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死んで花実が咲くものか 58

 tamaと美佳が案内されたのは誰もいないベンチだった。そのベンチの端が不自然に壊れていたのが気になったが、2人とも口には出さなかった。


「そこにハルが座っています。」


 と治子が言ったが、2人にハルの姿は見えない。それでも、治子の言葉を信じて、2人はベンチに向かって礼を言ってはみたものの、実感が伴わない。なんだかな……と美佳は思った。これじゃ、お礼を言った気がしないよ。虚空に向かって喋っても、発した声は徒に空に消えてゆくだけだった。そんな感想をこの場で漏らしたりはしなかったが、tamaも同じように感じていた。結局、胸の中のわだかまりは消えない。


「もう、いいですか?」


 2人の帰宅を促すように治子が尋ねると、


「あの、失礼ですが、本当にハルさんはここにいるんですよね?」


 と、逆に美佳が治子に尋ねた。


「ええ、間違いなく、そこに座っていますよ。お2人の感謝の言葉に、ハルは目に涙を浮かべて感動してるみたいです。……ん、なになに? 幽霊だと分かったのに、わざわざ会いに来てくれるとは思わなかった? なに言ってんのよ。この2人はハルが助けたから、ハルに感謝してるんでしょ? 命の恩人に幽霊もヘチマもないんじゃない?」


 傍から見ると治子が独りで喋っているようにしか見えないが、それを見て、tamaと美佳はそこに“ ハルさん ”がいるのだと納得した。


「ハルさん、無事なんですね。よかったです。」


 治子の様子から“ ハルさん ”が治子に殺される心配は最早なくなったのだと思い、美佳がそう言うと、


「無事? 全然無事じゃありませんが。」


 と治子が答えた。


「幽霊であるハルの、本当の姿を見たことありますか? ないですよね? 彼女、大昔に町の土砂災害で亡くなったんですが……。」


 息を飲んで治子に耳を傾ける2人。


「……片耳、片目は潰れていて、痛々しい血痕もそのまま、失礼な話ですが、お岩さんも真っ青な、とても二目ふためと見れない姿になっているんです。片足も変な形に曲がって、歩くときはいつもびっこを引いていますし、片腕は肘から先が千切れてしまっていて、骨が飛び出しているんです。」


「そ、そうなんスか。」


 聞かなきゃ良かったと、tamaは後悔した。美佳もさすがに顔を歪めている。


「私もハルとの付き合いは長いですが、姿を見たのはさっきが初めてなんです。そんな姿形なりしてりゃあ、そりゃあ、私を見て“ もう終わりだ ”とか言うでしょうよ。お2人を殺そうとしていた幽霊よりも、よっぽど、ザ・幽霊って姿形してんだもん。もし私がそれがハルだと気付かなければ、さっきの幽霊と同じようにすぐに消し飛ばしてましたよ。」


 tamaと美佳が幽霊を見れないことをいいことに治子はそう嘘を吐いて、わざとらしく声を殺して笑う。対する2人は、


 初対面であればそういう事態もあり得るか


 と、治子の言葉に疑いを持っていない。


「そして、ハルという幽霊の人を襲うやり口ですが、まず、幼い子供に取り憑くんですね。」


 治子がそう言った瞬間、ハルの表情がやや引き攣り、肩が震えるのを治子は横目で盗み見ていた。だが、彼女はハルの反応を無視した。なんといっても治子には“ ハルさん ”を慕っている2人の男女をからかってやろうという程度の気しかなく、先程からの発言はほぼ冗談のつもりなのだ。


「人を襲うって、ハルさんが?」


 美佳が治子に聞き返す。


「ええ、想像してみてください。まだなにも分からない2、3歳の子供に取り憑いて、いつしか宿主を追い出し、挙句には取り憑いた身体を自分の物にしてしまう幽霊を。」


「まさか……。」


 まさかそんなことをハルさんが……と、美佳が口を覆う。


「じゃあ、もしかして治子さんは……。」


 治子がベンチの上で目覚めたとき以降の彼女の様子を見てきたtamaは、治子がいまの話でいうところの追い出された宿主なのではないかと思った。


「ふふ、ははははは。なんてね、冗談ですよ、冗談。どこからが冗談だったかって言うと、ハルの見た目が幽霊っぽいってとこからです。」


「冗談?」


「はい。ハルの見た目は14歳のふつうの女の子です。綺麗な白いシャツに、脛辺りまである紺のスカート姿で、別にこれといったおかしなとこはありません。人も無暗に襲うこともありませんし、もし誤って人を傷付けてしまうと、ハルは傷付いてしまった人のことを思って泣きます。そんなふうに心の優しい、ふつうの女の子なんです。あ、でも幽霊ってとこが、ふつうじゃありませんが。」


「治子さん……。」


「ああ、すいません。こんなこと話すつもりはなかったんです。それでは、……ハル、帰ろっか。」


「治子さん、ちょっと待ってください。」


 美佳は帰ろうとする治子にそう言って、携帯電話を操作した。すると、治子の鞄から着信音が鳴り響き、彼女はビックリして鞄の中を確認した。鞄の中でスマホの画面が光っていた。音源であるスマホを取り出してみたものの、操作方法がよく分からないので、彼女は無暗にボタンを押してゆく。


「なに? なに? どうやるの? これ?」


 慌てふためく治子を余所に、


「それが私の電話番号です。もう登録されているとは思いますが、覚えておいてください。また連絡しますから。」


 と言って、美佳が通話を切ったので、着信音も鳴り止んだ。


「あなたの仕業だったんですか? あまり驚かせないでくださいよ。」


「ええ? すいません。驚かせるつもりはなかったんです。」


「ま、いいです。電話ですか……、ま、気が向いたらどうぞ、お好きなように。ほら、ハル、帰るよ。」


「今日は本当にありがとうございました!」


 去ってゆく治子の背に、2人が改めてお礼を言うと、治子はチラっと振り返って小さく手を振った。

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