僕は多分理不尽を呑み込めるだろう
怪獣映画のジオラマは、昔はお菓子で作られていた。
破壊しやすくグチャグチャで無残な無機物を演出するのには、うってつけだからというネットの記事だったかで見た気がする。
信憑性という点では皆無と切って捨ててしまうぐらいだったが、実際に目の当たりにすると、三割ぐらいは本当なんじゃないだろうかと思ってもいいだろう。
家だったもの、いまは山程あるお菓子の残飯を集めたらそれに近いものが出来ているといったほうが正しいし、それしか言いようのないものだ。
お菓子は見た目が大事な要素という事が分かる。
例え味は良いと言われても空腹でどうしようもなければ食べないだろう。
美少女のアイドルが作りましたと言われたなら証明を求めた上で、小一時間程は、なやむだろう。
それが常識というものだ。
常識のないキュアトロールが、正面から堂々とお菓子の家を壊して、泣きじゃくる子供達を追い回し、家はとばっちりをうけ破壊され、子供達がアイドル活動の契約を泣きながら了承する頃には、お菓子の残飯の山になっていた。
キュアトロールが魔法少女か怪獣映画の主役かと問われたら、間違えのないような光景ではあるが、口から光線とか出してない分ギリ魔法少女だと、言う事に思い込むことにしよう。
藁の家を吹き飛ばした狼と同じぐらいだと思えば可愛いものだろう。
何せ殴られることはあっても、捕って食われるという事はない。
そう思えば、狼のほうが恐ろしい気すらしてくる。
スカウト活動というより、押し買いとかその辺に近いけれども、魔法少女らしくを追求した結果である。
それに、子供というのは、理不尽な存在だ。
こちらが正しいと思う事でも、子供はそんな理を受け入れようとしない事もある。
子供達が子供らしく、人の心ある説得を聞かず逃げ回るように、泣きじゃくるように、魔法少女キュアトロールがもっている魔法少女らしさで解決した結果なのである。
魔法少女とは子供に、夢や希望とか与える存在である。
キュアトロールの、曲げない強さとか夢とか、真っ直ぐな力強さとかを目の当たりにした子供達は、きっとキラキラした彼女の笑顔とかを深く心に刻みつけた事だろう。
個人的には、溝とか傷になる前に忘れる事を願っているしあるいは夢のような時間だと思って、強く生きてほしい。
子供は理不尽な存在だと思うけれど、大人あるいは僕らだって、子供からしたら理不尽な存在だ。
それなら、同等で平等だと思う事にしよう。
自己弁護のような、南野社長への報告を考えている。
それでもきっと理不尽に怒られるだろう、常識的に考えればきっとそうなる。
クリームやら砂糖で出来たお菓子の家を殴ったり暴れたりして壊したなら、ベタついて汚れてしまう事ぐらいにはわかりきっている事なのだから。
お菓子の残飯は無理でも、きっとこのぐらいの理不尽さは僕は呑み込めるぐらいには、大人なつもりだ。