第3章 君と修行
「津守、お前数学のノート出したか?」
授業の休憩時間、突如クラスの一人が俺に話しかけてきた。
「……ノート?」
「今日ノート提出の日だよ。お前だけ出してないってさっき聞いたから、確認しに来たんだよ」
「……そうなんだ。ちょっと待って」
そう言って俺は机の中を探し、ノートを取り出し、渡す。
「ん、確かに受け取った。んじゃ、出しといてやるからな。感謝しろよ」
「……ありがと」
それだけ言って、彼は去って言った。
彼はこのクラスの委員長、中鶴翔太。中学が同じで、3年の時も同じクラスだった奴だ。
彼は色々なことをめんどくさがるが、なんやかんや言ってやってくれる、面倒見のいい奴だ。口は悪いけど。
その性格からか、色んな人から好かれている。女子ともよく話してるし、あれが本物のリア充ってやつか。
俺から絡まなくても、彼だけは唯一俺に絡んでくる。だから、話しやすくて頼れる。
馬鹿みたいなリア充は嫌いだが、人柄を気にしないでくれるあいつは、嫌いになれない。
……とはいえ、別段友達と言うわけでもない。喋るクラスメイトってだけだ。
しかし、あいつ女子と普通に仲良いんだよな。あいつに聞いたら、少しぐらいヒントを貰えないだろうか。
と、言うのも、いい加減俺も彼女と話したり遊んでみたくなったりしてきたと言うのがある。
数日間は彼女の話を聞いているだけで満足していたが、やっぱり直接やりとりがしたい 。
でも、今の俺にはその度胸が無いし、そもそもどう話しかけたら良いのかさっぱりわからん。
だから、少しヒントを貰った方が良いよな……。下手にうまく喋れなくて嫌われるのは困るし。
昼休みになったら中鶴に声を掛けよう。
そうして昼休みになると、俺はひとまず一人で弁当を食べていた。
いざ聞いて見ようと思うと、中々勇気が出てこない。
人に尋ねるのにこんなに緊張したっけ? 男なのに気を使う必要も無いだろう。
あいつだって俺に声を掛ける時こんなに気を使うはないはずだ。
今あいつは友達と学食にパンを買いに行っている。戻ってきたらうまい事中鶴に声を掛けよう。
弁当を食べ終わり、中鶴が帰ってくるのを待つ。
頭の中では、どう話しかけようかと色々考える。
大丈夫いける。心の中でそう唱えると、中鶴が友達と一緒に帰ってきた。
そしてそのまま、席を移動させ、男達で集まって昼食を取り始める。
行くなら今しかない。このチャンスを逃したら、二度と話すきっかけが無くなる。
まずは一歩を踏み出す勇気! 立ち上がるんだ俺!
席から立ち、心の中で大丈夫と唱えながら、俺は中鶴に近づいた。
そして……
「……中鶴!」
俺は中鶴を呼んだ。自分から他人に声を掛けたのはどれだけブリだろうか。
「……あん? 津守か。なんだ?」
少し用事があるんだ。時間いいか?
そんな簡単なセリフが頭の中にあったはずなのに、緊張で俺は何を言ったらいいのか分からなくなった。
周りに中鶴の友達もいるし……ここじゃ喋るに喋りにくい!
こうなったら……勢いでいくしかねぇよな!
「……ちょっと来てくれ!」
「……は?」
俺は意味の分かっていないパンを食ってる中鶴の腕を無理やり掴んだ。
「ちょ、ちょい! 引っ張るんじゃねぇ!!」
そして走り去るように、俺は人通りの少ない廊下の隅っこに連れて来た。
「なんだよ……俺飯食ってんだぞ」
流石の中鶴も少し不機嫌な様子だった。
「うるせぇ! 俺の心の中のタイミングが今だったんだ! 仕方ないだろ!」
俺も今冷静でいられる状態じゃなかった。勢いを殺したら何もきけなくなりそうだったから。
「なんでお前がキレんだよ! 怒りたいのは俺の方だよ!」
「お前に頼みたいことがあるんだ! お前にしか頼めない!」
「頼みだぁ……? 俺に何を頼むってんだ」
「なんというか……言いにくいんだが……その……」
いざとなったら言いにくい。人に頼みごとなんてしたことねぇし……こんな情けないこと言いたくもねぇよ……。
「……帰る」
俺が言いよどんでいると、躊躇う隙も無く歩き去ろうとする。
「待て! まって! 頼むからまって!」
俺は慌てて肩を掴んで止める。こいつの潔さには関心するわ。こっちはかなり必死だって言うのに。
「言いたいことがあんならさっさと言えよ! 男にこんな所に呼び出されて俺はイラついてんだよ!」
「俺だって男にこんな人気のない所つれてきて欲しくねぇよ!」
「だったら呼んでんじゃねぇえええええええ! てめぇなにがしてぇんだ!」
「相談だって言ってんだろ! 人の話聞けよ!」
「だからさっさと言えつってんだろ! そんでさっさと教室に戻らせろ!」
「だ~! もう! 女の子との話するのにはどうしたらいいのか聞きたいんだよ!」
「だからてめぇは………………なんだって?」
は!? 勢いに任せてつい言ってしまった! ……いや言っていいんだけど!
「だ、だから……女の子とどうやったら仲良くなれるのかなと……」
「……あ~。なるほど、ふむふむ」
素直に言った瞬間、中鶴が急に真面目に納得していた。
「それはつまり……恋の話か?」
ストレートに言われると恥ずかしい。
「そ、そうだよ……悪いか……」
「いや? 悪くない。なるほどな。そう言う相談事か」
何かすごく納得された。何について納得してんだ。やめて、不安になる。
「き、聞いてくれるのかよ」
「ああ、そういうことならな。唐突で説明もしないから聞く気もなかったが、そういうことなら話は別だ」
「……はぁ」
なんというか、不思議な奴だ。そんなんで理解してくれるのか。
「で? どういう状況なんだ? 相手は誰?」
「2年生の千藤岬さん。優しくて、人当たりもよく、誰に対しても平等に接するタイプ。
感傷的で、本を読むのが好き。人の気持ちを素直に受け止めて、一緒になって考えてくれる。
血液型はO型で、身長は165cm、スリーサイズは――」
「そこまで聞いてねぇ! ……なんでそんな細かいことまで知ってんだよ」
「え? 調べたから」
「調べたって……どうやって?」
「え? そりゃ……女子更衣室での会話とか、昼休みに友達とお弁当食べてる時に盗み聞きした会話とか、健康診断の資料とか」
「…………え、お前……やばくね?」
「やばいって……何が!?」
「行動だよ……何してんだお前……うわ……寒気がしてきた……」
何故か中鶴が身震いしていた。
「な、なんだよ! 好きな人のこと知ろうとしたらダメなのかよ!」
「そうか……ストーカーってこうやって出来上がっていくんだな……」
小声で中鶴がなんか言った。凄いひどい言われようをしている気がする。
「お前、女子と話したことないのか?」
「ないけど……」
「そんで、お前は女子と仲良くなる方法を知りたいんだな?」
「お、おう」
「ふむ。だったら話は早い。実際に女の子と話をすればいい。それだけの事だ」
「……は?」
「仲の良い女子がいないと言うことは、女子と話しをしてこなかったからだろ? だったら、話せばいいだけの話だ。何も難しいことはない」
「ま、待てよ! その仲のいい女子がいないから困ってるんだよ!」
そんな夢の様な存在がいたら、俺はそっちに頼んでる。
「分かってるよ。だから、俺がその練習の相手を紹介してやるって言ってるんだ」
「練習の相手って……」
「お前の喋る練習相手だよ。女子とお喋りしなきゃ始まらないだろ」
「俺と喋ってくれる女の子がいる訳ないだろ?」
「あいつならどうせ暇だから大丈夫だよ。今日の放課後此処に来い。あいつも呼んでやるから」
「あ、あいつって誰だよ」
「俺の幼馴染だ。気にすんな。気軽な奴だから、直ぐ慣れるさ」
「ほ、本当に大丈夫なのか!? 俺と話してくれるのか!?」
「だ、大丈夫だよ……なに? ビビッてんの?」
「そりゃ驚くだろ! 俺なんかと喋ってくれるなんて、それ女神様か何かだぜ?」
「お前の感性わけ分からんな……。別に話すぐらい誰だってしてくれるだろう。まぁ任せとけ」
「そ、そうか……なんか、悪いな」
「お前が頼んだんだろ。頼まれたから手伝っただけだ」
彼はそれを当たり前のように言った。いや、普通そんなあっさり引き受けてくれないよ。だって、俺達友達でもなんでもないじゃん。
中鶴が一体何を考えているのか凄く気になった。
「……なぁ、中鶴」
「なんだよ」
「俺が頼んでおいてなんだけど……どうしてそんなに親切にしてくれるんだ?」
俺はお前に見返りを上げれるわけでもない。俺を手伝ったところで、得することなんて一つもないはずなのに。
中鶴は、少し哀れみの表情で俺を見ながら真剣に言った。
「……お前を放っておくと、ストーカーになりそうだったから」
わお、なんて素敵な理由。真剣な表情で言われたら、冗談に聞こえないなぁ。
「それと、お前が思ったより面白そうな奴だったから」
真面目に言った後、彼は笑ってそう言った。面白そうな奴ってのは褒め言葉なのだろうか。
「じゃ、放課後此処に来いよ! 絶対だからな!」
彼は背中越しに言うと、そのまま去っていった。
「……女性との会話……か」
ふと想像してみる。どんな人が来るのか分からないので、相手の女性は妄想で補おう。
放課後、この場所にやってくると、中鶴が呼んだであろう、日和さん(仮)が先に来て俺を待っていた。
『お待たせ! 待ったかい?』
俺は颯爽と駆け寄り、最高の笑顔を見せる。
『あ、き、君が津守椋渡くん?』
『ああ。俺が1年生の津守椋渡さ。以後お見知りおきを。君の名前を教えてくれるかい?』
『日和(仮)です……。つ、津守くんって……思って頼りもカッコイイんですね』
『俺はカッコよくなんかないさ。
『謙虚な所もカッコいい! 私と付き合ってください』
と、脳内シミュレーションをしてみた。
……いける! 完璧じゃないか! 俺以外と女子と話せるんじゃないか!?
急に高校生活が薔薇色にそまるんじゃないかなぁ! いやぁまいっちゃうなぁ!
気分良く俺は教室へと戻っていった。
※
彼はとてつもない妄想力を持っているようです。なんてご都合主義な展開なのでしょう。
想像することは簡単です。限度を超えた想像は、ただの妄想であり、叶わぬ想いでしかありません。
つまり……この後、彼はとんでもなく情けないことになってしまいます。
ネタバレのようですが、彼の戸惑い具合を是非見てみて下さい。
妄想や想像は現実の前で思うように行かないことが良く分かるでしょう。
……でも、その結果がどう転ぶかは、この先を見てみないことには分かりませんね。
※
放課後、先ほど中鶴を連れてきた場所までやってきた。
帰り支度を終えて一人でここまで来ると、まだ中鶴は来ていなかった。
「よ~っす。随分と早いな」
少しの間待つと、中鶴がやってきた。
「終わりのHR終わって直ぐ来ただけだよ。中鶴こそ遅かったな」
「トイレ行ってたから。……あいつはまだ来てないみたいだな」
「……一体どんな子なんだ?」
「会えば分かるだろ。一々説明しないぞ。めんどくさいし」
「……あっそ」
少しぐらい教えてくれてもいいのに。結構めんどくさがりやなのだろうか。
「しっかし恋かぁ……。どこでその先輩と出会ったんだ?」
「校門の掃除してた時。一目見て好きになった」
「ほ~、一目惚れか。そりゃ随分と難しそうな話だな」
「何が?」
「一目惚れって、お互いに関係が無いだろ? だから、関係を持つ方法って中々うまくいかないんだよ」
「……そうだよね」
「だから、策を色々考えて、出来るだけ自然に接していかないといけない。
変に意識してることを悟られないように、それがあたかも当たり前であるようにな」
「……?」
随分と具体的なだな。まるで自分がそうしているような言い方だ。
……もしかして、中鶴も誰かに恋してるのか。
……いや、幼馴染がいるならそれはない……よなぁ。
「お、来たな」
俺が疑問に思っていると、中鶴が呼んだ女の子が来たようだ。
「やっほ~。私になんか用?」
軽く手をひらひらと振りながらやって来た。見ただけで、凄く話しやすそうな印象を受けた。
「何の用事? メール見ても内容がよくわかんなかったんだけど」
「話というのは他でもない。実は、かくかくしかじかで」
「お、おい、そんなんで伝わるわけ……」
「ふ~ん、そこの子が女の子と話すのが苦手だから練習相手になってくれと」
今ので伝わったの!?
「しかも、ストーカー紛いのことをしてたから、ちゃんと教育してあげようって言うのね」
そこまで伝わったの!? つか全部喋ったのかよ!
「中鶴! お前かくかくしかじかでどんだけ喋ったんだよ!」
顔を真っ赤にして中鶴の胸ぐらを掴んで揺する。
「はははは、事情はちゃんと全部説明しないと失礼だろ~」
乾いた笑と棒読みで誤魔化しやがった。くそ……恥ずかしいことバラしやがって。
「君がそうなんだね。津守くん?」
女の子は目線を俺に向け、俺の名前を呼んだ。女の子に名前を呼ばれ、体に緊張が走る。中鶴の胸倉を掴んでいた手を離し、体の動きがギクシャクする。
「私は1年生の笠島乙嶺。……ショウとは幼馴染で、なんやかんやずっと一緒にいるの。よろしくね」
明るく自己紹介をしてくれた。中鶴との関係は曖昧だったが、重要ではないから気にしない。
挨拶されたんだから、俺も挨拶しなければ。難しいことはない、『私が津守椋渡と申します、どうぞよろしくお願いします、素敵なお嬢さん』って言うんだ!
「えっ……あ……その……」
しかし、口は動かず、打ち上げられた魚のように口をパクパクするしか出来なかった。
「……ップ……あはははは! 何その反応! おもしろ~い! 本当に苦手みたいだね!」
わ、笑うなよ! こっちは必死にどう返そうか考えてんだ!
そんなことは言えずに、俺は顔を真っ赤にして俯いていた。
笑われた……もう終わりだ……笑われるようなクズに付き合ってくれる人なんて……いるはずがないんだ……。
「いいよ。私で良ければ、練習相手になっても」
「えっ……」
しかし、彼女は以外にも受け入れてくれると言った。……なんで?
「マジで? 俺が頼んでおいて言うのも何だけど、本当にいいのか?」
「いいよ。どうせ暇だしね。聞いてたよりも結構純粋そうな子だし」
「いや、こいつエロゲー大好きな変態だぞ」
「おい!? お前はなんでそう次から次へと全部喋るんだよ!?」
女子になんて話するんだ! お前の神経どうなってんの!?
「あはは、そうなんだ。でも、それは普通のことでしょ? 男の子だもんね」
彼女は引くこともなく、当然のようにそう言った。
「お前俺の部屋のエロ本勝手に読んだりするもんな」
「!?」
中鶴がとんでもない事を言い出した。女の子がエロ本を読む……だと?
「へ、変な子と言わないでよ!」
「事実だろうが」
「そ、そうだけど……」
事実なの!? 俺は驚愕した表情で笠島さんを見た。
「……な、なに!? 女の子がそう言うのに興味もったら変!?」
驚いた表情で見る俺に気が付いたか佐島さんに照れながら怒られた。ご、ごめんなさい……変と言うか、以外だったものでつい……。
「とにかく、お前こいつのを普通に女子と会話できるようにしてやってくれ頼んだぞ」
「え? ちょ、ちょっと! ショウ帰っちゃうの!?」
「ああ。俺はこれから友達とカラオケに行くからな」
「カラオケ!? そんな用事なら、こっち済ませてからにしてよ!」
「二人きりじゃないと練習の意味が無いんだよ! じゃあな!」
中鶴は逃げるように走り去って行った。なんて薄情なやつだ……。
「はぁ~……本当に自分勝手な奴だなぁ……」
笠島さんは走り去る中鶴を見て呆れていた。何というか……仲のいい二人だなと感心してしまった。
しかし、中鶴がいなくなったって事は、俺はこれからこの笠島さんと二人きりで会話しなくきゃいけないってことだよな?
創造ではあんなに簡単だったのに、いざ女の子を前にしたら、何を話したらいいのか分からない。
戸惑った表情のまま、笠島さんの方をチラリと見てみる。
「……はぁ、まったくもう、ショウったらホント仕方がないんだから」
やれやれといった表情で走り去った中鶴に溜息を付いた。
「……2人きりにされたのはまさかだったけど、頼まれたからにはよろしくね」
そういって、彼女も俺の方を見る。その瞬間に、目が合ってしまった。
目があった瞬間、俺は反射的顔を逸らした。
「さっきから意識しすぎだよ~。喋るときは相手の目を見ないとね」
「え……あ……その……」
口がうまく回らない。恥ずかしいからに決まってるじゃん! 女の子が俺に話しかけるなんて、生まれて始めてのシチュエーションなんだからよぉ!
そんな事を思っても、口が喋ろうとはしてくれない。目が顔を見ようとしてくれない。全てを避けてしまう。
「津守く~ん? こっち見てよ~」
見てなんて、そんなの無理だ。女の子をマジマジと見るなんて、そんな失礼なこと出来ない。
「……こりゃ重症だね。う~ん……どうしたらいいのかな。……別に女の子が嫌いって訳じゃなさそうだよね」
俺はそっぱを向いたまま頷く。口は動かなくても、頷いたりは出来るようだ。
「って事は……私のこと個人的に嫌いになっちゃった!?」
まさか!? むしろ俺みたいなキモいだけのオタク野郎と一緒にいて不快に思われたら嫌だろうとか、喋ったら根暗そうって言われそうで喋れないとかそういうことです! こんな可愛い女性をどうやったら嫌いになれるんだ!
俺は思い切り首を横に振った。
「あはは、ちゃんと反応はしてくれるんだね。冗談だから気にしないで」
冗談でそんなこと言われたら俺の心臓が持たない。世の中の人達はそんな高等ジョークを言い合うのか……。恐ろしい世界だ。
「そうなると、恥ずかしいの? ショウとは普通に話してたから、喋るのが苦手そうには見えないし」
俺は少し躊躇ってから頷いた。恥ずかしがってるとバレるのが嫌だとは思ったが、事実だし否定するのも変だと思ったからだ。
「そうなんだ。何が恥ずかしいの?」
何が恥ずかしいって……そんなの分かったら苦労しないよ。
俺は時間を置いてから首を傾げる。
「自分でもわかんないか。でも、なんとな~く見えてきたかな。君が女の子と話すのが苦手な理由」
「!?」
俺は思わず振り返った。俺がどれだけ悩んでも分からなかった答えを、この子は理解したというのか?
「あ、こっち見た」
「!」
俺はまたそっぱ向いた。思わず目を合わせてしまった。なんて失礼な事を……。
「なんでそっち見ちゃうのよ~!」
「…………」
「全くもう……本当に重症だよ。これは、早期治療しないとダメそうだね」
「あ……う……」
「じゃあ、まず津守くんは、女の子に対して免疫をつけることからだね」
「……?」
いや、免疫はついてるんじゃないか? エロゲーで女の子と会話するし、俺から気さくに声をかける程だし、どう考えても慣れてるよな。
「……聞いてる?」
顎に手を当て悩んでいると、笠島さんがひょいと俺の視界に入ってくる。
「!?」
突然女性が視界に入ってきたので、俺は思わず後ずさってしまった。
「あ……もう、逃げなくてもいいじゃない」
少し悲しそうな顔をしていた。
ち、違うんだ! 避けてる訳じゃなくて、驚いてしまったのと、俺なんかに近づいて不快に思われるのが嫌なだけなんだ!
「あ……ち……ちが……」
しかし、思っても、俺の口は不思議と動いてくれない。
なんでだ……なんでこんなにも、喋るのが怖いんだ……。
「ふ~む、なにかを言いたそうだね。反応は出来ても、喋るのが苦手なのかな?」
俺は首を縦に振った。もちろん目線は合っていない。
「……じゃあ、まずは行動でどうにか出来るようにしたほうがいいかな」
「……?」
俺は首を傾げる。
「津守くん、私に目を合わせて」
「!?」
それは何ともかなり難易度の高い方法だった。
「少しでも強引にいかないと、津守くん変われなさそうなんだもん」
そう言いながら手を後ろで組み、ゆっくり近づいてくる。
「あ……え……ちょ……」
俺は、おどおどと目を泳がせながら後ずさる。
逃げたいわけじゃない。けど、女の子と近づいちゃいけない、そう勝手に体が動く。
やがて俺は廊下の壁に追いやられてしまった。
「目を合わせて」
彼女はまっすぐに俺を見てくる。
笠島さんは凄い近いところまで来ると、俺を挟むように、両手を壁につき、俺を逃がさないようにする。
「どうしたの? 目を合わせるのが嫌なの?」
「あ……え……」
笠島さんが凄く近くにいる……少し手を伸ばしたら、触れられる距離にいる……。
「津守くん、人とお話する時は、相手の目を見ないといけないんだよ?」
真っ直ぐに僕の目を見て彼女がそう言う。彼女のその真っ直ぐな目に、俺は頭が混乱する。
どうしてこんな事になってるんだ! 俺! どうしたらいいんだ! 俺は何を見ればいいんだ!
いや、目を見れば良いんだろうけど!
「ほら、は~や~く」
囁くように優しい声で、おねだりをする様に催促される。
っく……こうなったらやるしかない。気合を入れるんだ俺……頑張ってくれている笠島さんの為にも……俺が答えなければ!
俺はぎゅっと目を閉じ、気合をいれた。
よし……行くぞ!
目を開き、笠島さんの顔を見た。
彼女も、僕の目をじっと見てくる。恥ずかしくて、照れくさくて目を反らしたくなる。
身長差があるせいか、彼女は俺を見上げている。そのせいか、彼女は少し上目遣いになっていた。
「やっと見てくれたね。じゃあ、しばらく目線そらしちゃダメだよ?」
ヤバイ……かわいい……。こんな可愛い子が、どうして僕の
心臓が破裂しそうなほど緊張する。真っ直ぐ僕を見るその瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
体が疼く。この小さな体をぎゅっと抱きしめたいと思い始める。
ダメだそんなこと! 失礼なんて次元の話じゃない! 出会って数分しか経ってな女の子を抱きしめるなんて、男として最低の行為だ! 絶対にやらんぞ!
で、でも……こんなに見られてるとどうしても……抱きしめて……キスしたい……。可愛すぎるこの子……。
気が付けば、俺は彼女から目線を反らすことが出来なくなっていた。それこそ、虜になったと言う事場がふさわしいと思えるほどに。
意識が遠のく。理性が崩壊しそうになる。……今すぐ襲ってしまいたい。
それほどまでに、彼女の瞳は魅力的だった。
それからしばらく、俺達は見詰め合っていた。どれほどの時間見つめていたのかは分からない。時間の感覚があやふやだったから。
不思議と飽きることなく、彼女に夢中だった。
俺は自分の中で葛藤していた。襲ってしまいたい思いと、そんなことしてはいけないと言う人としての理性の二つが戦っている。
しかし、時間が経てば経つほど彼女に酔いしれ、後先の事がどうでも良くなって来てしまう。
今ここで、己の衝動を開放してしまえば、それでいいじゃないかと考え始めてしまっていた。
「……な、なんだか、私も恥ずかしくなってきちゃった……」
理性を失いかけた瞬間、彼女が俺から目を逸らしてしまい、虜になっていた俺の理性が戻ってくる。
「あ……」
思わず口に残念な気持ちを洩らしていた。それと同時に、冷静になった途端、自分がいかに危ないことを考えていたのかに気が付く。
「練習とは言ったけど……津守くんが凄く真剣な表情で見るんだもん……はずかしくなっちゃうよ……。もう少し普通に見てくれればいいのに……」
俺から少し離れると、目線を俺から外し、頬を赤くして恥ずかしそうにもじもじしていた。
そんな今まで見せなかった恥ずかしがる姿に、俺は自然に呟いていた。
「……かわいい」
「へ!?」
俺の呟きが聞こえたのか、照れて頬を赤くしていた笠島さんは、目を見開いて驚き、顔を耳まで真っ赤にしていた。
「な、なんで……急に喋ったと思ったら……そんな……わ、私帰る! じゃあね!」
笠島さんは、ひとしきり目を泳がせた後、俺に目を合わせることなく凄い速度で走り去ってしまった。
「…………」
ぽつんと取り残されてしまった俺は、しばらくその場に立ち尽くし、恍惚の余韻に浸っているのだった。
家に帰った俺は、ベットに寝転び、笠島さんのことをずっと考えていた。
あんなに見つめられたのは生まれた初めてだった。
凄く恥ずかしかった。あんなにも心臓がドキドキしたのは、生まれた初めてなんじゃないかと思う。
でも、凄く幸せだった。緊張のせいもあったのか、女の子とあんなにも見つめ合ったことなくて、
目を合わせているだけなのに、心が通じ合ったというか……相手の事意外何も考えられなくなると言うか……。
俺の表現力じゃどう説明したらいいのか分からない。
「はぁ……」
溜息が出た。見詰め合っていた時のことを考えると、恥ずかしくなるのと同時に、凄い寂しさを感じる。
もっと欲しい……もっと……見詰め合っていたい……もっと。
「もっと……触れ合いたい……」
……はっ!? 俺は今何を口にした!?
ダメだダメだ! 笠島さんはただの練習相手だぞ! 千藤さんを好きになるために練習しているんだ!
そう言って、俺は校門でであった時の彼女の笑顔を思い出す。
裏表を感じさせない素直な笑み。お疲れ様と言ってくれているような心から自然と溢れてくる気持ちが伝わってくる。
……素敵だ。数秒もない出来事だったのに、こうも鮮明に思い出せる。これを恋といわずしてなんと言うのだろうか。
やっぱり千藤さんの事が好きだ。その気持ちは今も変わらない。
反省しなければ。一時の感情に流されてはいけない。恋ってのは、エロいことが目的なんじゃない。
恋愛の中の一つに、愛を交わす行為が存在してるんだ。お互いの愛を確かめるための行為なんだ。
だから……そんな軽率に考えてはいけないのだ。恋愛は、お互いの心が大事なんだから!
俺はそう強く意思を持ち、眠りに着いた。




