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死んで花実が咲くものか 32

 美佳とtamaの2人は、明後日の晩にまた会うことを治子と約束して、その日は別れた。


 治子を見送った2人は自販機で缶コーヒーを買って、駅前のロータリーにあるベンチに腰を下ろした。


 暖房が効いた店内から外に出たから、寒さで身が震えるようだったが、改めてほかの店に入ろうという気にはなれなかった。それよりは寒空の下の方が気が効いている、と美佳は思った。彼女は手の内にある缶コーヒーをしばらく開けずに、両手で擦って暖を取った。


「ハルさんって本気で2億円とか言ってんのかな?」


 tamaは治子の言葉を冗談だと思っていた。いざとなればきっと助けてくれるものと信じていたのだ。だから美佳にもそう伝えて、あまり心配しなくてもいいよと言った。彼のときだって、治子は途中で匙を投げたようなことを言って去っていったのに、わざわざ会社を休んでまでU公園に駆けつけてくれたのだし、彼女はおそらく、自分たちと相対しているときに受ける印象よりも、おそらくずっと優しい人なんだ、と彼は思っていた。


「気休めだろうけれど、ありがとね。」


 美佳は彼の優しい言葉を心底嬉しく思うほど弱っていた。いつもの彼女ならば、気休めなど要らないとつっけんどんに言い返していたことだろう。


「なんか変な感じね。病気でもないのに、人生の終わりがすぐそこって分かっちゃうなんて。」


 美佳は微笑んでいたが、彼はそんな彼女の様子を見て、彼女は諦観に達してしまったのだろうかと焦った。


「ミヤちゃん、大丈夫? 気分はどう?」


 すぐ隣に座っている彼女……、なのに、身体は近くにあっても、心は遠くに行ってしまってるんじゃないか、と彼は空恐ろしい想像に囚われた。


「ん? 大丈夫。ただ、タマがもうじき死ぬってなったときは、タマのことが憐れで、悲しくって、なんとか力になってあげなきゃって感じだったけど、自分のこととなると、タマのときよりもショックが少ないの。なんか自分がどうこうってよりは、私が死んだら親とかどうなるんだろうって、周りのことの方が気になっちゃうんだよね。これっておかしい?」


 自己評価の低い彼には彼女が話す内容というか、そういう気持ちも理解できた。だが、彼女がそうした心情であることが理解できなかった。いつものミヤちゃんなら、絶対そんなことは言わない……と彼は思った。


「おかしくないけど、おかしいような……でもおかしくないと言えばおかしくないような。」


「はっ、相変わらずはっきりしねえな。」


 その辛辣な言葉に、いつものミヤちゃんだ、と彼は安堵した。


 駅の改札からはひっきりなしに人の群れが出たり入ったりして、2人が座るベンチの周りにいる人たちも激しく入れ替わっていた。美佳はそんな人たちを眺めながら、みんなそれぞれ自分の世界があるんだろうな……とか、あの人は独身でこれから夕飯を外で食べて帰るのかな、とか、あのおばさんはパート帰りで、帰宅して慌ただしく家族の食事の支度をするのかな、とか、あらぬ想像を巡らせて遊んでいた。


 その間もtamaとの会話は続いていた。


 しばらくして彼が、非建設的な話はやめて、建設的な話をしようと言ったから、彼女はちょっと弱音を吐き過ぎたか……と、ここまでの自分の話した内容を吟味した。とはいえ、建設的な話と言われても、いまの彼女にはどんな話が建設的なのかまったく見当が付かなかった。


「いまはタマと他愛もない話をしてたいんだけどな?」


 甘えるような声音で彼女が彼に言うと、彼女の意に反して彼は


「そういう話は来週の火曜日以降にしよう。」


 と、はっきりと言った。


 来週とか……皮肉かよ?


 時折り、彼女は彼の発言にムッとさせられながらも、いまの彼女の弱音を真剣に聞いてくれる存在は彼だけだったから、結局、その晩は終電近くまで彼と話し続けた。そして、当然のように彼と明日も会う約束をした。


 明日は学校はパスだな、と帰りの電車の中で思いながら、彼女は大きな欠伸をした。

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