馬耳東風
好感のもてる笑顔というものが、世の中にはある様だ。
ある様だというよりは、あるといった方が正しい。
そして、接客業の基本である、奥義でもあるという事は、しかし笑顔が基本と言うことは、周知の事実というものであるから、結局の所はアザといという事にはならないだろうか。
アイドルも、看護士も、看板娘も、キャビンアテンダントも、結局の所仕事だから。
好感のもてる笑顔というアザとさに悪意をもった考えをしていたら、人生はツマラナイものになってしまう。
それは、ソレで良いものだと考えたほうが人生はより良いものになって行くだろう。
「あの、人の話を聞いてますか?」
「モチロンです」
この通り、好感のもてる笑顔を実践して、ふーんとかあぁこいつダメだなと思う様な、寂しい大人になってはいけないのだ。
南野社長は、そんな大人じゃないことを願います。
それが土曜日という休日に書類と初仕事にそわそわして、見ただけで溜息のでそうな厚さの社内マニュアルに若干面倒さを感じたり、隣の魔法少女キュアトロールが、連日あれだけ騒ぎたてたのに、ここに来てまでも騒ぎそうなテンションで、何かやらかさないかと不安が増大したり、現地集合で大人なのに遅刻した先生を情けなく思っていたせいで、話を半分も聞いてなかった僕に対してのそれなりの優しさだと信じたい。
南野社長はそんな僕の信じる気持ちが、通じた。
微笑み返してくれた笑顔が優しさを垣間見せてくれたものとして、この気まずくなりつつある空気の入れ替えをしよう。
「初仕事ってどんな感じですかね」
「今説明をしましたが」
よりによって、なんてものを話題にしてしまったのだろうか。
「結城先生がいないから不安で」
「気にしないでくださいといてもいなくてもと笑いながら言ってましたよね」
よりによって、心にもないことを言ってしまって、ドツボにはまってしまった。
「お茶、美味しいです」
クピリと急速に渇いた喉を苦味と風味豊かなお茶が、胃にしみていく。
胃に染み渡り切る頃には1ミリも減っていなかったはずのお茶だがスッカリと空になっていった。
「もう一度だけ、仕事の説明をしましょうか?」
こうして、お互いに何事もなかったように話を戻そうとした。
「いや井上そういうの良いから仕事いこうぜ」
なんでもう少し黙っていられなかった。
体力有り余っているならば、遅刻してしまっている結城先生でも探しに行けば、余っている分ぐらいは、消費する事ができるだろうに。
「魔法少女キュアトロール、初仕事の内容を聞いてからでも遅くないだろう」
好感のもてる笑顔で、とりあえず空気を読めと訴える。
「おいおい、井上お前だって初仕事がどんなものかわからないが、ワクワクニヤニヤしているのは、止められてないぞ、まっ気持ちは分かるけど、魔法少女キュアトロールもどんな仕事がくるのか楽しみでしょうがない」
気持ちがまったく通じていないし、やっぱり南野社長の話を聞いてなかった。
「それでは、キラキラデイズの新しいキャラの元を空想再現システムを使って探して来てください」
どうやって探せば良いのかという質問を言い出すことも、出来ず。
かくして初仕事は失敗の予感を漂わしながら、始まった。