エピローグ ⑯
結局、女の子の幽霊はハルの強い希望により治子の部屋に居着くことになった。最初こそ治子は厭な顔をしたが、一週間もするとその子がいるのが当たり前になったのか、あまり厭な顔をしなくなった。
女の子の幽霊は秋坂小影と名乗った。年齢は8歳。上の歯が1本ないのが幼さを感じさせるうえに、笑顔に愛嬌があった。
彼女が居着くことに反対していた治子は当初、彼女のことを見ては、子供ってのは生き抜くためか知らないが可愛くできてやがる、と捻くれたことを思ったものだ。とはいえしばらくすると、やっぱり可愛いものは可愛いので、不器用ながらも彼女のことをときどき可愛がるようになった。そんな治子の様子がハルにはおかしかったし、初めてその姿を見たときは、言葉にこそ出さなかったが、作戦成功とばかりに喜んだ。
ハルは小影の面倒をできるだけ治子に押し付けてきたが、仕事となるとそうもいかず、
「別に仕事を手広くしようとか思ってないけど、補助があった方がハルが楽でしょ?」
と言われてしまっては、小影を同行させざるを得なかった。まだ8歳なのに……とは反論してみたものの、
「トイレの花子さんは小学生で現役だし、さん付けで呼ばれてるじゃん。幽霊業界は小学校低学年から活躍できるフィールドなんだよ。」
と返され、
「じゃあ、幽霊業界じゃ私は熟女だね。」
と嫌味を言った。なにしろハルは14歳で、治子は24歳なのだ。だが、それに対し治子ときたら、
「いやいや、14歳は業界でもまだまだ若い方だし、全然いけるよ。おばさん幽霊はお呼びじゃないみたいだけど。」
って、全然通じてないし……という具合で、ハルは口をへの字に曲げた。
というわけで、ハルによる小影の教育が始まったわけだが、小影は一向に仕事の主旨を理解できず、教育はまったくはかどらなかった。それでもハルは小影を怒らない。逆に小影が標的に可愛がられる様子を見て、呆れたり笑ったりする始末。ハナから無理だと思っていただけに、特に落胆もしなかった。一方で、これなら1人でやった方が早いし楽だな、などと思ったりした。
小影は小影で、ハルにまったく期待されていないのが不服なようで、少しでも役に立とうと必死だった。見よう見真似でハルと同じように動いているはずなのに、一向に成果が上がらない。それでもハルは
「別にいいよ。仕事にも向き不向きがあるからね。」
と、それ以上なにも言わない。
ハルは標的に対し、手を出さなかったし、お喋りもほとんどしなかった。西阿木ハイツ204号室のときだけは標的を怖がらせ過ぎないように四苦八苦したものの、いつもの仕事中のハルは無口だ。意味明瞭な言葉は、相手に恐怖よりも安心感を与えてしまいそうな気がしたから、あえて彼女はなにも喋らない。ハルは単に霊気を発して、標的に幻覚を引き起こすだけ。だから小影がハルを観察しても、ハルがなにをしているのかが分からなかったのだ。
あるとき、小影が標的についに手を出し、夢の中ではあったが、怪我を負わせてしまった。それは別に構いやしないのだが、ハルは小影が暴力を振るったことに驚かされた。標的が恐怖に引き攣った表情を浮かべたことで、小影はこれでいいのだと思い、さらに標的の怪我を増やしてゆく。成功の達成感による笑顔を浮かべて。
なにかをきちんとできたッ、というときにニコニコと笑顔を浮かべて駆け寄ってくる小影はいつも可愛らしかったが、このときばかりは内容が内容だけにハルも素直に喜べなかった。むしろ、こんなことをさせた自分のことが怖くなった。
私は一体、8歳の子になにをさせてるんだ?
悩んだハルは、その日のうちに治子に相談した。
小影の仕事への同行に加えて、ついでに仕事自体も、もうやめようと治子に言った。
「分かった。」
治子の返事はあっさりとしたものだったが、意外にすんなり承諾を得られたので、拍子抜けするハル。小影への愛着が治子の心境を変えたのかもしれない、と思った矢先、
「ハルにはこの仕事から手を引いてもらう。」
と治子が続けた。
ハルには?
には……?
一瞬、ハルはその言葉の意味を理解しかねたが、すぐに小影が代行するという考えに辿り着き、それでも信じ難いので、念のため治子に確認した。できれば否定してほしいと思ったが、その願いも虚しく、治子はハルの推測に対して首肯してみせたのだった。




