治子6歳の戦い ⑧
ひたすらくっついてきて始終「遊ぼう」と言い続ける幽霊を、住職は想像した。
うむ、確かに怖い……んん、怖いか? 鬱陶しくはありそうだが……。むむ。
「でも、なにも悪さはしないんでしょう? であれば、怖れる必要などありません。怖いのは後ろめたさがあるから。なにも悪いことをしていない子に、幽霊は乱暴しません。そして、私の知るかぎり、ハルちゃんはいい子だから大丈夫ですよ。」
住職の言葉を聞いて、治子は眉間に皺を寄せて住職を睨んだ。顎を上げたり引いたり、頬をふくらませたりしながら、一生懸命いろいろな睨み方を試みた。それから目を丸くして舌を出したり、面白い顔をして笑わそうとしたり……。その様子を見て住職は治子のことを可愛らしい子だなと思った。
「どう?」
いろいろな表情を試し尽くしたのちに治子が尋ねた。
「園長先生、いま、ちょっと私のこと怖いって思ったでしょ?」
住職がフッと失笑を漏らした。
「おい、治子、なにを言ってるんだ?」
二人のやり取りの意味を理解しかねている父が治子を責める。坊様に対して不敬が過ぎるんじゃないかと思ったのだ。父にとって坊主、先生といった人に教える職種の人たちはとにかく偉い人で、その人たちに楯突くなどあってはならないことだった。
「だって……。」
「なんだい?」
「だって、怖いのって理屈じゃないんだもん。」
「うん、一理あるね。でもね、園長先生にいまみたいな言い方をしてはダメだよ。」
「ごめんなさい。」
素直に謝る治子の頭を父は撫でた。
だが、その胸中は穏やかではない。
治子はすでに幽霊に憑かれてしまっているのではないか?
一抹の不安が父の中に芽生えていた。
なにしろ6歳児が理屈なんて難しい言葉を使うなど到底考えられないからだ。
父の傍にちょこんと座る小さな治子。容姿は治子だが、中身はまったくの別人……そんな想像をすると、生きた心地がしなかった。




