エピローグ ⑨
ほうほうの体で寺から逃げ出した太一は、駅前のカラオケ店に入り、その個室で眠ることにした。郊外の駅から街中まで1時間以上歩き続けたので、もう身体は疲れ切っていたのだ。
幽霊は夢の中だけではなく、起きていても襲ってくる。彼は西阿木ハイツに一週間以上滞在した人の、≪起きてるときにも、部屋の中に女の幽霊が出てくるようになった≫ という話を思い出していた。
これが幽霊に憑かれるってことなのか……。
カラオケ店の個室のソファに横たわり、寝入る前に、彼はそんなことを考えていた。
でも、一週間以上滞在した奴にしたって、あの女の幽霊には襲われなかったんだろう。オレに憑いている幽霊は、アレとは別物。アレは、いまオレを襲ってる幽霊が消してしまった。じゃあ、いまオレを襲ってる幽霊はどんな奴なんだ? 少なくともあの女の幽霊よりは凶悪ってことだけは分かるが……。
部屋の調光もしていないのに、部屋がやや暗くなった気がした。
カラオケ機の音量は消しているのに、部屋内から微かに音楽が聴こえる。直線的な音波のように、プーーーーーッと耳の奥で鳴り続け、彼は羽虫が耳の中に入ったかのように錯覚した。音楽に混ざって、女の笑い声、泣き声が聴こえた。目を開けると、眼前に天井が迫っているようで、咄嗟に手を顔の前に突き出すと、空を切っただけで、ハッと気付くと、部屋の様子は先程と変わりないモノになっていた。
彼は幽霊に憑かれたことによる脳への損傷を疑った。
何度も瞬きして、気を確かに持っていれば、五感に狂いはないことを確かめた。
ふうっと大きく息を吐いて、彼はスマホを取り出した。
ソファに仰向けに寝っ転がったまま、スマホで除霊関連の検索をした。
だが、疲弊し切った頭では3分とスマホを見ていられなくて、あっさりと眠りに落ちる。
そして、朝になり店員の侵入を受けて目を覚ました彼。店員に急かされるようにテーブルやソファの上に転がした財布やスマホを拾ってゆくと、寝入るときにはなかったメモ用紙がテーブルにテープで留められているのが目に入った。
メモには
≪除霊ならこちらへ 0×××‐××‐19××≫
と怪し気な電話番号が書かれていた。店員に尋ねても、知らないと言うばかり。
ただ、除霊という文言に、彼は藁にも縋る思いで電話を掛けてみると、安徳寺というお寺に繋がった。