まちがいだらけ
和泉(一章軸)
なにを犠牲にしてもいいと決めた。
今生でもう一度、愛しい彼女に会えるなら。
「歌で心を動かして、鬼を人間に戻す技術……」
中央本部が妹を探してくれる条件を聞いて、歌の魔法の領分だと直感した。
同時に——『あれ』を継いだのは俺じゃあない、という絶望も。
俺たち双子は二人でひとつ。
歌姫として名を馳せた母さんが、俺たちをそういうふうに調律したから。歌の魔法を半分こに分けて、一対で完成する奏者として育ててくれた。
「相良に教えたほうの魔法は、俺には使えないの?」
一度目の人生で、なんとなく聞いたことがある。
母さんは首を振って否定しながら、俺の髪を優しく撫でた。
「お前は器用で思い切りがいいから、すぐコツを掴めるだろうさ。きっと飲み込み自体は相良より早い。だが」
「! じゃあ母さん、俺も相良と同じのやりたい!」
「こーら。話は最後まで聞くんだ。純真でひたむきなところはお前の長所だが、その向こう見ずな残酷さはいただけないぞ。……さ、想像してみるんだ」
相良はどう思うか。俺が魔法をふたつ揃えてしまったら。
半分ずつだと約束してた魔法を、俺だけが両方とも使えるようになったら。
「……すごいねって褒めてくれる!」
「そうだろうな。あの子はとびきり優しい。けれど問題はそこじゃないぞ可愛い子」
「だめ? 相良にも俺の魔法をあげるよ?」
「相良が使いこなせなければ、どうする?」
「そんなわけないよ。相良は俺より上手だもん」
「ひとには適性というものがあってな。お前の当たり前は誰かの特別なんだ」
母さんが瞳を伏せる。
昔のこと、思い出している色。これは後悔と、——未来への憂い?
「全部できるなら、お前ひとりで十分だろうと言われてしまうぞ。ひとりぼっちの舞台に取り残されたくはないだろう。……ずっと手を繋いでもらえるように、他者に寄り添える奏者になるんだ」
——俺がふたつとも揃えたら、相良が要らなくなる?
そんな事ありえない。同じ魔法を扱えたとしても、俺は相良の代わりになれない。世界じゅう探したって相良の歌に代わりは無い。
二人で舞台に立つのが俺たちの夢だ。
いつだって俺たちは同じことを考えてた。
けれど、もし万が一——母さんの言うように、相良が俺の手を離したら?
俺が両方持っているなら、自分はいらないと考えてしまったら?
「……和泉。お前には輝かしい才がある。いまで十分素晴らしい奏者だよ。むしろ、相良に預けた『あれ』は触らないほうがいい。危険な猛毒になりうる魔法だ」
恐ろしい想像に震えあがった俺を、優しい腕が抱きしめてくれる。
俺を宥めながら、母さんは、俺たち双子の違いについて話していた。
「お前の半身は思慮深く聡明だ。人を壊さない塩梅でしか魔法を使わないし、使えない。……猛毒を、人を酔わせる美酒として振舞える。だから『あれ』を継ぐのは相良でなければいけない」
「逆に、和泉の魔法を相良に預けたら、他人の気持ちばかり優先させて自分の声を出せなくなる。自己主張と他者尊重の均衡を保てるお前だからこそ、安心してこの魔法を任せられるんだ」
正しく適切に使えること。能力に潰されないこと。それが適性だと母さんは言った。
「——どうして、」
俺にそれが欠けている事実を、目の前で動かなくなった鬼が知らしめた。
中央本部の研究員たちが事務的に死体を運んでいって、次の被験体を置いていく。
拘束具にがんじがらめにされた実験動物の目に浮かぶ恐怖と絶望も見えないまま、答えの見えない模索を続けた。
『あれ』と呼ばれた魔法——研究員が黒の歌姫と呼ぶ調律——は、記憶の母を必死に模倣して組み立てるしかなかった。
推測混じりで不完全なのは仕方ない。けれど方向性は正しいはずだ。母にあって自分に足りないものは、他者に強烈に訴えかける力。意識を釘づける魅力と、豊かな情感を伝播する技術。中央本部の研究で求められている能力もそこで間違いなかった。
なのに成功しない。こんなに近くにいる聴衆の心に届かない。
どんどん壊れて指の隙間から零れていく無力感を直視するたび、俺じゃなくて相良だったらと何度も考えてしまう。
きっと相良なら試行錯誤なんて要らない。彼女は正解を持っている。彼らの心を人間のところまで戻してくれる。
けれど此処には俺しかいない。
俺がやらないと相良に会えない。
もっと上手くやらないと。
ひとりになるのは嫌だ。
でも、何もしなくたって俺は一人だ。半分きりで欠けたまま。
行動しないと変わらないなら、何だってしてみせる。
なにを犠牲にしてもいいと決めた。
美しい歌、舞台で浴びるスポットライト、すべてを与えてくれた母との思い出——みんな、みんな擲ったとしても。半身のいない痛みと比べれば大したことない。
生まれ変わった世界で、相良のことを見つけるために。俺のできる全てをやりきろう。
俺が、俺でいられるうちに。




