生霊 ⑰
1000万円という金額は命や健康の値段としては破格なのかもしれなかった。だが、除霊となると話が違った。琢磨がインターネットで調べた情報によれば、除霊はそこまで法外な価格ではなかったからだ。
ハルは命の代価という意味合いで、とはいえ出血大サービスで1000万円を要求した。一方、彼は除霊の代価を念頭にモノを言った。だから折り合いが付かず、結局、彼女は「だったらインターネットで見つけた除霊をやってもらえばいいね」と言い残して、あっさりと帰った。
命だなんだと簡単に引き合いに出してくれるが、まだ若い彼には1000万円の借金はそれだけで死ねる金額だった。
幽霊と関わり合いのない元通りの生活と1000万円を天秤に掛けながら、1000万円を稼ぐ方法をぼ~っと考えた。
だが、頭の弱っていた彼には金策など思い付かなかった。
元々信心の薄い彼は、インターネットで見つけた胡散臭い除霊にも頼るつもりはなかった。彼にとってはハルが異常なだけであり、彼女だけが特別だった。
そうして導き出された結論は、生霊を彼に憑けた容疑者の殺害だった。
生霊ならば生きている本体がいるのだ。本体がいなくなれば、幽霊だって消えるはずだと彼は考えたのだ。
オレは夢の中とはいえもう100編以上殺されてるんだ! 1回殺すくらいどうってことはないさ!
夢の中の生々しい記憶が、夢と現実の境界線を曖昧なモノにした。
本当ならすぐにでも薬を飲んで、もう一度、しっかり眠りたいところだったが、また夢に幽霊が出ないともかぎらないので、彼は仕方なく起きていた。
会社は無断欠勤した。
電話をする気力はなくなっていた。
水道水だけを口にしながら、彼は一日、新井奈菜を殺すことだけを考えていた。
彼女とは3ヶ月程度の付き合いで、特に後腐れなく別れたつもりだったが、人間、なにを恨みにするか分からないものだな、と彼は思った。本当に、彼女がなにをそこまで恨んでいるのか彼には分からなかった。
午後4時、彼は包丁とバールを入れた鞄を引っ提げ、部屋を出た。
午後6時、彼女がアパートに帰宅したのを確認したのち、彼女に電話して、“ R駅の近くに来る用があったから、久しぶりに飲みに行かない? ”と誘い、了承を得た。
あとは殺すだけ……という段になっても、彼は人を殺すことにためらいがあった。頭ではやらなきゃと思っても、手が震えてしまっていた。いざというとき、この身体は言うことを聞くだろうか?
彼女の部屋の玄関ドアの前で、彼は彼女が出てくるのをじっと待ち構えた。
そして、彼女が出てきたところで、部屋の中へ押し入り、彼は彼女を殺した。




