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エピローグ ⑧

 西阿木ハイツに引っ越ししてから4日目の朝、太一と彩香は真願寺というお寺を訪ねていた。2人が所属する怪談研究サークルのOBが以前、幽霊に憑かれたときにこのお寺の住職にお祓いしてもらって難を逃れたという話を兼ねてより聞いていたので、2人もここの住職を頼りにやってきたわけ。それこそ急患が救急病棟に駆け込むごとく、日々の生活のあれやこれやを一切放棄して……。


 なにしろ、引っ越し初日から不測の事態に見舞われ、さあこれは大変だと、翌日にはアパートでは寝られないと判断して都心のホテルに泊まった。にもかかわらず、再び夢の中に昨晩と同じ幽霊が出現。さらに翌日には2人のどちらが憑かれているのかを検証する意味もあり、それぞれのアパートに戻ったのだが、その夜も2人して仲良く幽霊にやっつけられてしまったので、これは2人とも憑かれてしまったな……という結論に。


 2人が住職に事の経緯と幽霊による被害状況を訴えると、住職は2人に小部屋をあてがい、一晩をそこで過ごすように指示した。部屋内と出入り口には奇妙なお札が所狭しと貼られていて、いかにもといった雰囲気。この数日間、ずっと幽霊に悩まされ続けていた2人はここにきてようやく人心地着いた気になった。まるで医者に的確な治療を施してもらったときに、痛みがスゥっと引いたときのような、生き返ったような気分。もう2人には住職が仏様のように見えていた。


「いいですか? なにがあっても絶対にこの部屋から出てはなりませんよ。」


 住職はそう言って、2人を置いて部屋をあとにした。


 そして、深夜。


 眠るのは怖かったが、いまの場合、逆に寝なければ住職の処方に意味があるのかどうかさえ分からないので、この小部屋の効果効能を知るためにも2人は思い切っていつもどおり寝てしまうことにした。


 だが、完全に寝入ってしまう前に、部屋の外で異変が生じた。


「ふぇ? はぁ!? え? え? ぐぁ!!」


 という間抜けな野太い声が扉越しに聴こえたかと思うと、ドスンという床になにか落ちたような音。


「彩香、彩香!」


「うん。」


「聞こえたか、いまの。」


「うん、なんか厭な予感がする。」


 2人が顔を見合わせて喋っていると、その目の前にハラハラと舞い落ちてきたのは1枚のお札だった。え? と思い、2人が天井を見上げると、さっきまで天井の各所に貼られていたお札が1枚も見当たらない。そのことに気付くと同時に、カッと夜間照明が消えて部屋内は真っ暗になった。


「停電!?」


 彩香が大声を出した。


「いや、電気が消える前に、確かにスイッチを押す音がした。だから、誰かがふつうに電気を消しただけだ。」


 太一は冷静に微かな記憶を頼りに言った。確かにスイッチを切り替える音が聴こえたんだ……だが、そうだとして、問題は……。


「でも、それにしたって、いまこの部屋には私たちしかいないんだよ!? 一体、誰が電気のスイッチを押したって言うのよ?」


 そう、問題はそこだった。


 次の瞬間、再び照明が点き、改めて驚く2人。


 見れば、それまで部屋の壁に貼られていたお札がすっかりなくなり、全て布団の上に集まっていた。


「きゃああああああ!!」


 彩香が叫ぶ。


「!!」


 太一が息を飲む。


「いるよね!? これ、絶対入ってきてるよね!?」


 彩香が泣き叫ばんばかりの声音で太一に訴える。


「ああ、分かってるから、大声出すなよ。」


「ごめん、でも、どうするの?」


「姿が見えないから、いままでの奴と同じかどうかも分からないな。」


「なに言ってんの!? そんなの、いまはどうだっていいでしょ!?」


 彩香は完全にパニックに陥っていた。太一は焦りを覚えながらも取り乱さないように必死だった。部屋からはなにがあっても出るなと言われているし、周囲で起きている超常現象を前にどうすることもできず、2人して固まっていると、やがて扉がギイっと渋い音を立てて開いた。扉が開いた先を見る2人。だが、そこには誰もいない。


 まさか、ひとりでに開いた?


「誰もいない……ね。」


 彩香が呟くように言った。


 扉が開いてしまえば、もう部屋の内も外もないような気がして、2人は窮屈な部屋を飛び出した。むしろお札を貼っていたあの部屋の方が危険なのではと勘繰ったり、住職の処方は不適切だったんだと愚痴を零したりしながら、誰でもいいから合流しようと考え、廊下を早足で歩いた。


 もう夜も更けていたから、照明はほぼ落ちていて、辺りは暗かった。お寺という場所の雰囲気も恐怖感を助長した。それに、慣れない建屋内……太一はいろいろな部屋の障子や引き戸を開けては、そこに誰もいないことを確認すると、ほかの人たちが一体どこに隠れたのかと困惑させられた。お寺の規模がお昼に見たときよりも広いようにさえ感じられた。


「みんな私たちを置いて家に帰っちゃったのかも。」


 太一の袖を掴んでいる彩香が怯えた声を出す。


「それはあるかもな。こんなに探して、人っ子一人見つからないなんて。」


 彼はまだ強がってみせていた。


「ねえ、だったらさ、もうこんな寺、出ちゃおうよ。」


「ああ、そうしようか。」


 そう答えて彼女の方を見ると、彼女の顔の至る箇所がグニャグニャと歪んで、醜く蠢いていた。


「おああ!!!!」


 彼は驚きのあまり野太い悲鳴を上げると、咄嗟に彼女を突き飛ばして駆け出していた。否、彼女ではない。彼にしてみれば、彼の裾を掴んで彼の隣にいままで立っていたのは実は化物であり、彼女は別の所にいる、というのが真実のように思えたのだ。


 オレはいままで、誰と一緒にいたんだ?


 彩香は……彩香は無事だろうか?


 お寺の外をめざして駆けながら、彼は一抹の不安を覚えた。

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