死んで花実が咲くものか 56
すいません。
昨日アップしたばかりでナンですが、56に関しては筋ばかり追ってしまっていて、肉付け的なことを疎かになっていたことに加え、この話の中で入れようとしていた情報を入れていなかったり、などおりましたので、少し文章を継ぎ足しました。
ほか、読みにくい部分、主語が明確でない部分など、細かな修正も入れておりますが、話の内容自体に変更はありません。
すでに読んで頂いている方には誠に申し訳ありませんが、ご了承ください。
佐藤琢磨の名が会話に挙がったことから、治子とハルは小中学生だった当時の昔話に花を咲かせた。琢磨、竜也、英明、修、健、朋子、恵美といった友達のこととか、先生のこと、バスケ部のこととか、親の安否と、話題はたくさんあった。
途中、治子が寒そうに肩を竦めて震えたから、ハルは鞄の中に手袋が入っていることを治子に伝えると、次に治子は鞄の中を物色して一つひとつ物を取り出してみては、これはなに? これはなんていうの? と、ハルに尋ねていった。当時14歳だった治子が持っていなかった物を、ハルはたくさん持っていたのだ。
それなのに、羽織っている上着といえば、当時の治子がQまで友達と遊びに行って買ってきた、背中にバスケットボールと7の背番号の刺繍が施された、クリーム色と紺色を基調としたスタジアムジャンパーだった。
「これ、昔のヤツ?」
治子がスタジャンの裾を抓んで、ハルに尋ねた。
「うん。中2のときに買ったヤツ。」
「物持ち良過ぎじゃない?」
「それ、好きだったから。あとは、中学の制服もとってある。」
「さすがに制服はいまは着てないんでしょ?」
「ったりまえじゃん。」
治子はハルとの会話を通じて、ハルと自分とはなんとなく気が合うのかなと思った。同時に、自分と同じような感性で彼女は話しているはずなのに、それに対して抱く嫌悪感を不思議に思ったりした。
もし自分が喋っているのを客観的に見ることができたとしたら、やっぱり自分のこととはいえ厭な点を発見したりするものなんだろうか。
彼女はふ~んって感じに微笑を浮かべて、彼女を見ていた。
そして、たくさん話したあと、やっぱりこいつは優しい奴だなぁと思った。
ハル、ハル……ナツさんの姉、か……。
ああ、ああ……もおおお!。
治子が頭を抱えて髪の毛を掻き毟り始めたので、会話はそこで途切れた。2人の会話を主導していたのは治子の方で、ハルからは一切質問をしなかった。だから、治子が黙るとハルも黙った。
治子にとっては、ハルの優しさと潔さが鬱陶しかった。彼女がもっと利己的でありさえすれば、この場で彼女を消し去る行為にも意味を見出せたかもしれなかったが、こうもなにをされても構わないという態度で迫られては、彼女になにをしたところで彼女はなんにも感じないのだろうし、治子自身、そんなハルを苛めたところで、ちっとも気が晴れそうにないように思われた。
むしろ、いまみたいにお喋りしてた方が楽しいんだけど、と治子は思った。
復讐することを願ったかつての感情と、復讐が無意味になってしまった現状。
当時思い描いていた、化けてS町に降臨する自分と、見ず知らずの土地で治子の中で目覚めた自分。
想像していた未来と、いま目の前にある現実はかくも掛け離れていた。
再び身体を得たことで、考え方が少しずつ変わってゆく。
変わらないのは、ハルが治子をやってた分の時間だけ、確実に治子の時間が失われていて、それはもう取り戻しようがないという事実だけ。
彼女は14歳から24歳までの失われた10年間を思い、バッと顔を上げて夜空を見上げた。月がぼんやりと浮かんだ、なんだかはっきりとしない夜空だった。
「ハルは優しいね。なんでそんなに優しいのかな?」
月を見上げたまま、治子が尋ねた。
「別に優しくなんてないよ。」
「だって、中学んときの物とかいろいろ取っておいたり、見ず知らずの他人のために命懸けで幽霊と戦ってたりとかしてたじゃん。それは私のためだったり、人のためだったりするわけでしょ? なんの得にもならないのに。」
「物を取ってたのは、私が治子を忘れないためだよ。ま、思い出の物がなくても忘れたりはしなかったけど……。ぶっちゃけ、治子がまた目覚めるとは思ってなかったから。」
「なるほど、私は関係ないわけね。いや、考え過ぎたわ。」
「あと、あの2人を助けようと思ったのも、別に全部が全部、あの2人のためってわけじゃないんだ。」
「と、いうと?」
「半分は私のため。」
治子はハルを見たまま、続く言葉を待った。
「ほら、治子も日記に書いてたけど、幽霊が見えて良いことってなかったじゃん。」
「うん。一つもね。」
「それね、私もなの。幽霊が見えて良かったことなんて、治子が眠ってからも、一度もなかった。あ、たくやんが幽霊にやっつけられてるのを見られたのだけは良かったかも。ま、それでも目を背けたくなるような場面もあったけど。」
「そのときに私を起こしてくれたらよかったのに。ん、で?」
「うん、だからね。一つくらい、幽霊が見えて良かったって思える出来事があってもいいなって思ったんだ。」
「そっか。」
かつての治子は幽霊を見ることはできても、やっつけることができなかった。
それがやっつけることができるようになったとなれば、もし誰かに頼られたときには、自分も同じように動いたかもしれない、と治子は思った。
「ま、それも根っこの部分なだけで、最初は人を無暗に襲う幽霊に対する好奇心と、あと、幽霊退治がお金にならないかって部分の方が大きかったけどね。」
話のオチのつもりでそう言ったハルに対し、治子は涼しい笑みを見せたが、すぐにまた空を見上げた。
復讐は成し遂げられなければならない、と彼女は思った。
いつ?
治子が死んでから?
それが元々の計画じゃんか。
だから、ハルをやっつけるのは治子が死んでからでいいじゃん。
本当に?
本当に。
それでいい?
それでいい。
私はそれで大丈夫?
私って誰だ?
知らない、私は私じゃん。
様々な状況の変化に混乱、葛藤させられていた彼女は自問自答を繰り返しながら、気持ちを整理していった。傍目には夜空を見上げ、呆然としているように見える彼女をハルは見るともなく見て、それから足元に視線を移した。そして、次に掛けられる言葉をじっと待った。
「おお? お金結構持ってんじゃ~ん。」
そんなハルの耳に響いてきたのは、治子の陽気な声だった。
「ひ~、ふ~、み~……4千円と、小銭とぉ、カード! ねえ、ハル、このカードには何百万円入ってるの?」
突然、現実的な話を振ってきた治子にハルは驚ろきを隠せず、目を丸くした。
「ちょっと自販機であたたか~い飲み物買ってくるから、お金借りるね。」
そう言って立ち上がる治子。
「借りるって……。」
それは元々治子のお金だよ、と言おうとするハルの言葉を待たず、
「あと、この身体もしばらく借りとくよ。」
と治子はハルに背を向けたまま言った。それから彼女の方を振り返って、
「ついでに、治子って名前も借りてあげるわ。」
と告げると、治子は言うだけ言ってそのままベンチから離れていった。
ハルはしばらくベンチに掛けたままキョトンとしていた。まるで夢でも見ているような心境。その瞼の裏には、名前を借りてもいいと言ったときの、治子のはにかんだ笑みが映っていた。