治子6歳の戦い ⑨
「どうにもお役に立てなかったようで、申し訳ありません。幽霊とかお化けというのはウチとは畑違いでして。」
それらしい言葉を並べ立てても無駄だと思った住職がついに観念した。父はそんな住職にも恐縮してお礼を述べた。
「伊藤重信って子で、大正14年の土砂崩れで死んだらしいの。知らない?」
父と住職の話が終わる前にと、治子は父に耳打ちした。
幽霊については専門外の住職だが、S町の死亡者に関しての情報は持っているかもしれないと彼女は思ったのだ。なにしろ住職がS町で自転車を漕いでいる姿をよく見かけたから、伊藤重信の家も安徳寺の檀家である可能性が高い。なんらかのリストに伊藤重信の名前があれば、それこそ彼女が見ている霊のルーツなのだ。
「大正ッ?」
父は彼女の口から大正という言葉が出てきたことに面喰ったものの、彼女との数度のやり取りののちに、彼は檀家の死者のリスト的なものの中に伊藤重信の名前がないかどうか確認してくれないか、と住職に頼んだ。
それに対して、過去帳を見せることはできないが場合が場合だけに私の方で確認してお教えしますと、住職はそう言って席を外した。
ほどなくして住職が戻ってきた。
「確かに、伊藤重信という方が大正14年7月11日にお亡くなりになられていますね。ちょうど、S町で土砂災害があった日です。年齢も当時6歳で間違いないようです。」
ここに至って住職もこの案件が一人の少女の生死に関わる問題だと判断した。
住職は自分にできる精一杯として、彼の知り合いで霊だとか怪奇現象について研究しているという人物への紹介状を書いて父に渡した。それから先方に電話をして、次の日曜日に伺う約束まで取り付けてくれた。
父の古いシルバーの軽自動車がブオオンとエンジンを唸らせて走る。
「やっぱり偽物はダメね。」
帰りの車中で、治子は父に言った。偽物というのは住職のことで、安徳寺の坊さんには髪の毛があるから本物の坊さんじゃないのだと彼女は父に説明した。
「はは、時代劇の見過ぎだよ。」
薄暗い峠道を走りながら、父は前方を見たまま答えた。




