エピローグ ⑭
治子はハルに負けてややご機嫌斜め。悔しさを隠して笑顔で人に接せられるほど、彼女はまだ大人ではなかった。
「やっぱ練習量に1年間の差があるからね。」
と治子が負け惜しみを言う。中2から中3までの1年間、ハルの方が余分に練習しているから強いのは当たり前、という意味で言ったのだ。
「ふん! そんなの言ったら、そっちこそ現役でバスケしてんじゃん。」
ハルも負けじと言い返す。
「っていうか、いままで見て見ぬ振りしてたけど、体育館でハルがこっそり練習してんの分かってんだからね!? ボールがひとりでに床を転がってくのを見て、体育館が傾いてる説まで囁かれたこともあったんだから!」
「あれは治子が私の方を見たから、それに釣られてたまたま見ちゃった人がいたってだけでしょぉ? 治子も外に出たら私のことは無視してなきゃダメなんだよ?」
「いや、自分が大胆なことしなけりゃちゃんと無視してたよ。って、気付いてたんだ!?」
「そりゃ、私も少しは警戒してんだから。」
「警戒してんなら人前でボール弄ってんじゃねえよ。」
「だってバスケットボールが、僕と遊んで、僕と遊んでって、訴えてくるんだもん。」
「ああ、ボールは友達だからね、ってそりゃないわ。」
治子とハルはもうすっかり女の子の幽霊のことなど忘れてしまって、車を停めてある公園の脇へと向かった。車の前の自販機でスポーツドリンクを2本買って、車に乗り込み、帰宅したところで異変に気付く。
公園で遭遇した女の子の幽霊がちゃっかり治子の車の後部座席に座っていたのだ。最初にその幽霊に気付いたのはハルだった。
「はあ!? なにしてんの!?」
ハルが驚きの声を上げると、治子も女の子の幽霊に気付き、
「あ~あ、これは問答無用ですな。」
と呆れたように言って、車から降りた。
女の子の幽霊が降りるのを待つ2人は正体不明の幽霊に対して霊気を発して迎撃態勢を整える。なにしろ相手が幽霊となればどんな手を使ってくるか分からないのだ。見た目が幼いからといって、自分たちを尾行してきた相手に油断はできなかった。
だが、幽霊はドアの前でゴソゴソ動くばかりで、一向に降りてくる気配がない。
もしかして1人じゃ降りられないんじゃないか?
そう思ったハルが扉を開けてやると、女の子の幽霊がホッとしたような様子で車からゆっくりと降りた。弱そう、とハルは思った。
「どうしたの?」
と問いかけるハルの背後で女の子の幽霊に向けて殺意の混ざった霊気を発する治子。だが、女の子の幽霊はそれにも気付ずに、
「ねえ、私のこと見えるんでしょ? 一緒にいて?」
と目の前のハルに言う。
ん? とハルの眉間に皺が寄る。
なんかデジャブ……。
一方、治子の方は女の子の幽霊が平然としているのが面白くなく、
「これだけやって逃げないんだったら、もう消していいよね?」
とハルに確認しながら前に出ようとする。ハルがそれを慌てて制して、女の子の幽霊に一緒にいられない旨告げたのち、月極めの駐車場からアパートまで向かったのだが、なぜか女の子の幽霊はまるで餌をもらった子犬のように2人のあとを付いてくる。
シッ、シッ……と追い払っても、付いてきて、仕舞いには部屋の中にまで上がり込んでしまった。
「これってストーカーでしょ? 警察行こか?」
そう治子が吠えると、
「相手は幽霊ですぜ?」
と、ハルが肩を竦めた。
観察してみたところ、害意はなさそうだったし、いまの2人ならなにかされても問題なく対処できるというので、その晩は女の子の幽霊を気にすることなく2人は就寝した。
伊藤重信の再来か……と思いながら。