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エピローグ ⑩

 橋本太一、田中圭二(太一の友人)、川西健太郎(太一の友人)、折戸彩香、元部勝雄(真願寺の住職)……計5人、各100万で計500万 !!


 治子は西阿木ハイツの怪談に端を発した騒動を利用して、500万円の売り上げを作った。治子が売ったのはお手製のお札で、販売先は安徳寺。まず、アプローチとして、ハルを使って相手を恐怖に陥れ、その際に安徳寺の存在を仄めかす。そして、安徳寺の住職により、霊を追い払えるお札として、治子お手製のお札を紹介してもらい、クロージングも住職にお任せといった具合。そんな手法で得たお金だが、別に強請り集りではない。これは一種のイベント企画型の営業なのだと、彼女自身は考えている。


 彼女は個人事業で生計を立てていた。会社から独立した職人と同じだと彼女は思っている。取引先が安徳寺とその住職の紹介に留まっていたので、社名は特になかった。




 治子の身体に戻った翌日には、一応、治子はポカポカ興産に出社し、ハルに教わりながら仕事をこなそうとしたのだが、要領を得る前にポカを連発したし、話し方や社会人としてのマナーなど、一朝一夕では身に付かない問題も多々あり、散々惨めな思いを味わわされた挙句、結局、辞表を提出を余儀なくされた。


 なにしろハルと入れ替わった当時の彼女は、直近の10年間の世の中の動きも分からず、“ いいとも ”や“ 水戸黄門 ”が終わったとか、当時連載中だった漫画がまだ続いているとか、そういったことに一々驚いていた程の世間知らず。


 それまでの彼女の生活といえば、家族があり、学校があり、友達があり、部活があり、そして、T中学校を卒業すれば、QかKにあるどこかの高校を受験し、そこへ通い始めるという確定的な未来があり、というだけのものだった。


 なのに、目覚めてみれば24歳で、もう14歳の学生ではなくなっていた。そんな彼女にいろいろと要求しても、すぐに応じられるはずがなく……。


 だから、彼女が逃げるように会社を辞めたのも、無理のない話だったわけだ。


 自暴自棄になりがちな彼女の心を支えてきたのはハルだった。一度は実家に帰ることも勧めてみたが、治子が厭がったので、仕方なく都内での暮らしを続けることに。治子は家に戻って、ハルといまの自分とを比べられるのを怖れたのだ。といっても、家族は治子がつい最近までハルだったことを知らないから、直接2人を比較するはずはないのだろうが、それでも、≪前の治子とは様子が違う≫、とか ≪どうしちゃったの?≫ などと言われるのが我慢ならなかった。




 貯金を切り崩し、さらには雇用保険による恩恵を受けながら、悶々とした日々を過ごしていた治子が、この脅迫にも似た手法を閃いたのは、ハルの一言がきっかけだった。


「誰か幽霊にやれてないもんかねぇ。そしたら、幽霊退治でお金儲けできるかもしれないのに。」


 仕事を探しているときの、何気ない一言だったが、治子はそれを聞いて、


「幽霊にやられてる人がいないなら、作ればいいんだよ!!」


 と、世紀の大発見でもしたかのように叫んだ。


 人選については、お金持ちであり、不当にお金を得ている人物を標的としていた。


「幽霊に襲われるには、理由がなければならない。なぜ、自分が幽霊に襲われているのか! そういえば、あんなこともしたし、こんなこともして、人を泣かせたことがあったなぁ……って感じに、思い当たる節がある人でないとね!」


 とは治子の言葉だ。


 標的が生意気にもハルをやっつけようと企み、誰かと共闘したならば、ハルは共闘した人物もまとめて恐怖に陥れていった。幽霊に刃向ったのに、最初の標的以外は無事でしたとか、その幽霊は牛かなにかなのかな? と、治子は周囲への拡販も厭わなかった。


 当時、社会の仕組みをハルに聞かされるにつけ、治子は憤慨していたものだ。


 不公平だ!


 と。


 精神年齢が14歳だったから、いろいろと納得しかねる部分もあったのだろう。真面目で純粋で、正義感が強かった。


 だから、不当にお金を得ている人物に対して、情けはなかった。


「ハルが2年間、一生懸命働いてもカードの中には雀の涙ほどのお金しかないのに!!」


 と、ハルの預金額を引き合いに出されるにつけ、ハルは閉口したものだ。


「私は経済の流れの中の淀みを掃除してるの。淀みを掬って、淀みを濾した水を、また流れの中に戻すの。それがこの仕事ですよ。」


 治子はこんなふうに、自分の仕事の正当性を表わす幾つかの言葉を持っていた。


 ハルと意見が衝突しては、それらを披露して、譲らなかった。


 ハルは治子の人生を潰した責任を感じていたから、あまり強く反論もできず、概ね治子の希望どおりに動いてきた。


 14歳で自我が別れてしまった当時は、同じ経験を積んできた2人だったから、ほぼ同じ感覚を有していたのだが、その後の10年間で、治子とハルは完全な別人格になっていて、それがまたハルを困惑させた。




 こんなやり方……と、ハルはときどき、治子を諌めようとするもダメ。それに、ハルは治子のことが好きだったし、彼女の笑顔を前にして、彼女を叱ることなどできなかった。


 それに、ハルの意見が全く通らないというわけではなかった。人選についての力関係はほぼ50:50だし、今回の太一、彩香の件に関しても、治子は法外な額を要求しようとしたのだが、それを100万円に抑えたのはハルの努力によるものだった。


 もし、この金額を頑なに支払わない人がいたら……。


 いままでは標的を厳選してきたから、事なきを得てるけど、今回のような思い付きで仕事を始められると敵わないなと、ハルは思った。彼女はこの仕事に疲れを感じていた。

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