキスしたいだけみたいじゃないか。

誘われてるからって、そこに気持ちが無いのにしていいはずがない!

……理性ではそれを理解していた。しかし、俺の中には欲望がいる。その欲望が、理性を押しつぶそうとしている。

こんな可愛い子が誘ってるんだぞ? キスすればいいじゃないか。誘われてるってことは、この子は俺の事を好きに決まっている。

葛藤していた。人としての常識と、俺の中に渦巻く欲望が互いにぶつかり合っていた。

「……私……津守君となら……キス……してもいい……よ?」

……しかし、笠島さんの呟くように言ったその言葉は、いともも簡単に俺の理性を消し去ったのだ。



津守は、笠島を強く抱きしめた。絶対に離さない、そんな気持ちで、無防備な笠島を抱きしめる。

「きゃ! ……つ、津守くん……?」

突然の行動に驚く笠島。

「笠島さん……」

津守は笠島の目を見て、それが合図であるかのように、抱きしめたまま笠島にキスをした。

「んん!?」

強引に強く、強く、己の欲求を満たすように、彼はキスをした。

「んん~! ……んく……うむ……む~!」

長いキスに、息が出来なくなって来た笠島はどうにか離れようと抵抗する。

それに気が付いたのか、津守は唇を離した。

「ぷはぁ! はぁ……はぁ……ご、強引過ぎだよ……」

笠島は、頬を赤くして、ウットリした目で息を乱していた。

その姿が、さらに津守の欲を強めた。乱れている姿に、さらに彼は興奮を覚える。

休憩させることなく、津守は再びキスをした。

津守は離れようとしなかった。理性を失い欲求が支配してる彼は、彼女を放すことなど出来なかったのだ。

「つ、津守くん ……んん……ちゅ……ふぁ……や、やぁ……」

笠島は息をする時にでる甘い声を抑えることが出来ず、静かな店内に聞こえてしまう。

その声は、当然の様に店の従業員に聞こえてしまう。

店側としては、そう言った行為をしない為に店員が対応しなければならない。

一人の店員が、対処すべく二人の下にやってくる

「お客さ~ん! 当店ではそう言う他人の迷惑となる行為はお止めくださ……」

しかし、どう言うわけか、世間は狭いもので、二人の下にやって来たのは、中鶴翔太だった。

店員が扉を開けると、二人は慌てて離れ、店員を見る。その瞬間に中鶴に気が付いた。

「……おと……ね?」

「しょ、ショウ……」

3人は硬直していた。

津守は自分がしたことに恐怖し、身動きが取れなくなっていた。

笠島は大好きな幼馴染に思わぬ姿を見られ、どうしたらいいのか分からなくなっていた。

中鶴は、予想もしてなかった出来事に、現実を受け入れることが出来ていなかった。

理性が崩壊し、欲が暴走した自分が怖くなり、

「……っ! 来い乙嶺!」

固まった空気の中、最初に動いたのは中鶴だった。

「きゃぁ!」

強引に笠島の手を掴み、津守から笠島を引き剥がした。

津守は、目の前で起きたことに、どう対処していいのか分からず、ただ黙って見ていることしかできなかった。



「離してよ! ショウ!」

笠島は強い力で掴む中鶴の手を振り解こうとする。

店の外まで連れてこられると、ようやく中鶴は手を放す。そして、笠島の方に振り向く。

「馬鹿だろお前! あれだけ気をつけろっていったじゃないか!」

大声を張り上げるように笠島に言い放つ。

「……違う! あれは私が誘ったのよ! 私が……キスしてってお願いしたの!」

「それこそ馬鹿だ! お前あいつと会ってからまだ3日しか経ってないんだぞ! そんな奴とキスするなんて何考えてやがる!」

「何考えてるって……好きになったからよ! 好きな人とキスしたいって思っちゃダメなの!?」

「本気だったら止めなんかしないさ! でも違うんだろ!」

「本気よ! どうしてあなたに本気じゃないなんてわかるの!」

「……本気だってんなら……だったらなんでお前は、俺が入ってきたから涙を流したんだよ!」

中鶴は、悔しさと苦しさを吐き出すように叫んだ。

「……え?」

その事実は、笠島本人も気がついていないことだった。

「最初は本気でお互いを好きになったのかとおも思ったよ! でも、お前、俺見た瞬間涙流したんだよ! そんなの見たら……おまの気持ちが分からないわけないだろうが!」

「……そんなわけ……ないよ……」

彼女の中ではそうだった。

彼女はもう、中鶴に対する思いは断ち切ったつもりでいたのだ。

津守の事を好きになっていて、キスをすることで断ち切れると思っていたのだ。

しかし、心の奥底では、まだ中鶴に対する思いがあった。

キスしている所を目撃され、その奥底にあった、中鶴を好きという思いが、彼女に涙を流させた理由だった。

「……俺はお前を大切に思ってる。昔から家族みたいなに一緒だったから……」

「…………」

「だから……俺は家族として、お前に幸せになって欲しいと思ってる」

「そんなの嘘だよ……本気でそう思ってるなら、ショウは見て見ぬふりなんてしない!」

「何を言ってるかわからんな」

「嘘よ! 本当は気づいてる癖に! どうして避けるの!? 私、ずっと昔からショウの事見てたんだよ!?」

「だから俺は家族だと思ってる。……昔から、お前を面倒見てきたし、ずっと一緒だっから……」

「……わかってくれないなら直接行ってあげる……そうすれば……ショウだって、聞かなかったことにはできないでしょ……?」

大切にしようとしていた中鶴との関係が崩れ始めていた。

それに気が付いた彼女は、もう、全てを話すことにした。

たとえ彼が受け入れてくれなくても、壊れた関係のまま、曖昧に終わるのは嫌だった。

「やめろ!」

中鶴は言葉で静止する。それは、自分が、真実と向き合うことから逃げたかったからだ。

「私は――…………」



……俺は何をした? 何をしてしまったんだ? 

順序は? 正しい順番で俺は行為を進めたのか?

……そんな訳あるか。俺はまだ、一度だって彼女に思いを伝えてなんかいないぞ。

「……謝らなきゃ」

……気持ちも伝えないで……自分の欲を満たすためだけにキスしてしまったなんて……最低だ。

どうしよう、嫌われた。身勝手にあんなことしちゃいけなかった。

嫌だ……嫌われたくない……それだけは嫌だ! もう……嫌われるのだけは嫌なんだ!

笠島さんを追いかけるように、店の外に出た。すると笠島さんと中鶴がいた。

笠島さん、まだ居てくれた。早く謝らないと……謝って……許してもらわないと……。

そう思って、近づこうとしたその時だった

「私は……ずっとショウの事が好きなのよ!」

笠島さんが、思いを振り切ったように叫んだ。

その言葉が、俺の背中に大きく圧し掛かった。心に大きな穴を開けられたような感覚だった。ガラスで出来たハートが粉々に砕けるような衝撃に襲われた。

「…………」

俺はその場から逃げる様に立ち去った。彼女の一言は、今の俺には重すぎた。

やってしまった……やっちまった……。俺はしてはいけないことをしてしまった。

「うわあぁああああああああ!」

怯えた表情で叫びながら走った。人の目なんか気にしないで、何かから逃げるように全力で逃げた。

忘れ去った過去がフラッシュバックの様に蘇る。

小学生の頃のあの事件が……泉のように湧き出てくる。

『キス魔だ~! キス魔が来たぞ~!』

『今度はにキスしようとしてんだよキス魔~!』

やめろ……やめてくれ……そんな風に俺を呼ぶな……!

どれだけの距離を走ったのか分からない。俺は全力で家まで帰り、自分の部屋に入ると、布団中に飛び込んだ。

息が苦しい、体も熱い。けど、隠れなきゃいけない。逃げなきゃいけない。

布団の中で、俺は震え上がっていた。

俺は全てを思い出してしまった。

逃げていたはずだったのに、完全に忘れ去ってしまったはずなのに……今更になって思い出してしまった。

俺が現実の女の子を避け、2次元に逃避していた理由を。

……大好きな子がいたんだ。それはまだ小学生の頃の話。

その子はおしとやかで、いつも優しげに俺に微笑んでくれた。

その子と一緒に居る時間が好きで、子供ながらに、きっと恋してたんだと思う。

マセガキだった俺は、興味本位で、彼女とキスしたいと思った。

俺がこんなにも好きなら、彼女も俺の事好きなんじゃないかって思ってた。

だから、少しかっこつけて、唇を奪うなんて事をしてみたかったんだ。

……でも、実際にはそんなうまく行く筈がなくて、無理やりキスをしたら、彼女は泣いてしまった。

『ひどい……つもりくんがそんなことするなんて……』

泣きながら、彼女は俺にそう言い放った。

『あ~! むくとが女なかしてるぞ!』

周りの男が泣いてる彼女を見てそういい始める。

『サイテー! 女な~かした!』

違う……俺はただ……興味本位で……したかっただけなんだ……。

言い訳は出来なくて、俺はただ立ち尽くして戸惑うことしか出来なかった。

ちょっとした騒ぎに、周りの連中も集まってくる。

あっと言う間に、俺のした事は学校中に広まった。

便乗するように、合唱するように、皆が俺をこう罵った。

『キス魔!』

それから、俺は毎日そういわれるようになった。

『あ! 妖怪キス魔だ! 近づくとキスされるぞ!』

そんな事を言われ、苛められ続ける毎日。

悔しかった。でも、敵は俺一人で、誰も助けてなんかくれなかった……。

興味本位でしてしまった自分を恨んだ。

こんなことになるなんて知っていたら、俺はキスなんかしなかった。

家では苛められていた事を口にはせず、平静を装い、全てを隠してきた。

年月が経つにつれ、周りの奴らは苛めることはしなくなってきた。

でも、みんなの俺を見る目は変わっていなかった。汚い物を見る目だった。

好きだった彼女は、俺と目が合った瞬間に、嫌悪した表情になり、俺の横を通り過ぎていく。

現実の何もかもが嫌になったんだ。

だから……俺は2次元の世界に逃げ込んだんだ。

あの世界なら、俺を軽蔑する人はいない。綴られたゲームをなぞるだけで、女の子を好きになる事ができる。

すばらしい世界だった。だから……俺の現実は、2次元なんだ。

「……そうだ。すっかり忘れていたよ……俺は現実にいちゃ行けないんだ……」

だから行こう。2次元の世界に……。

俺はフラフラの体を立ち上がらせ、パソコンに向かった。

こんな所で寝てる場合じゃない。俺は、現実に帰らなきゃ……。

彼女達が……俺を待っている。



 ※



彼はその後、部屋に引きこもり、学校も行かずゲームに没頭していました。

気が狂ったようにパソコンの画面を食い入る様にみて、薄ら笑いを浮かべています。

……本当に、言葉通り気が狂ってしまったようです。

好き……とは、一体なんなのでしょうか。

ドキドキするとか、わくわくするとか、人それぞれあるのかもしれません。

彼は2人の女性を同時に好きになってしまいました。

一人の女性を考えると、胸が締め付けられて、愛おしくなる。

一人の女性を考えると、胸がわくわくして、考えるだけで心が安らぐ。

どちらも恋の一つです。それを、彼はたまたま同時に体験してしまったのです。

悪いことでは無い……と、私は思います。

人生で一度しか恋をしない人はそう多くはありません。2回も、3回も、恋をするのです。

それが同時に起きることがいけないことなのでしょうか。私には分かりかねます。

彼らはまだ高校1年生です。波乱万丈な幼少期を過ごしたわけでもなく、平凡に生きてきたのです。

だから、皆が逃げて、現実から目を背けてしまった結果なのです。

彼ら彼女はこのままで大丈夫なのでしょうか。

……ええ。きっと大丈夫でしょう。人を傷つけ、人に傷つけられて、人は成長するのです。

彼はこの数日で様々なものを得ました。

その得たものは、きっと彼に大きな力を与えてくれることでしょう。

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