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死んで花実が咲くものか 33

 深夜、美佳はオートロックのマンションの3階の自宅に帰ると、土間に父の靴がないのを確認して、まだリビングでお風呂上がりの髪を乾かしながらテレビを観ていた母に、ただいまと声を掛けた。母が観ていたテレビは録画してあったドラマだった。このドラマを母が何度も観ているのを彼女は知っていたから、よく飽きもせずに何度も観れるな、と思った。


「おかえり。遅かったじゃない? 友達と遊んでたの?」


 美佳の母は高校生ともなれば深夜に帰宅することもあるか、くらいに認識していたから、娘の深夜の帰宅に特に怒ったりはしなかった。ただ、夕飯が無駄になるから、食べてくるときはそのように連絡してとだけ、いつものように繰り返した。


「いや、まだ食べてないんだ。ずっと外で友達とお喋りしてただけだから。」


「そうなの? この寒いのに元気なものねぇ。じゃあ、冷蔵庫に美佳の分のモモ肉入ってるから、チンして食べて。あと味噌汁も温めてね。」


 美佳は返事もせずにのそのそと冷蔵庫まで歩き、冷蔵庫から鳥のモモ肉とサラダが盛り付けられたお皿を取り出すと、電子レンジに放り込んで温めた。


 母は娘が食事を始めたのを潮に、


「食べ終わったらお皿は水に漬けといてね。じゃあ、母さんもう寝るからね。おやすみ~。」


 と言って寝室に入ると、木建てのドアがカチャっと音を立てて閉まった。




 シンとするリビング。突如無音になった空間が恐ろしくなって、美佳は母が消していったテレビの電源を入れて、適当にチャンネルを変えていった。特に観たい番組があったわけではないが、なにか賑やかしの音が欲しかったのだ。


 そのうち玄関ドアの錠が回り、父が帰ってきた。


「ああ、父上、おかえりなさいませ。」


 いつもは父が仕事から帰ってくる時間帯は自室で過ごしているので、彼女が父におかえりと言うことはなかった。だから彼女としては、久し振りの父に対する“ おかえりなさい ”にサービス精神を盛り込んだつもりだった。


「ふっ、ただいま。」


 父は鼻で笑いながらも、照れているよう。


「なんだ、今日は美佳も遅かったのか?」


 テーブルの上の食器を見て、父が彼女に尋ねた。


「うん、友達と話してたら、遅くなったんだ。」


「そうか。友達と遊ぶのはいいが、あまり変なことはするなよ。」


 申し訳程度の父らしい小言。


「大丈夫だよ。」


 おそらく父が心配している方面のことは大丈夫なんだ。ただ、別の方面で全然大丈夫じゃないんだけどね……、と彼女は天井を仰いだ。


 彼女は両親に特に不満はなかった。2人とも真面目だし、携帯電話も持たせてくれているし、お小遣いもくれているし、至って家庭は平和なのだ。


「ご飯準備するよー?」


 部屋で着替えている父に向って大き目の声で確認する彼女。聞こえていないのか、父から返事がないので、勝手に電子レンジに皿を突っ込んで温め、すでに温くなってしまっていた味噌汁の鍋も改めて火に掛けた。


 父が部屋から出てきたところで、


「いま鳥モモ温めてるから……ビールは? 飲むんでしょ?」


 と気を利かせてみると、


「ああ? なんだ? なんか欲しいものでもあるのか?」


 と父の心ない一言。


 いや、欲しい物なんて……、ねえ? ちょっと2億円用立ててほしいだけなんですが、と心の内で思うと、なんだかおかしくて、彼女は1人で乾いた笑いを漏らした。


 そして、食事をする父の姿を見ながら思った。


 来週の月曜の晩には私は死んでるかもしれないと話せば、この人は一体どんな顔をするんだろう?


 家族に例のウェブサイトの自殺予告とその結末の話をするのは、徒に家族を苦しめてしまうようで、どう考えを巡らせてみても、到底できるものではなかった。

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