生霊 ③(仮)
琢磨は同僚の女のことを厭な女だと思った。
お昼に誘っておいてなにを言うかと思ったら、恨まれてるだと?
人間生きてりゃ、そりゃ様々な軋轢や摩擦があるんだから、誰かに憎まれることだってあるだろうさ。
「ま、恨んでる奴はいるかもしれないね。オレは知らないけど。」
彼女の問い掛けにそう答えると、
「自覚がないなら大したもんだわ。」
と、彼女は大きく肩を竦めてみせた。
「なにが言いたいんだ?」
「だから言ってるじゃない? たくやん、お化けに取り憑かれてるんだって。」
彼女の言葉を聞いて、彼は懐かしい感覚に囚われた。
彼女は子供のころによく幽霊が見えると言っていたからだ。そういった話を彼女の口から最後に聞いたのは小学4年生のときだったろうか……それからは彼女もそのような妄言は吐かなくなったので、彼女が ≪自称幽霊が見える女≫ だということを久しく忘れていたのだ。
「懐かしいな、その手の話。で? なんだ、いまオレの傍に幽霊でもいるってのか?」
彼は彼女の幽霊が見えるという話を子供の頃から信じていなかった。
「うん、非常に残念ながら、見えてしまってるんだよ。」
言葉とは裏腹に、まったく残念ではなさそうな感じの彼女。
「じゃあ、宜保愛子にでも見てもらおうかな? ああ、いまどきなら江原さんとか?」
「ふ、どうせそんな反応だろうとは思ってたわ。」
「だって見たことがないんだから、仕方ないだろ?」
「いいの、別に。だって、たくやんのために教えたわけじゃないもの。ただ、見て見ぬ振りをして友達を見殺しにするのも、後味が悪いからね。」
「そりゃ御親切にどうも。」
「伝えるべきことは伝えたから、あとはたくやん次第だよ? たくやんが幽霊の存在を認めて私に謝るなら、私が出張ってもいいし……たくやんがそれを望まないなら、私はこれ以上関知しない。」
謝るなら……か。
彼女はわざと自分を頼らせないように言葉を選んでいるんじゃないだろうか? と彼は勘繰った。
オレが望まないならって、オレがハルに頼ることを望んでいないのはハルの方だろ……。
「非常に残念だが、この世に幽霊なんていないからな。別に、ハルになにかしてもらうことなんてないさ。」
多少の強がりもあったが、彼としては素直に彼女に従うのも癪なので、彼女の申し出を一蹴した。
「あら、そう?」
彼女の方も特にこの話題に執着せず、その後は特に会話らしい会話もなく、食事を終えた2人は早々に会社へと戻った。