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あわい【本編完結済】  作者: 藤野 羊
そのた短編ほか
61/65

こどもたちの花火大会

風見+雨屋(風見視点)

 夏の陽気の暑い盛り。くらむ景色で見えた人影に目をこらす。

 それが知った後ろ姿だと確信して、風見は助走をつけて体当たりした。

「あめ、ちゃん!」

「わ」

 ポン、と。青年の両腕に抱えられた荷物が押し出される。

 焼け爛れたアスファルトに転がる寸前で、その荷は風見に捕まえられた。

「あっぶね。セーフ!」

「すみません、ありがとうございます。風見さんは、……学生隊員のお仕事ですか? 夏休みでしたよね」

「いやマジでさあ……ここんとこ訓練サボってたから説教ついでにシゴかれててて身体中いてえ。たいちょ自分がタフだからって普通のラインおかしいんだよ…………」

「お疲れ様です。治安維持のため頑張ってくださる皆様には、いち市民として頭が上がりません」

「それもいいけどー、今はそっちじゃねーの。オレのこと褒めて」

「頑張ってて偉い風見さんには、ねぎらいのアイスを奢りましょう」

「やったー雨ちゃん愛してる! スイカのやつ!」

「わかりました。そこのコンビニにあればいいのですが」

「多分だいじょうぶ……ところで雨ちゃん、このゴミ袋なに?」

 成長期の恩恵を存分に享受した男子学生でも、両腕で抱える大きさの荷。

 かさばる割には軽い。スナック菓子を彷彿とさせたが、中身は詰まっている感触がある。持ち主が「見ていいですよ」と笑うから、風見は遠慮なく往来で袋を開けた。

「あ、花火じゃん!」

 ドラゴン、二十連発、五色変化、ネズミ花火、ロケット花火。

 色とりどりに装い、自分たちの特色を喧しく主張する賑やかなパッケージが夏日の下でもひどく眩しい。ーー喫茶店の常連から譲られた花火を店主が持て余し、アルバイトの雨屋のところに流れついたのがコトの経緯だ。

「お前『は』好きだろう、と言われて押しつけ……譲っていただきました」

「雨ちゃん、店長サンになんかした?」

「え〜〜……試作品にパチパチキャンディを山盛り仕込んで食べさせたとか?」

「面白そ〜! 雨ちゃん、そのお菓子オレにも作って」

「ボツになっちゃいましたからねぇ、機会があれば」

「えー」

「代わりになるか解りませんが、その花火をお譲りしますよ。学校のお友達と遊んでください」

「えっマジ!?」

 風見が思わず、袋の中身をもう一度見た。


 学生では手が届かない量の、種々多様な豪華花火。

 打ち上げもしたいから開けた場所。巡回に見つかりにくい河原か公園。

ーーそういやアイツらこないだ花火したって言ってたな。場所どこだっけ。

 しかしながらまずは。コンビニに向かう雨屋を追いかけ、日焼け知らずの手首を掴んだ。

「なら雨ちゃんも花火やろうぜ! 人数多いほうが楽しいって」

「お気持ちは嬉しいですけど、……学生さんの中に混じったらお邪魔では?」

「気にしねー奴ら集めるし。雨ちゃんノリ近いから全然ヨユーだって! 今日のバイトいつ終わんの?」

 ノリと勢いに学生たちの緩めの口コミで会場が決まり、数人の学生たちと大人ひとりは日暮れを目処に公園へと集まることになった。


 ◾️


 暗闇のなかに幾つも、まばゆい火花が爆ぜて散る。

 小さな公園はあっという間に白煙が立ちこめ、涙目で咳込む学生たちは風上へと逃げ集まった。火薬の独特な臭気が満ち、鼻の奥をつんとさす。

 手持ち花火がシュワワと威勢よく火花を吐き出す陰で、「おーい」と明るい声が重なる。

「食いもん追加な〜! カラスに持ってかれんなよ〜」

「さんきゅー風見! ポテトある?」

「待て待て順番。まだ食ってねーやつが先」

 風見がレジ袋を広げたまま、遅刻のため軽食争奪戦に不戦敗した面々を巡る。

 あらかた回り終わった後に「ほい」と。同じく軽食を配っていた雨屋から袋を取り上げ、ふたつ広げて中身を見せる。

「雨ちゃんの番。どれ食う?」

「残りものをいただきますよ。子どもたちからどうぞ」

「んじゃオレのオススメな。軟骨とー鶏皮とー、からあげ棒! あっこれも美味そう」

 串に刺さった軽食群で両手が塞がり、雨屋の目が丸くなる。

 自身の取り分を確保した風見は、残りのホットスナックをまるっと腹ペコ学生たちに預けてしまう。両手いっぱいの食べ物を分けようとしてくる雨屋に「オレの分ちゃんとあるから」と。冷めないうちに食べるよう急かした。

「無くなんねーから食って食って。雨ちゃんが作ってきてくれた揚げたて、オレらでバカバカ食い尽くしちまったし」

 鶏もも肉一キロを唐揚げにした差し入れは、花火開始数分で食べ盛りたちの胃にすべて収まっていた。

 激しい争奪戦の合間に「あざした!」「からあげ神!」「うまかったです!」と感謝の言葉が漏れ聞こえ、雨屋がこらえきれず笑いだす。

「美味しく召し上がっていただけて本望です。では遠慮なく、ご馳走になりますね」

「そういや、からあげ神てナニモノ? 対策部絡みだったりすんの?」

 軟骨からあげを頬張った雨屋は、首をふって否定する。

 横から風見が「や、ぜんぜん一般人」と注釈を入れた。

「確かフリーターって……あってる? あってるっぽい。雨ちゃん色んなトコでバイトしてっから全部は分かんねーや」

「なぁんだビビって損した。風見の知り合いの大人って言ったから、てっきり」

「体格で気づかねえ? この細さで刀握れるワケねーじゃん」

「むむ」

 口に入っていたものを嚥下して、雨屋が不服の声を漏らす。

 軽食の串を構えたまま、ワイシャツ越しでも貧相な二の腕に力こぶを作ろうとする。

「お菓子作りは力仕事ですよ。腕相撲でもしてみましょうか?」

「折りそうだからマジでやめて」

「まあまあ。からあげ神。保護者のオトナってだけで未成年の俺らには大助かりだから。打ち上げ花火あのへんでどう?」

 指さされたほうを振り向き、雨屋が「ふむ」と周囲を見やる。

「どの程度の高さまで打ち上がるか不勉強でして、杞憂であれば申し訳ありませんが……上空に障害物が見えますから、向こうのほうが安全だと思いますよ」

「なんかある? 雨ちゃんよく見えんね」

「もうかなり暗いですものね。危なくならないうちに準備しちゃいましょうか」

 張り切って駆け出した雨屋が、数人の学生たちに服の裾を引かれる。

「串が喉に刺さる。食べ終わってから動いて。僕らがやるから」

「落ち着きのねえ大人……」

 子どもたちに諌められた大人は、背中を丸めて戻ってきた。



「……風見さあ、今年も夏休み課題ばっくれんの?」

「おー。なんで?」

「いや、なんでってお前……いいよなぁ。俺もそうなりてーわ」

「センセー達が諦めるまで逃げきりゃ勝ちだぜ。一緒にやらねえ?」

「おーい、火つけるよー!」

 ぱぱぱ、と。高い破裂音が鳴り、上空で色とりどりの火花がはじける。

 地上から幾つも火柱が吹き上がり、公園は歓声に沸いた。ーー誰かが対抗して手持ち花火を構えたと思えば、何人かが両手に複数持ちして張り合いだす。面白がった観衆が足元にネズミ花火を投げ込み、全員あわてて逃げ惑う様子が眩しい光の軌跡を描いた。

 夜の闇に鮮やかな火花が思い思いに躍って、一瞬の閃光を焼き付けて消えていく。


 山ほどあった花火はみるみる無くなり、打ち上げるものも数を減らし。

 大トリの打ち上げ花火がはじけ、最後の火花から熱が失せると、公園に満ちていた声はにわかに静かになった。

「ヘビ花火だってさ〜。見たことある?」

「やります? 控えめに言ってうんこですけど……」

「え、すげー見てえ。やる」

「風見、門限ある組は帰るわ。またなー」

「りょうかーい! ありがとな!」

 メインの打ち上げが落ち着いたあとは、緩やかな解散の流れになりはじめた。

 煙を吐き出しながらモリモリ湧きだす太く長い燃えかすで盛り上がっている中、公園に戻ってくる白髪の人影が風見の目に留まった。

「あー最高……おかえり雨ちゃん。トイレ?」

「いえ、街灯と人通りのある辺りまでお見送りに。夜は物騒ですし」

「げ、やべ。なんもなかった?」

「ご心配なく。問題ありませんでしたよ」

「よかった〜〜ありがと雨ちゃん」

「いえいえ」

 保護者役ですからと、雨屋が笑顔で請け負ってみせる。

 子どもたちは示し合わせずとも顔を見合わせた。

「急に大人だ」

「大丈夫?」

「無理しなくていいよ。こっちで一緒にうんこ見よ」

「エーン…………」

「大人って嘘泣きするんだ」

 細長い体を折り畳むようにしゃがんだ雨屋は、学生たちの輪に自然と馴染んだ。

 後片付けと掃除の合間に残りの花火を燃やしていって、とりとめのない会話がぬるく満ちる。

「みなさま、いつまで夏休みなんですか?」

「八月いっぱいです。最近変わったみたいですよ、近年の猛暑を考慮して……かは分かりませんけど」

「なら夏課外やめなよって思う」

「賛成〜」

「みんなマジメに行ってんだ。偉すぎ」

「風見はいいよね〜気楽で。就職ほぼ確でしょ?」

「そんなことありませんよ。風見さんも暑い最中にハードな訓練をこなされていますもの」

「……風見、訓練でクソ疲れた後にここで騒ぎ散らかしてんの?」

「いじわる言ったのは謝るけど、異常ではあるよね」

「普通にお疲れさまとかねぇの?」

 ススキ花火も在庫が尽き、線香花火に手が伸びた。

 まるい火の玉は次々落ちる。

 風の悪戯か、個体差なのか、はたまた元々ここまでの造りであるのか。長続きしない線香花火を前にした子どもたちは次第に口数が減り、無策で楽しむ派と試行錯誤派に分かれていく。

「お、きたかも」

 ぱち、と。ようやく細い火花が散った。

 霧雨に似た柔らかな火花の音が、次第に密度を増していくーー想定外にひろがる火花に慌てて持ち方を変えた瞬間、揺れた火の玉がちぎれて地面に吸い込まれてしまった。

 惜しい、と漏れた声は、固唾を飲んで見守っていた全員のものだ。

「今の良かったね。長かった」

「風向きかな。持ち方もこうしたほうが……」

 

「おいテメェら!」

 腹に響く低い声が、なごやかな空気を薙ぎ払った。


 道路から大人がふたり、懐中電灯を公園内に向けている。

 身体の大きな悪人面の男が大股で近づいてきて、風見はその覚えがありすぎる風体に「やっべ」と青ざめる。

「たいちょ見逃して! ボヤ起こしたりしてねーじゃん!」

「俺だって止めたかねぇが、見えちまったら叱らねぇとなんねぇんだよ! もっとしっかり隠れて遊べ!」

「死ぬ気で逃げろ! 捕まったら正座で説教コースだかんな!」

「おいコラ慌てさすんじゃねぇ! 危ねぇ道に逃げて怪我でもしたらどうすんだ!」

「たいちょが! 初手恫喝で! 怯えさせたの!! 対策部ウチの常識はヨソの非常識!!」

 おのおのゴミ袋やバケツを引っ掴み、蜘蛛の子散らして逃げ帰った。


 幸いにも、慌ただしい解散で危惧されたような事故もなく。参加者のほとんどが無事に自宅へ帰り着けたのは喜ばしいことだった。

 狙い撃ちで捕まった一人と保護者役がどうなったかは語るまでもないが――怒られ慣れすぎている二名のマイペースな開き直りを前に、説教する側のほうが苦しんでいたことも記さねば不公平だろう。


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