生霊 ⑯
「雑魚かと思ったら、そういう趣向でございましたか。」
ハルが幽霊に向かって、そう言うのが聴こえた。
彼は彼女の登場に絶望していた。早く苦痛から解放されたかったのに、幽霊がハルに構ってしまっては苦痛が延々と続くことになってしまうからだ。だが、いまの彼は喋ることすらできない状態だったから、彼女になにも伝えられなかった。
幽霊がゆっくりと動く気配があり、継いで、ドタバタと激しく床を蹴る音が響いたかと思うと、ドシンと家屋全体が揺れたのではないかと思われるような衝撃が彼の身体に伝わってきた。
「格の違いを教えてあげようか?」
脅迫めいた口調で彼女がそう言ってからまもなく、幽霊の気配が音もなく消えた。
同時に琢磨は目を覚ました。
激しい嘔吐感に襲われ、まだ横になったままの状態だったが、胃の中身が逆上してきた。
歯を食いしばり吐き出すのを我慢して、慌ててトイレに入ると、胃の中が空っぽになるまで吐いた。
トイレを出て、ベッドの傍らにいるハルを見て、初めて彼は昨夜からの経緯を思い出した。
「大丈夫?」
彼女が形式的に尋ねた。
「帯に短し、たすきに長し……。」
彼はゆっくりと彼女に答えた。
彼女がもっと早く夢の中に現われていれば……。
あるいは、彼が幽霊に殺されるまで現われなければ……。
正直、彼女に不満をぶちまけたい気持ちでいっぱいだったが、それをしてしまっては彼女の厚意を無碍にすることになるし、今後、幽霊退治に協力してもらえなくなってしまうかもしれないと思い、グッと不満を飲み込んだ。
彼は彼女にそれだけ言うと、すぐベッドに横になった。
彼のいまの気分は最悪だった。
昨晩の暴行の記憶が彼を苦しめた。これまでは暴行を受けた際の記憶を失っていたので、衰弱はしても発狂するには至らなかったが、いまの彼は発狂寸前。顔面を殴られ、鼻がなくなる感触、顎が砕ける感触、鋭利とはいえないガラスの破片で皮膚を、肉を裂かれる感触、そういったものが数分前の出来事として記憶に貼り付いてしまっていた。
いまも小さなガラス片が皮膚の下に内蔵されているかのような感覚に襲われていた。脈拍の乱れがあり、ぐっと胸の辺りを押さえた。
やや落ち着いたところで、息も絶え絶え、彼は彼女に調査の結果を尋ねた。
幽霊は生霊で間違いないが、まだ正体まで突き止められていないと彼女は語った。とはいえ、次で解決してみせると豪語した。そして、解決……つまり除霊には1000万円必要だと言った。




