第1章 君と出会う
「ふぁ~……」
大きな欠伸をし、徹夜明けの重い足を進め、俺は学校への通学路を歩いていた。
これは俺の中でただの行事に過ぎない。面白くも無く、まるで夢の様にどうでも良い事柄の一つだ。
俺の現実はエロゲの中にしかない。しかし、俺は学校に行くことをサボったりはしない。
学生である俺は、学校に行くことが当然であるからだ。
エロゲのヒロイン達も学校に通っている。ならば、俺も学校に通うことが、彼女達と同列であると言う事でもある。
俺が何もしないニートだった場合、俺は彼女達よりも下の人間という扱いになってしまう。
それは彼女達に失礼なことだ。俺は、彼女達の理想となる彼氏でなければならない。
ならば、しっかりと学校に通うのは義務であり、当然の事なのだ。
だから、学校は好きでも嫌いでもない。ただの一連の流れでしかない。
学校に着けば授業が始まる。高校になったばかりで多少慣れないのはあるが、一週間も経てば流石に少しは落ち着く。
次にどんなエロゲをやろうかと考えながら、朝のホームルームを終える。
授業中、退屈だなと思いながら、ふと外の景色に目をやる。
グラウンドでは、女子達の体育授業が行われている。なんの練習だろうか。
見た目から判断するに……ドッチボールだろうか。……ああ、そうか。来月には球技大会があるのか。おそらくその練習だろう。
女子の体操着はブルマ……ではない。普通の体操着だ。まぁ今ではどの学校もそれが普通だろう。ブルマは二次元にしか存在しない。
俺にとっては、別にどうでもいいんだがな。
……しかし、スポーツ少女には、もう一つ別の魅力がある。
それは……健康的な持ち上がったポニーテールだ。
長い髪を後頭部辺りで結い、動く度にゆれるその纏まった髪と、見えるうなじが何とも魅力的だ。
あぁ……健康美少女もやっぱりいいなぁ……。
と、思うのも、現実の女の子ではなく、2次元の女の子限定なんですけどね。
……帰ったら運動系メインの奴探すか……。
そう心に決め、俺は再び授業へと意識を向ける。
そうやって、俺の心は常にエロゲと共にある。現実など、眠っているのと同義でしかないのだ。
※
どうやら彼はゲームの中の女の子が好きみたいです。
ゲームにはまり、現実への興味はまるでない様に感じられます。
……しかし、本当にそうなのでしょうか。
彼は現実を見るのが怖く、怯えてるだけではないのでしょうか。
現実とは、ゲームの様にセーブもリセットも出来ません。
綴られたストーリーは無く、己の手で切り開くしか進む道はありません。
選択肢を間違えれば落ち込むこともあるでしょう。でも、幸せになれるかもしれません。
きっと彼は知らないのです。その駆け引きが、現実での恋愛が、いかにすばらしいのかを。
誰かに恋し、想う気持ちがどれだけ満たされるものなのか。幸せなのか。
それを知った時、彼はきっとゲームの中に逃げても、満たされることは無いのでしょう。
彼には少し、本物の恋を知ってもらいましょう。
※
授業が終わり、俺は校門付近の掃除をしていた。
一人ではなく、クラスの掃除班の面々がいる。
どうも高校生と言うのは面倒なのか、真面目に掃除をしない。
「今日どうする? カラオケでもいかね?」
「お、いいな! 行こうぜ!」
「なに~? カラオケ行くの? 私も連れてってよ~!」
適当に箒を動かしながら、雑談に耽っている。真面目に掃除しろよ。
そう思いながらも、俺はそいつらを横目に見ながら掃除を続ける。
俺は、学校の清掃時間は嫌いではない。
自分の部屋は掃除するのは面倒だが、何故か人の部屋だったり、他人が使う場所を掃除するのは嫌いではないのだ。
「お~い、津守」
突然クラスの男子が俺を呼んだ。
「……?」
俺はその声に反応し、男子の方を見る。
「俺達、大体やることやったから先帰るな! お前、後集めてゴミ捨て場に捨てといてくれ!」
「えっ……」
一方的にそう言うと、連中は、箒を片付け、さっさと帰っていってしまった。
何言ってやがる。まだ半分も終わってないじゃないか。なにがやることはやっただよ。
いくら掃除が好きだからって、一人で残りをやるのは一苦労だぞ。本当に面倒を押し付けてくる連中だ。
これだから……3次元は嫌いなんだよ。
「……はぁ」
文句を言っても仕方がない。俺は諦めをつけ、掃除を始める。
高校生活が始まって一週間。クラスでの俺の立ち位置は既に決まっている。
それは空気だ。クラスに対外一人はいる、あの空気君と同じ立ち位置。
面倒なものを押し付けられ、皆で盛り上がる文化祭や体育祭などの行事には期待もされない、都合のいい存在。
嫌って訳じゃない。そうなることは最初から予想していたことだから。
俺だってクラスの連中に興味などない。誰がなんて名前なのかすらも覚えていない。
だから、成るべくしてなったポジションなのだ。何も気にすることなどない。
「……はぁ」
しかし、何故か口からは溜息が出る。望んでいるはずの場所に、居心地がいいはずなのに、何故だか気分が盛り下がる。
箒の手を止め、上を見上げてみる。
桜の木には、まだ花が咲いている。春の始まり、素敵な女性との出会いと言うのは、よくある恋の始まりの一つだ。
新しい学校生活だというのに、俺の中では何も変化はない。
中学の頃からエロゲに嵌り、現実には興味が持てなくなった。
ゲームの中で、俺は幾度となく恋をしてきた。
素敵な恋、悲しい恋、辛くて悩みに悩んだ恋、色んな恋を体験してきた。
それが楽しくて、最高に幸せで、俺はエロゲの魅力にはまり込んだんだ。
あれほどすばらしい経験、きっと他では出来ない。俺はそう確信している。
「……帰ったら新作探そう」
そう心に決め、俺は再び手を動かし始める。
しばらくすると掃除の時間も終わり、生徒達がパラパラと校門を通り抜けて帰って行く。
俺に目を止める人などいない。それもそうだ。空気のように存在感のない俺に気が付くほうが珍しい。
俺もそれに慣れている。だから大して気にもしない。頭では既に、今度買うエロゲの事を考えていた。
そんな中、掃除も終わりかけた頃、一際強い風が吹いた。
「うわっ!?」
風のせいで砂か飛んできて、俺は咄嗟に砂が目に入らないように風向下に顔を背ける。
すると、俺の振り向いた方には、一人の女性がいた。
風に黒い髪を靡かせ、校門の方へと歩いてくる。
……綺麗な人だなと俺は彼女を見ていた。普段なら、適当に区切りをつけて目を離すが、今回は不思議なことに近づいてくる彼女を見続けていた。ただ無心で、ぼーっと彼女を見ていた。
やがて、彼女は、俺に気が付き、目と目が合ってしまった。
「あ……」
普段人と目を合わせない俺は、その瞬間にドキッっとしてしまった。この瞬間の胸の高鳴りは、ただの緊張だったと思う。
目が合ったからには、なんだか背けてしまうのも失礼だと、この時は思っていた。
普段なら、目が合ったところでささっと逸らしてしまうのに。
この時はそれが出来なかった。
彼女も同様に、俺から目をそらさず歩いてくる。
そして、すれ違い様に、彼女は俺の方を観ながら、ニッコリと微笑んでくれた。
その瞬間だった。心臓を何かに打たれたように、胸が高鳴るのを感じた。
彼女はそのまま、校門をくぐり、帰路へと着いた。そのまま彼女はこちらを振り返ることは無かった。
俺の心臓が早く鼓動を打つ。動悸が激しくなっている。
なんだこれは……俺の身になにが起きたんだ?
彼女が見せた笑顔が、脳裏に焼きついた。ついさっきの、一瞬の出来事が頭から離れない。
頭の中が混乱する。動悸の理由、彼女の笑顔、胸の高鳴り、頭の中で、一体何を考えればいけないのかが分からなくなる。
「……津守くん?」
「!?」
混乱している所に突然名前を呼ばれ、驚いて反応をする。
すると、そこには先生がいた。
「……掃除は終わった様ですね。もう帰っても大丈夫ですよ」
掃除のチェックをしに来た先生だった。先生はそう言うと、俺の話を聞こうともせず去っていった。
俺はようやく我に帰ることが出来た。
動悸は少し治まり、頭も冷静になっている。
さっきのは一体なんなんだ? さっきほどではないが、まだ胸が高鳴った感じが残っている。
俺は不思議な動悸の理由を考えながら、掃除道具を片し、家への帰路に着いた。
※
優しげに微笑んでくれる素敵な女性に、彼は恋をしたようです。
彼が感じたのは、一目惚れの一種でしょう。
これで、どんな素敵な恋愛を見ても、彼はゲームでは満たされることは無くなったでしょう。
彼は彼女に魅了されてしまったのですから。
その後、彼は家に帰り、新しいゲームを探し始めます。
しかし、どこか身が入らず、どんなゲームを見ても、楽しそうだと感じませんでした。
でも、習慣と言うのは怖いもので、彼はひとまず、自分の好みの絵柄のゲームを見つけ、それを購入しました。
いつもなら、そのままパソコンに噛り付く彼ですが、今日はベットに飛び込み、一心不乱に天井を見上げ、自分の心と向き合います。
暴れたり、微動だにしなくなったり、布団を強く抱きしめたり、数時間自分の中で葛藤しました。
そして気が付きます。人々の恋愛を見てきた彼は、様々な観点から分析し、自分に何が起きたのかを理解するのは難しいことではありませんでした。
しかし、たとえ理解しても、他人の恋愛を自分自身に重ね合わせてきた彼には、自分自身の行動原理を持っていません。
どうすればこの気持ちが満たされるのか、彼にはそれが分からないのです。現実と向き合わなかった彼の失敗の一つです。
そんな彼は無事、あの笑顔の素敵な女性と知り合いになり、友達となり、やがては恋人になれるのでしょうか。
それを知るには、まだまだこの物語は始まったばかりです。




