プロローグ
「三男だろう」と言われた。
子供心に抱いていた希望のようなものは、すべからく、その言葉で一蹴された。
放心していたのは初めだけだ。利口な頭はすぐ、一子相伝の武家の伝統、血統の繋げ方――大人の事情のあらかたが、自身の境遇を形作るものだと理解した。
憤った。でも、矛先を向ける相手はいなかった。
生まれの順序を誰に抗議する。貴族には珍しく本妻に一途だった父親か、彼を産んで死んだという、顔も知らない母親か。そんなもの八つ当たりだ、馬鹿らしい。
変えようのない「立ち位置」は、個人の意思すら制限できる代物か。
知識を得る権利すら剥奪されなければならないのか。
生まれがすべてか、長子ならばどんな愚鈍であろうと宝か。
――そんなふざけたしきたりで、どうして僕が割りを食わなければならない。
研ぎ澄ました怒り諸共。明確な呪詛を、現実に向けた。
抑圧され続けるだけの在り方を自身に強い、悪びれもしない家と大人たちに。
「そんなものは我儘だ」の一点張りで、話を聞かない兄弟に。
「由緒ある家ならば当たり前のことだ」と。思考停止しているくせに大きな顔をする、無為に年を重ねただけの重臣達にも。
「家督を継ぐのも秘伝を継ぐのもお一人なれば、棗の家に重要なのは跡取りのみ……晃一様は次期当主に相応しい才覚をお持ちだ、これ以上は有り得まい」
「……おおかた、当主様が寛容ゆえつけ上がったんだろうよ。あれは、自分が『生かしてもらっている』のだという思慮に欠けている」
自分は不要だと明言された。丁度よかった。
人攫いのごろつきを痛めつけ脅し、容姿の似た子どもの死体を拝借した。
自分の葬式が始まる屋敷を後目に、都を離れた。
此処に居ても成長は望めない。
どう足掻こうと「家」を凌駕する高みに届かせられはしない。
外に出よう。世界は広い。伝統を重んじるといえば聞こえがいい、現状維持の停滞を続ける黴臭さにも耐えかねていたところだ。
ちっぽけな「家」を、外側から眺める良い機会だ。
手持ちの武術に外部の流派を取り入れてもいい。納得いくまで研鑽を積み、誰にも邪魔されず挑んでいける――柵を捨てた現状の、なんと清々しいことか。
血縁が自分を苦しめるなら、家族と共にある方が不自然だ。
生まれついた場所で生き続ける必要など、どこにもないのだから。