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エピローグ ③

 西阿木ハイツ204号室に引っ越してきた男女はひとまず部屋の中をぐるりと探索し、特にお札や盛り塩のような霊的な物がないことを確認した。なにもないことが分かると、2人は肩を落とした。


「本当に幽霊、出るのかな?」


「どうだろ? 内見に来た日に下にいた女の人も噂を真に受けるなみたいなこと言ってたしな。っつうか、前に借りてた奴が出てったあとにクリーニングとかしてんだろ?」


 2人はM大学の怪談研究サークルに所属する学生だった。サークルでは怪談話の収集およびその原典を調べたり、最近噂される都市伝説の収集および真相の確認などをおもな活動として行なっているが、大抵はあてがわれた部室に集まってはお喋りをしたり、外で集まってはお酒を飲んだりと適当に時間を潰して過ごしているというのがサークルの実態だ。


 ただ、西阿木ハイツの噂に関してはまだ噂され始めて数ヶ月しか経っておらず、内容も具体的かつ安全性の高さもあって、サークル内でもオカルト好きな、つまり真面目な2人が部屋を借りて検証してみることになったのだ。なお、調査費用は全額2人が出費している。要は、そんな個人的に都市伝説の真相を調査、記録して、同じ趣味を持つサークルの仲間に自慢しようというわけだ。FBやツイッターのネタにもなるし、最悪、噂が嘘だったとしてもこの部屋を借りて検証してみた、という事実だけでも一応ネタにはなるだろう、という考えもあった。


 幽霊の検証さえ済んでしまえば、解約するつもりだったので、荷物も必要最低限しかなかった。住む家はそれぞれ別にあったので、それこそ2人にとって204号室に住むというのはちょっとした旅行気分だった。特に付き合っているわけでもなかったが、男は女の身体、女は男の家柄に惹かれていたので、示し合せたわけではないが、微妙なズレはありつつもお互いの利害が一致して短期間の同棲生活の決行に至った。


 そんな2人の思惑は第一夜には達成され、あとは噂の真偽を確かめるのみとなった。


「寝たら、出るんだよね?」


 6畳の洋室に枕を並べて、女が男に確認した。


「ああ、夢の中に出るって話だからな。」


 男は仰向けのまま答えた。


「2人で一緒に寝てても、同じようにそれぞれの夢の中に幽霊って出てくんのかな?」


「幽霊だし、出てくんじゃない? 一夜につきお一人様限定ってわけでもないだろ。」


「でも、もしかすると1つの夢を一緒に見れたりするかもね。」


「ん? 同じ夢を見るっていうか、2人が1つの夢を共有するってことかい?」


「そう。そうだったら素敵じゃない?」


「ハッピーな夢ならそうだけど、幽霊が出てくる夢だからな。」


「まあね。」


 まもなく、2人は眠った。




 そして、男が夢の中で目を覚ます。隣には就寝時と同じように女が眠っていたが、壁と床に夥しい数の赤黒い文字を発見して、それが噂に聞いていたものと同じ内容であることに気付くと、これは夢の中で、噂は本当だったのだと男は確信した。


 隣の女がただ単に自分の夢の中の登場人物なのか、それとも女その人なのか分からなかったが、一応、男は女の肩を揺すって起こしてみた。ん、と短く唸り、女も起きた。


 男は女に壁や床の文字を示し、自分たちがいま夢の中にいることを教える。そして、


彩香さやかは……オレの夢の中のモブキャラ? それとも、リアルな彩香本人なのかい?」


 と女に尋ねてみた。


「え? 太一たいちこそどうなの? 私の夢の中にいるけど、もしかして、これは太一の夢でもあるわけ?」


 女も現状を把握しかねているよう。その返事に男は、1つの夢を2人で共有しているものととりあえず仮定してみた。


「ああ、寝る前に話してたことが本当になったみたいだね。そう、これはオレの夢であると同時に、彩香の夢でもあるんだろう。」


「あら、まあ? それは心強いわね。」


「いや、でもオレ、正直ビビってんだけど。噂だけだとよくある怪談話かなって感じだったけど、実際にこう、この文字とか見てみるとね。マジでヤバいと思うよ。」


「うん。なんか、どんなコースが設定してあるか分からないジェットコースターに乗って、ひたすら上へ上へ昇ってる気分。」


「噂どおりなら、一応、途中でレールが途切れてたりはしないはずだけどな。」


 夢の中に環境音はなかった。精々、2人が布団の上で動くときの衣擦れの音がするばかり。動きを止めると、耳が痛いほどの静寂が部屋を支配した。


「なんかすっごい怖いんだけど。」


 女がそう言って息を飲んだ。


 男も緊張で手に汗を掻き、鼓動もなんだか落ち着かなくなっているのを感じた。


「チッ、夢の中だってのに、なんかやけにリアルだよな。」


 男がそう吐き捨てた、そのとき、




 ピンポーン……




 呼び鈴が鳴った。

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