生霊 ⑨
「んん、もひもひ……」とスマホからハルの間の抜けた声が聴こえてきた。夢の中だからダメ元で掛けたのだが、繋がったことに琢磨は驚いた。一瞬、これは本当に夢なのかと疑った。とはいえ、いまの彼にはとにかく彼の置かれているであろう状況を彼女に伝えるほかない。それは精々、部屋に書かれた大量のメモとその内容から推測できる異常を伝えられるくらいだったが、呼び鈴が絶え間なく鳴り続ける中、彼は落ち着いて彼女に状況を説明した。
そして、彼女に謝った。
幽霊の存在を認めたうえに、彼女を激怒させた小学生時代の過ちについても反省していると伝えた。
「なるほど、大体、状況は分かったわ。」
「じゃあ……。」
「じゃあ、また明日、直接話を聞かせてちょうだい。そのうえで手を貸すかどうか決めるわ。」
彼は彼女の悠長な物言いに若干腹が立ったが、それでも極めて平静を保って話を続けた。
「いや、たぶん、明日、直接話すってのは、ダメなんだ。」
「あら、どうして?」
「どうやら目が覚めると、夢での記憶はなくなるみたいで……だからきっと、いま話してることも忘れてしまう可能性が高い。」
「じゃあ、ダメね。」
「待ってくれ!」
「なによ?」
彼は彼女が電話を切ってしまうのではないかと思い、つい声を荒げた。ここで彼女との通話が途切れてしまっては、もう次のチャンスはないと彼は思った。
「できれば、明日、ハルの方からオレにいまの話をしてくれないか? そうすれば、もしかすると思い出せるかもしれない。」
藁にも縋る思いだった。
「厭よ。」
そんな彼を冷たくあしらう彼女。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。なんでだよ? 粗方の事情は説明しただろ? 情けない話だが、本当に夢でのことは忘れてしまうんだ。こればかりはどうしようもないんだよ。」
スマホから彼女の溜め息が聴こえた。
「だからダメなんだって。眠れば幽霊は存在するし私にも謝るし感謝もします? で、覚めれば幽霊なんていないし私のことは嘘吐き呼ばわり、昔のことも反省しませんって……それじゃ、意味がないでしょ?」
確かに、と彼は歯噛みした。
「それに前言ってなかったっけ? 寝てるときのオレはオレじゃないって。だからね、たくやん。その気があるなら、たくやんから話せばいいんだよ。」
彼には咄嗟に継ぐべき言葉が見つからなかった。
「じゃあ、そういうことで。」
通話は無愛想な一言を最後に切れた。