生霊 ⑬
夢から覚めた琢磨には夢の記憶がしっかりとあった。
歓喜に打ち震える気持ちを抑えながら、内容を忘れないうちにノートに書き留めた。
時刻は7時。急げば会社には間に合う時間だった。
頭が痛いし、身体もだるい。
夢の中で死ななかったとはいえ、体調までは元に戻らないようで、むしろ昨日よりも酷くなっていた。
結局、ぐっすりと眠れたわけではなかったからな、と彼は思った。だが、その口元は固く結ぼうとしても自然と緩む。なにしろ夢のことを朧げな印象ではなく、明確に、自身の経験として覚えているのだ。まだ戦いは始まったばかりだと彼は思った。これまでは弱らされてばかりだったが、今度はこちらが攻勢に出る番だ。
そのためには、少し癪だがハルに頼らなければならない。彼女は幽霊についてはやけに物知り顔だし、幽霊に襲われた場合の対処法だって心得ているかもしれない。現に、ハルはオレに「私が出張ってもいい」と言ったじゃないか。
幽霊のせいで彼は変わった。身体は弱ったし、心臓の拍動がときどき混乱しては彼に死の恐怖を実感させた。頭には白髪が見られるようになった。食事が喉を通らず、頬がこけた。頭が常に朦朧とするようになった。
会社の信用を失った。将来が地に堕ちた。
だが、今日だけは体調がどうであれ、気分は良かった。
出社後、すぐにはハルに声を掛けなかった。もしかすると、彼女の方から彼に声を掛けてくるかもしれないと思ったのだ。もし向こうから話をしてくれるなら、彼女のことを見直してもいいと彼は考えていた。なのに、彼女は彼には一瞥もくれなかった。これはマズイと思い、退勤時刻が近づいてきたころ、彼は彼女に昨晩の夢の話をした。
それから小粋なバーに場所を移し、彼は彼女に過去のことについて謝罪し、助けてくれと懇願した。
先立って約束していたからか、彼女は特にごねるでもなく彼を苦しめる幽霊についての調査を了承した。
「夢に出るっていうことだから、今夜はたくやんのウチに行くね。」
そして、彼女は彼の部屋に泊まると言った。その際にいろいろと諸経費が掛かるというので、彼は彼女に5万円を請求された。