肝試し ⑧
翌日、学校が終わって帰宅した治子はS町の小島家を訪れていた。
彼女は約一年前からちょくちょく小島家に遊びに行くようになった。祖母がまだ存命だった頃、何度か一緒に足を運んだことがあったが、残念ながら当時の思い出は本当に朧げで、3年前に祖母が亡くなってからというもの、治子は小島家に寄り付かなくなっていた。
それがなぜか昨年のある日、
――――――――――――――――
当時小学3年生だった彼女は小島家の庭に植わったすももの木に登ってすももの実を採っていた。そのとき、下から
「お嬢さん、お嬢さん。」
と誰かが彼女を呼ぶ声がして彼女は我に返った。当時の彼女は自分がなぜ余所の敷地に侵入したうえに木に登っているのか分からず大層焦ったが、とりあえず声のした方を見ると、すももの木の下には腰の曲がった白髪のお婆さんが立っていた。
「そのまま、そのまま、ね? 梯子掛けたからね、危ないから、下りるときは使ってね。」
そう言うお婆さんを見て、次に木の幹に目をやると、確かに梯子が掛けてあった。いつの間に? と治子は思うと同時に、余所のお家の木に登ってることが途端に恥ずかしくなって、
「ごめんなさい! すぐ下ります!」
とお婆さんに伝えたが、お婆さんの方はあまり治子の木登りに驚いていないようで、
「ああ、慌てなくていいのよ。落ちると怪我するから、ゆっくり下りてらっしゃい。あ、そうだ。せっかくだからお婆ちゃんの分のすももも1つ採ってもらえるかしら。」
と治子に優しく声を掛けた。彼女が肩に掛けた鞄の中を見ると、すでにすももが5個あったので、
「たくさんあるんで大丈夫です。」
と言ってからお婆さんが支えてくれている梯子を下りた。
「ごめんなさい。自分でもなぜお婆ちゃんのおうちに入ってしまったのか、全然覚えていないんです。すももも5個採ってしまったみたいで……。」
盗人と疑われても仕方のない状況下で、治子は真っ先に弁明を試みた。鞄の中も公開してみせた。まだ自分の意志で犯した罪なら見咎められた際の覚悟もしていただろうが、自分でも事の経緯が分からないとあって、焦りは最高潮。とにかくなにか言葉を継いで、相手に自分の状況を分かってもらわなければと、気が気でなかった。
そんなふうに気が動転している治子に対し、お婆さんは
「気にしなくていいんだよ。放っておけばどうせ落ちてくるだけだし、採ってもらった方がうちも助かるよ。こっちへおいで。」
と微笑んで、縁側へ腰を下ろした。治子は罰の悪さを感じながらも、言われるがままにお婆さんの隣に座った。
「児島さんのところの治子ちゃんでしょ?」
と、お婆さんが治子に確認した。
治子はお婆さんが自分の名前を言い当てたことに驚いた。お婆さんにしてみれば、小さな町内の、それもかつての友人の孫である治子のことを忘れず覚えていた、というだけだった。だが、治子にしてみればそれはとても意外なことであり、内心、私ってそんなに有名なのかしら? と頭に疑問符を浮かべたものの、とにかく彼女は自分が治子であることを認めてから、改めてお婆さんに謝った。
すっかり肩を落としている治子にお婆さんはすももを勧めて、
「治子ちゃんが木登りしているのを見て、最初、姉が木に登っているのかと目を疑ったわ。」
と言った。
それを聞いた治子は、お姉ちゃんもよくこの木に登っているのだろうか、と思った。




