キュアトロールはしゃぎまわる、雪山を
この現実世界には命の危機と言うものが溢れている。
そういわれた時にどう思うか。
無論一般の人ならこう答えるだろう。
【そんなバカな】と。
いや、マジでそんなバカな話があってたまるかと平和な場所で何を言っているんだと、テレビアニメや中高生
が好んで読むような読み物にひきづられているんじゃないかと正気を疑われるようなレベルの話に違いない。
だけど、そう思える人こそ知らないのだろうか、それとものど元すぎれば熱さをわすれてしまっているのではないか。
無垢な子供でも、無謀な若者でも命の危機が潜む薄氷一枚を踏み続け歩いているということを。
昔を懐かしむ老人、無関心な大人だろうが立派になろうがなるまいが、薄氷をふみつづて生きていくことにはかわりがない。
ゆらゆらと揺れる天秤のようで
ひしひしと軋む薄氷の上で
僕らは生きている。
そう思うことで、いまの置かれている状況が楽しくなるわけでもなく、むしろ出発前に南野社長がくれた大量の読む気のしない報告がまとめられた紙の上に鎮座していた、死んでも文句をいわずに成仏しますと書かれた誓約書の重みが今頃になって分ってくるというものだ。
簡単に一言で言ってしまえば、後悔している。
もっと付け加えれるのならば、後悔しまくっているということに他ならない。
その縁起でもない書類にノリよくペンを振るい、サイン会か何かと勘違いしているかのようにスラスラと何事もなくご丁寧に僕の分まで署名してくれた相棒の魔法少女キュアトロールに文句を呪詛のようにぶつけたことも懐かしく可愛らしく感じるほどに今の状況は最悪だった。
「寝たら死ぬな確実に」
「井上そりゃあそうだろうよ 雪山だもの」
「雪山で絶対に遭遇しない格好だけどなお互い」
あたりを見渡すかぎりというのも馬鹿らしいだろうか、白しかないような場所をひたすら苦行。
絶対に歩いてはいけないような天候の中歩いている。
山をなめているのかと言わんばかりのいつもの軽装にもかかわらず歩けているのは魔法少女の特徴、もしくは功績だとしても、結局寒いし眠いし、目指す場所が分からなく遭難しかけているし、命の危機があるような状況になったのは目の前にいる唯一の白以外の存在である魔法少女キュアトロールの所為であるが故に感謝もできない。
「世界の危機になるかもしれないか いよいよ魔法少女らしくなってきたんじゃないか井上」
「その前に命の危機のほうが先にきそうかなだって雪山だもの若干吹雪いているもの」
世界の危機とかそういうものを期待している魔法少女キュアトロールにはこの吹雪をなにか夏休みの時のプチイベントのような小規模な台風と勘違いでもしているのだろうか。
高笑いしそうに、いや時折こぼれている笑いをしているところをみると勘違いしているのかそれともこの吹雪の中で僕の声など聞こえはしないということだろうか。
少し前から僕のスマホに示された目的地の山小屋を指すナビゲーションの矢印がグルグルと回って使い物にならないようにキュアトロールも使い物にならないぐらいにはしゃいでいる。
あのはしゃぎっぷりに水を刺すようなことはしたくないが、山小屋の枕返しのトムちゃんにアイドル解散を考え直してくれるようお願いしにいくだけなのだから、世界の危機は遠いに決まっているのにと思っていてもあのはしゃぎっぷりとこんな状況になってしまったことの仕返しに黙っていると若干気はすむが、それでもどうやっても、命の危機はワリとすぐそこらに来ているのかもしれない。