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エピローグ ⑱

「ねえ、こんなことで喧嘩するのはやめよ? ハルとはもっと、こう、仲良くやっていきたいんだ。」


 治子のための言葉……を考えながら、どのような言い方をしようか悩んでいたハルに、治子が優しく微笑んでみせた。


 できればハルとの言い合いを避けたい治子。ハルとやり合えばやり合うだけ、互いに寄り添っていたはずの2人の間に隠されていた溝が表面化してくるように、治子には思われた。


 治子の人生の10年間を奪ったハルへの恨みが完全に消えたわけではない。ハルへの復讐心はいまも治子の胸の内で熱を帯びている。彼女は復讐遂行を死後へ先送りしたことにより、ハルと一緒に暮らすことを,

あくまで仮に、自分自身に許可しているに過ぎなかった。


 それこそ、本来なら治子にいまのような暮らしは二度と訪れないはずだったのだ。それこそ幽霊になって目覚めた暁には、ハルを地獄へ落とす……、それだけがこの現世でやるべきことだった。少なくとも、中2で自我を失う以前の治子はそう考えいた。


 そんな治子にとっての誤算は24歳で再び身体を手に入れたこと。いまは想定外の局面をできるだけ最善の方法で乗り切るために、U公園で覚醒した直後の、いわば中2で自我を失った当時の自分の気持ちに蓋をしているだけだ。


 だから、治子とハルの関係といえば傍目には恰好は付いているようでいて……、外見はいつも一緒にいて、くっついているように見えても、内情はスカスカのハリボテでしかなかった。


 2人の心は僅かな距離を残して完全には繋がっておらず、繋がっていないから1本芯が通っていなくて、仲良しな2人の虚像を変形から守る力に乏しい。


 ほんのわずかな揺さぶりで倒壊してしまいかねない関係……、少なくとも治子の方はそんな思いを秘めていた。


 一方で、治子はハルに感謝しているし、尊敬もしている。ハルと生活を共にするのは仕事上必要だったし、また楽しくもあったから、できればこの生活を続けたいと思っていた。


 そういった具合だから、彼女の心の内は複雑だった。


 ハルの献身的な姿勢に助けられて、いまの生活を手に入れて、充足していたというのに!


 いまさらながら、時間の流れの残酷さが身に沁みる。


 ほんの束の間でさえ、この平穏で温かな楽しい生活を維持することが難しいのだから!




「仲は……、良いか悪いかはともかくも、私と治子は、深い仲だと思うよ。ほかのどんな人にもない、奇妙な繋がりがあるし。私と治子ほど、同じ過去、同じ気持ちを共有してる人たちとかいないと思う。」




 ハルが手始めに治子の直近の言葉に、肯定的に答えた。これは次の言葉の衝撃を和らげるための緩衝材のようなものだと、彼女は意識していた。


「ふ、良いか悪いかはともかく、か。そうだね、ともかく、だよ? 仲違いはやめよ?」


 なに都合の良いこと言ってんだ! とハルは思った。


「仲違い? なに言ってんの? 全ッ然仲違いじゃないんですけど!? ねえ、いまさ、治子のための言葉を選べとか言ったけどさ、馬鹿なの? 言葉とか、それこそ知ったこっちゃないよ。あのね、私はね、治子のためを思って言ってんだよ? そっちこそ、私が誰のために喋ってるのか少しは考えなよ。別に今後の仕事の標的とか被害者のことを思って喋ってんじゃないんだ。治子のことを考えて言ってんだよ?」


 ハルは治子の立場になって考えようとしたのだ。そうして得られた結論、つまり治子に言うべきことの要点は、結局、変わらなかった。泥棒はダメ。ダメなものはダメ。泥棒するくらいなら飢えて死ね、くらいの感覚。


 だけど、それを言ったって治子には通じない。


 なにしろ彼女には素晴らしい言い訳がたくさんあったし、もう盗人にも似た仕事に味を占めてしまっていたし、誰かに看破されてしまうことなくやってのけることもできた。これでは泥棒はダメだと諭すのも並大抵じゃない。じゃあ、なにを話し合うべきなのか。それが問題だった。




 治子は治子で、いまのハルの言葉に驚かされていた。


 これまではここまでつっかかって来なかったのに!


 そう思いながらも、ドウドウと自分を落ち着かせる。なにしろ治子は修羅場を避けたいのだから。たとえハルが激昂したとしても、自分だけはクールでいなければならない。


 ハルの気持ち、ハルが私を思う気持ち、私の気持ち、私がハルを思う気持ち……。


 治子の頭の中にポワンポワンと円が4つ登場し、それぞれの円が少しずつ中央に寄っていって、4つの円が少しだけ交わったところでピタリと止まる。


 中央の4つの円が重なった部分!

 私とハルの気持ちが一緒になってる部分!

 ここを推していかなきゃ!


 と治子は考えた。


 とはいえ、なにをどうしたいか漠然と閃いても、ベースになっているものが気持ちなどというぼんやりしたものだったので、具体的なアイデアなどまったく思い浮かばず、頭の中のふんわりしたイメージはあっけなく霧散した。


 半開きの口もそのまま、間抜けっ面の治子がそこでふと思い付く。


 小影か!


 と。

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