エピローグ ⑦
「……で、あの2人は結局、あの部屋に置いてある家財道具なんかは打っ棄ったまま、それぞれが元から借りていた部屋に帰ってったよ。」
「は? やる気がないなら最初から借りなきゃいいのに! 2日目には余所に逃げ出してさ、その次の日には解散ってどういうこと!?」
太一が元々借りていたアパートの前でハルからの報告を受け、治子は2人の逃げ出す早さに驚きを隠せずにいた。
「想定してなかった展開にビビったんじゃない? あの人たち、結局のところ安全だからっていうのを前提にYを見に来てただけだから。」
Yというのは2人の間で幽霊を意味する隠語だ。密室ならともかく、天下の往来で話すときに幽霊という単語を使っていては、周りから不審な目で見られかねないから、2人は外で話すときは幽霊のことをYと表現している。
「私の認識だと、Yは怖いからみんなの興味を惹くのであって、怖いっていうのは命に関わるリスクを孕んでいるということだと思ってたんだけど……間違ってたのかな。」
「知らないけど、2人も命に関わると思ったから、逃げたんだと思うよ。」
「Yから狙われてさ、無事に逃げられるとでも思ってるのかな?」
「そ、それは治子次第じゃない?」
「じゃあ、逃がさない。」
「マジで?」
「Yを舐めてると痛い目に遭うってのを、身を以って知ってもらわなくちゃ。Yがいました、私見たんです、でも、私無事ですって、なんのこっちゃ。」
「なんか治子、あの2人に恨みでもあるの?」
「ないけど? でも、私はYを舐めてる人間も、人間を舐めてるYも嫌いなの。」
「ぶふぅ、まあ、いいよ。やるよ。」
「よし! じゃあ、2人の住まいも押さえてるわけだし、帰って営業会議をしましょう。」
今後の方針さえ決まれば、あとは型に嵌めるだけだった。