肝試し ⑩
治子のS町とT町における既視感は当人もあまり意識していなかったが、成長とともに酷くなっていった。
あれ、この景色見たことある?
というような些細なものから、酷いのになると、
あれ、この道路って軌道が走ってなかったっけ?
というように、彼女自身知らないはずの記憶が脳裏に浮かび上がり、現在の景色との相違に困惑させられたりもした。
あるとき父に
「ここって電車が走ってなかったっけ?」
と聞いてみると、
「よく知ってるなぁ。」
と感心されたことがあった。一緒にその話を聞いていた母は
「それって大昔のことでしょ?」
と呆れていた。
というのも、T町とS町、そこからずっと北の先にあるK町を結ぶ軌道があったのは昭和40年頃までの話で、モータリゼーションの発展によって軌道は撤去されてしまっていたからだ。だから父も母も実際にその軌道を走る路面電車を見たことはなく、それぞれの親から昔話に聞いたことがある、というだけ。なのに治子の脳裏には時折り、軌道が走っていた往年の風景がパッと浮かぶのだ。まるでその風景をいま、実際に目にしているかのように。
T小学校のRC造の校舎が木造の校舎として視界に現れることもあった。
S町の幹線道路と工場地帯を遮る網目のフェンスが、薄汚れた分厚いコンクリートの壁に見えることもあった。
なんだろう? 不思議ね、と彼女は思った。
幽霊と関係ある? と考えたこともあったが、重信の1件以来、幽霊との接触を避けてきた治子はすぐにその可能性を否定した。
脳裏に浮かび上がるといってもほんの一瞬のことであれば生活に支障を来すほどでもなかったし、そのうち彼女は、過去の風景がフラッシュバックする現象についてあまり気にしなくなった。




