生霊 ⑱
奈菜の殺害を遂げた日、琢磨は医者から言われたように少し運動をして、ぐっすり眠れるように心掛けた。さらに睡眠導入剤も適量より多めに腹に入れて、ベッドに横になった。
今晩からは幽霊は出ない、と彼は信じて疑わなかった。
なのに、夢を見た。
落書きだらけの部屋の中で「なんでだよ!」と開口一番、彼は叫んだ。生霊の本体は殺したはずなのに……まさか、本体は奈菜じゃなくて智美か? と彼は短絡的に考えた。
それから、もし今晩の夢の中で死んだらどうなる? と考えを巡らせた。
目を覚ます → 幽霊が出た夢のことを覚えてない → 奈菜はもうやっつけたし、夢に幽霊は出なかったに違いない → 寝る → 幽霊出る → ああ、そうだったぁ!? → 以下無限ループ……。
このような状況に陥ってしまうから、この記憶を失くさないために今晩も生き残らなくてはと思った。
彼は外に出ると信号待ちしている車を強奪した。
高速で車を走らせながら、幽霊が出てくるのを待った。車中で幽霊が現われるなら後部座席と相場が決まっているのだ。バックミラーをチラチラと確認していると、ある瞬間女の幽霊の姿がミラーに映っているのが見えた。
出た!
予期していても心臓が跳び跳ねた。彼は肉眼で後部座席を確認することなく、車を高速のまま電柱にぶっつけた。凄まじい衝撃にエアバックが膨らみ、エアバックに顔を突っ込む彼。意識だけは持っていかれないようにと、衝撃を覚悟していたのが幸いしたのか、気を失うことはなかった。
まもなく彼が顔を上げると、フロントガラスが割れているのが分かった。ガラスには流血の痕も認められた。さらに前方には血にまみれた電柱があり、幽霊はその電柱に身体を預ける形で、ボンネットの上に横たわっていた。
彼は用意していたガソリン入りの容器を片手に、割れたフロントガラスからボンネットに這い出て、幽霊にガソリンを浴びせて着火。まもなくその火元は車を覆う盛大なキャンプファイヤーになり、彼は無事に夢から生還した。
昨日に比べればマシな目覚めだった。
それに車を使ったから、これまでの幽霊との攻防に比べて自分がやったという実感に乏しかったのも良かった。これからもこの方法で戦おうかと思ったが、すぐにその案を否定して彼は思考を一点にのみ集中させた。
西園寺智美。
彼は彼女に恨まれる覚えはなかった。それどころか、裏切ったのは彼女の方だと彼は思っていた。彼女との付き合いは2年に及んだ。ある日、彼女が“ 子供ができた ”と彼に告げてきたから、おいおい、お前はどこの男とヤってきたんだ? と彼は彼女に尋ねた。彼は彼女の浮気を疑い、そして、散々彼女を罵った挙句に、彼女の下から姿を消したのだった。
彼女に対して一方的に捲し立てたものの、なに一つごねるでもなく身を引いたわけだ。間男……というか、彼女には本命の男が別にいて、琢磨の方がお邪魔虫だったという事実が判明した瞬間、彼には彼女と話し合うことが一つもなくなったのだ。一つもごねることなく彼女から去った彼は、自身のことを潔い男らしい男だとさえ思っていた。
新井奈菜と付き合う前の女。
順番から考えて、次の候補はこいつだ。確立は50パーセント。
もう幽霊はたくさんだ。今日中、今日中だ。
彼は夢で幽霊に殺されるのに嫌気して、その日のうちに智美を殺した。
 




