生霊 ⑧
夢の中。
琢磨はベッドから起きると、部屋の中に異常なまでのメモ書きを発見して驚愕した。
まず、目に飛び込んできたのは壁面の白いクロスに書かれた
≪絶対に玄関を開けるな≫
という赤黒い文字。
その文字列に続くように、
≪だから開けるなと言っただろう、バカ!≫
とあった。
ほかにも
≪女の幽霊がオレを殺しに来るんだ≫、
≪幽霊の正体は不明だが、幽霊は確実にオレを狙っている。オレを憎んでいる≫
≪ここはオレの夢の中だ≫
≪毎晩、同じ夢が繰り返されている≫
≪夢での記憶は起きると消える≫
≪夢の中でオレは幽霊に何度も殺されている≫
≪これはオレが書いた。オレってのは佐藤琢磨で、いまのお前から見れば昨日までのお前のことだ≫
という走り書きも見られた。
黒いペン字もあれば、中には赤黒い乾いた血色の文字もあった。
メモ書きはクロスだけに留まらず、ベージュ基調の木目のフローリングにもあった。
夢の中?
幽霊?
仮にここが夢の中だとして、なぜ幽霊が出てくるのか……それが彼には分からなかった。そもそも彼は幽霊の存在を認めていないし、認めるわけにもいかなかったからだ。
≪ハルに相談してくれ、頼む、マジで≫
この一文に接して、これは只事ではないと彼は思った。
まさか、オレがオレにハルに頼れとお願いするとは……。
彼の性格と彼女との関係を鑑みれば、それは絶対に考えられないことだった。
だが、彼女には先日、幽霊に憑かれていると指摘されたばかりだったから、もし昨日までの彼が本当に幽霊と遭遇しているなら、彼女に頼れというのも考えられない話でもなかった。
それから一瞬、また彼は考える。
この落書きは本当にオレが書いたものなのだろうか……と。
ピンポーン。
呼び鈴が鳴り、彼の心臓は跳ね上がった。
昨晩までとは異なり、いまの彼は、呼び鈴を鳴らしているのが幽霊である可能性を考えたからだ。
玄関ドアを絶対に開けてはならない……。
彼は昨日までの彼の言葉に従い、しばらく経過を観察した。
鳴り続ける呼び鈴に彼は確信した。
こいつはNHKの集金や営業の類じゃない。もっと気が狂った何者かだ。
そして、彼はついにスマホに手を伸ばした。