エピローグ ②
西阿木ハイツ前の路肩に青の乗用車が停まった。
中から出てきたのはスーツ姿のおじさん1人と、私服姿の若い男女2人。
おじさんを先頭に、3人は西阿木ハイツのボロ階段を上がり、204号室に入って行った。
その様子を路地の角から盗み見る治子。
「なんか204号室もすっかり人気物件になっちゃったみたいね。」
彼女はスマホを耳に当てながら言った。
「う~ん、これじゃあ204号室に入るのも難しそうだね。」
答えたのはハル。幽霊である彼女は治子以外の人には見えないので、治子は彼女と話すとき、周りから不自然に見えないように電話をする振りをしている。
「あの客が出てきたら、直接話を聞いてみよっか?」
そう治子が提案すると、
「どうだろ? 営業妨害とかにならないかなぁ?」
と、幽霊なのに不安がるハル。どうやら幽霊より人間である治子の方がイケイケな性格なようだ。
しばらくして、3人が204号室から出てきたので、彼らが車に乗り込む前に治子は客らしき2人の男女に声を掛けた。
「あの、すいません。ちょっとお伺いしたいんですが、ここの204号室を借りられるおつもりですか?」
見知らぬ人からの唐突な質問に泡を喰う2人。だが、2人とも幽霊が出るとの噂を知っていたので、そっちの方面で有名な物件であればこういった人もいるだろうなと思い、あまり警戒を示さない。
「そのつもりですが、なにか?」
かといって、相手をする気も客の2人の方にはないので、手短に答える。
「この物件ですが、出るって噂はご存知なのでしょうか。」
出るという言葉にもまったくうろたえる様子のない3人。
不動産屋の方も事故物件であることを客に伝えているし、出ることについては仄めかす程度とはいえ宣伝しているほど。客の方も既知の事実にまったく驚きはしなかった。
「知ってるよ。むしろ、だから借りんの。」
客の女の方が迷惑そうに答える。
「あの、もしかしてこちらを借りてたことがあるんですか?」
客の男の方は治子の意図を探ろうとした。もしかすると経験者からアドバイスを貰えるかもしれないとも考えたのだ。
「いえ、借りたことはないんですが、以前、知り合いがこちらに住んでいましてね。」
思わせ振りに言うと、男の方が喰い付いた。
「そのお知り合いの方はなにかおっしゃってました?」
治子はニッと口元を綻ばせて言った。
「ええ、幽霊にやられてるから助けてくれと泣きつかれたことがありましたね。いまとなっては彼も返らぬ人となりましたが。」
「おかしいですね。ここは幽霊は出ても住人を襲うことはないという話です。」
「どうせ自分が借りたいもんだから、私たちを脅して諦めさせようとしてるのよ。」
男は治子の言葉を勘繰り、女はあらぬ推測をしている。
「すいませんが、僕たちも時間があるので。」
男が不審な目を向けつつ、治子に軽く会釈した。
「なぜただの噂をそこまで信じられるのか分かりませんね。噂というのは、真実と嘘が混ざって広まっていくものなのに。」
治子は最後にそう伝えたが、客も不動産屋も不審者を見るかのような視線を向けながらその場を去った。
ふう、と息を吐きながら、治子はショルダーバッグからスマホを取り出して言った。
「あの2人、ここに住みそうね。」
「そうだね。」
「私はあの2人、いけ好かないな。」
「いや、それってほぼ第一印象だけだよね?」
「とにかく、私はあの2人が嫌いなの。」
「う、うん。」
「仕方がない。」
「べ、別に仕方がないってことはないと思うんだけど。」
「もし、あの2人がここに住み始めたら、仕事といきますか。」
「珍しく治子が仕事以外で動いてくれると思ったのに!」
「私もこの件に関しては仕事にするつもりはなかったわ。でも、あんな態度を取られちゃ仕方ないよね?」
「だから仕方なくないってば!」
「じゃ、今日は帰ろっか?」
「もう!」
新たに仕事が舞い込んできたとほくそ笑む治子、そんな彼女に戦慄するハル。2人は204号室の件について言い合いしながら、西阿木ハイツをあとにした。