治子6歳の戦い ⑰
深夜、治子は目を覚ました。
身体に奇妙な圧迫感があった。
だが、部屋は真っ暗で状況が一切分からなった。
寝惚けていたものの、なんとなく重信が殺しに来たのかもしれないと思った。
そう思った瞬間、心臓が高鳴った。
ここで死ぬのはまずいと思った。
ここは叔母の家だし、隣には4歳の娘もいる。
「重……ちー……?」
必死に声を絞り出した。
だが、首筋を締め付ける力は緩まない。
「重ちー……でしょ?」
「なんだい? ハルちゃんまで僕のことが見えなくなっちゃったのか……。」
重信が残念そうに言ったが、治子は暗闇の中だから重信を視認できなかっただけだ。いまの重信の言葉も彼女には届いていた。
だが、治子の首への圧迫が一層強まったせいで、彼女はもう声を出すことができず、彼の言葉を否定することはできなかった。
彼女としては死にたくなかったが、もう死ぬんだと思った。
大人だって幽霊には手も足も出ないんだ。
せめて静かにしてなきゃと思っても、苦しさにどうしても見悶えた。
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部屋がパッと明るくなった。
ぎゃああと叫ぶような赤ん坊の泣き声が聴こえた。
そして、叔母の雷が落ちた。
治子にはそれらの物音がまるで遠くで響く雷鳴と同じで、現実感がなく、まるで他人事のよう聴こえていた。
就寝前と変わらない六畳間。
ブーンと微かに耳を打つ蛍光灯の音。
治子は辺りを見回し、重信の姿を探した。
彼が彼女を攫いに来ているのだ。
次の瞬間、頭に痛みが走った。
「お前は人の話も聞けないのかい!?」
叔母に頭を叩かれたのだ。
目の前に顔を赤くした叔母が立っていた。
その傍らには4歳の娘がいて、いまにも泣きそうな顔をして治子を見上げていた。
「わ、私……。ごめんなさい。もう、帰ります。」
治子はとにかくこの場から逃げなければと思った。
「帰るって? いま何時だと思ってんの!? 夜中の2時だよ!」
正気に戻って、治子は初めて叔母の剣幕に慄いた。
「夜中に騒ぎ出したかと思うと今度は急に帰るだって? ふざけんじゃないよ、まったく!」
私が騒いだ……?
身に覚えのない罪状を突き付けられて、治子は不審に思いながら布団に入った。
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それからしばらく、彼女は重信がまたやって来ないかと警戒したが、その後、治子の前に重信が姿を現わすことはなかった。




