生霊 ⑭
ハルが琢磨の部屋を訪れたのは午後10時ごろだった。
帰宅して買い物をして、夕食、お風呂とやっていたから遅くなったのだという。地下鉄で3駅分、移動してきたはずなのに彼女は寝間着姿だった。
「自転車で来ようか迷ったんだけど、汗掻きたくなかったから電車にしたのよ。」
寝間着について言及すると、彼女は笑いながらそう答えた。
彼は彼女にお茶を出すと、彼に憑いているという幽霊について尋ねた。容姿が気になっていたので、絵に描いてくれと頼むと、絶望的に下手な絵が出来上がったので、彼は幽霊の容姿から正体を突き止めることを早々に諦めた。
似ている芸能人で尋ねてみても、誰と誰を足して2で割ってその上から特殊メイクした感じというので、いま自分の傍にいる生霊の容姿は夢の中でオレが見ている女と同じなのか……と彼は思った。夢の中の化物染みた女なんて、オレは会ったことさえない。
幽霊の正体はますます分からなくなる一方だった。
そればかりか、今日の幽霊は顔が酷いことになっていると彼女が言ったから、昨晩の夢の影響かと思った。
「見えないって本当に幸せね。」
昨晩の黒焦げの幽霊が傍にいるのかと思うと、怖気がした。
「いま幽霊をやっつけることはできないのか?」
「私の見立てではこの幽霊は生霊なの。いま追い払っても、解決にはならないわ。それこそたくやんに強い恨みを抱く人物を突き止めないと、ね。……でも、たくやんには心当りがないんでしょう? だから、今晩、たくやんの夢の中で幽霊から直接、話を聞けないかと思ってね。」
「いまは聞けないのか?」
「ダメね。たくやんの幽霊、たくやん一筋なんだもの。周りのことなんて見えていないみたい。」
生霊か……。彼は自分に恨みを抱く人物を思案してみた。
真っ先に思い浮かんだのはこれまでに付き合ったことのある3人の女。
田中美代子。
西園寺智美。
新井奈菜。
なかでも最近まで付き合っていた新井奈菜が怪しいように思われた。なにしろ幽霊は最近出てきたのだから。とはいえ、彼女と幽霊とでは顔が違うんだよな、と彼は思った。
「もしかすると寝ているとき、身体にちょっと違和感を覚えるかもしれないけど、あまり気にしないでね。」
彼が眠りに就く間際に、ハルは彼にそう告げた。




