治子6歳の戦い ⑤
重信はいつも治子の後ろにくっついていて、彼女は彼を極力無視した。周囲に人がいないのが確認できると、ときどき彼に付き合って話したり遊んだりもしたが、それは彼に恨まれるのを怖れたからだった。
彼女には彼をどうすることもできないのだ。
彼女が彼を叩こうと思っても透けてしまうし、一方で、彼は自分の思うように実在するモノに触れることができる。だから、もしも喧嘩になれば彼女は一方的にやられるほかない。そんなことを想像すると彼女は震え上がらずにはいられなかった。
周りに人がいるときには彼のことを無視してきたから、周りの人たちに自分の奇行を悟られているとは思っていなかった彼女。だが、周りの人たちは彼女の様子がおかしいことに気付いていた。
「ハルちゃん、今日も安田の前でまるで誰かいるみたいに話しながら遊んでたわよ。」
狭いS町内、誰もいないと思っていてもどこかに人の目があるもので、今日も小島商店という雑貨店の前に戦前からあるアパートに住む田口さんが児島家を訪れて、噂話に精を出していた。ちなみに安田というのは駄菓子屋を営む婆さんの名字で、S町の人は駄菓子屋のことを安田と言っていた。
「治子、最近、一人で遊んでることが多いが、どんな遊びをしてるんだい?」
その晩、父に尋ねられて治子は回答に困ってしまった。
正直に話しても一年前までと同じように変な子扱いされるだけだろうし、かといって、一人でペチャクチャ喋りながら、なにをして遊んでるって言えばいいんだ? それはそれで少し変な子じゃないか。つまり、なにをどう言い訳しようと、重信と遊んだり話したりしている姿を見咎められた時点で両親からはすでに変な子のレッテルを貼られてしまったわけだ。
「んんとね、虫を採ったり、山に行ってみたりぃ……。」
嘘というか、重信と一緒にしていることを話した。まだお化けと遊んでいるという事実まで看破されたわけじゃない。であれば、できるだけ穏便に、有耶無耶にできればと彼女は思った。
「治子、ずっと前に、誰もいないところで、人がいるとか、父さんたちには見えないのかって、言ってたことがあったよね?」
当時とは異なり、父は優しく彼女に尋ねた。
その問い掛けに彼女は無言で頷いた。




