生霊 23
「智美、智美ぃ。」
部屋の隅に智美の幽霊の姿を見つけて、琢磨は呼び掛けた。
「幽霊ってなんなんだよ? お前の目的はなんだ? なんでオレをさっさと殺してしまわないんだ?」
尋ねてみても、幽霊は返事をしない。
「また一人、無意味に死んだよ。予告どおりではなかったようだが、おかげでいまチャットは大騒ぎだ。」
彼はパソコンの画面と智美を交互に見やりながら話した。
「智美がオレを殺さない理由、少し考えてみたんだ。」
傍から見れば、彼はいま誰もいない部屋で独り言を結構な声量で言っている恰好。まだ社会との繋がりがあった頃の彼からは想像もできない行動だった。
「オレを殺してしまうと、一人ぼっちになるからな。」
椅子の背もたれに寄り掛かると、椅子がギイっと軋んだ。
「なあ、ボブ・ディランの歌でライク・ア・ローリングストーンっていうのがあるんだけど、知ってるか? いまの智美を見てると、その歌を思い出すんだ。」
「オレが死ねば成仏できるのか? それとも一人ぼっちになるのか?」
「一人ぼっちになったって、智美は自由になれそうもないけどな。」
「ああ、オレだ。オレだよ。あれは女のことを歌ってたから勘違いしてたが、あれよあれよと転がり落ちて、独りになっちまったのはオレの方だったな。」
「え? いまどんな気分かって?」
幽霊はなにも言わないのに、彼は一人で会話していた。
「う~ん、そうだなあ。あんま良くないな……。」
「ああ、でも、お前がいるから、一人ぼっちじゃないか?」
カチャカチャカチャカチャ……。
彼はチャットにハルのことを書き込んだ。
幽霊の仕業だと焚き付けておいて、解決方法を示さずに放置しておくのは良くないと思ったのだ。
彼女の名前と勤めている会社名だけ。
あまり個人情報を漏らし過ぎると、自分が幽霊になったときに彼女にやられてしまうと思って、彼は自嘲気味に笑った。
彼女はオレには嫌な奴だが、たぶん、ほかのヤツには優しいんだ、と彼は思った。
書き込むべきことを書き込むと、彼はパソコンの電源を落とし、ベッドに横になった。
「智美、来いよ。今日はお前を抱いてやる。」
そう言いながら、彼はウトウトし始めた。
それからの彼は返事をしない幽霊に頻繁に話しかけるようになった。
昔のことを思い出すようになった。
寝ては昔の夢を見て、醒めては薬を飲んでまた眠る……という生活になった。
彼はそれこそ一日中眠った。
一日中、一日中……。




