生霊 ⑫
この女だ!
オレはこれまでずっと、この女にやられてきたんだ!
琢磨の中で抑えきれない殺意が湧き上がった。昨日までの幾人もの自己の犠牲があればこそ、いま、オレはこの女と闘えるんだ! この状況で勝てなきゃ、男じゃない!
彼はすっかりその気になって、携帯していた着火剤を女にぶっかけた。
「とりあえず燃えておけよ!」
点火すると、着火剤から勢いよく火の手が上がった。
次に、バールを女の口の中に突き刺さされと言わんばかりの勢いで突っ込み、持ち手に体重を乗せてグイっと振り下ろした。
すると女の握力が弱まり、彼は女の手を振り払い、女との距離を取った。
振り返り女の姿を確認すると、女の口は裂け、顔面を炎が覆っていた。
彼には逃げるつもりも攻撃の手を緩めるつもりもなかった。
女から目を離せば、きっと不思議な力で女は全快して、それから幽霊然としてオレの前とか後ろとかに現われるに決まってるんだ。
我ながらおかしな考え方だと彼は思ったが、ホラー映画や怪談の登場人物よろしく自ら進んで窮地に追い込まれるような真似だけは避けようと心に決めていた。
最善ではなくてもいい。
最悪だけは避けるんだ。
幸いにも緩慢な動きしかしない女に対し、彼は木製バットを叩き込んで床に倒すと、その伏した身体に向けて重量物を載せていった。圧迫死してくれれば幸いくらいな考えだった。彼の心は緊張を保ち続けていて、緩む瞬間はなかった。
女の動きを完全に拘束できたと判断したところで、ようやく彼は一息吐いて、じっと女の頭部でメラメラと揺れる炎を見た。
やがて炎は鎮火した。
目が覚めるまでは油断しないぞと、彼は女の様子を見ながら時間が過ぎるのを待ち続けた。
しばらくすると女は消え去り、夢の世界も闇に飲まれていった。