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治子6歳の戦い ⑩

 土曜日、治子は重信と2人きりになるために山の畑へと出掛けた。もちろん父は彼女の外出を引き止めたが、彼女は聞かなかった。父が思うより彼女は自身の身を心配していないのだ。


「ナンマンダブって言ってみ?」


 彼女が重信に言う。


「ナンマンダブ?」


 彼は聞き返したつもりだったが、彼女の方は彼が素直に復唱したものだと思った。


「成仏した?」


「分かんない。」


「ふう……、天国へ行けたかって聞いてるの。」


「天国って?」


「空を見てみて。雲があるでしょ? 天国は雲の上にあるの。」


「あんな高いとこ、行けないよ。」


「ナンマンダブって10回言って。」


「ナンマンダブ、ナンマンダブ……(中略)……ナンマンダブ。」


「どう?」


「別に、なにも?」


「チッ、坊様まで嘘吐くんじゃぁ世も末だわ。」


「どうしたの? ハルちゃん。」


「なんでもないわ。で、重ちーは成仏したいの? したくないの? どっちなのよ?」


「う~……。」


「天国はとってもいいとこなのよ? 知ってる?」


「どんな感じなの?」


「雲の上だから毎日お天気でしょぉ? ポカポカ陽気で日向ぼっこしながら、ふわふわ風に乗ってお空を流れてくの。で、雲は綿菓子みたいになってて食べれるし、ほかにも食べたいってモノがあったらそれが出てくるの。お菓子もジュースも食べ放題飲み放題なの。そんな感じで、毎日みんなと楽しく遊んで暮らしてゆくの。なにをしたって怒られないし、痛いことなんてのもないの。」


「へ~。」


「天国へ行ってみる気になった?」


「うん、ハルちゃんと一緒だったら行くッ。」


「私は無理よ。」


「なんで?」


「だって、まだ生きてるんだもの。天国には死ななきゃ行けないわ。」


「へ~。」


「あと80年くらいしたら私も死んでるだろうから、それまで三途の川の前で待ってて。」


「80年?」


「そ、80年。でも、もしももっと早く死んじゃったら、80年よりもっと早く私も天国へ行っちゃうから。重ちーはちゃんと三途の川の前で待ってなきゃダメよ。もし重ちーが見当たらなかったら、先に私だけ天国へ行っちゃうんだから。」


「わかった。」


「約束よ。」


「で、三途の川ってどこにあるの?」


 重信なら三途の川の場所くらい知っていると思っていた治子は、思いがけない質問にたじたじになってしまった。


 海沿いの工場地帯からウーーー……とサイレンが鳴り響くと、正午になったのだと分かった。治子はテレビで新喜劇をやってるのを思い出すと、それまでの話なんて忘れて急いで家に戻った。

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